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【完結】烏公爵の後妻〜夫は亡き前妻を想い、一生喪に服すらしい〜  作者: 七瀬菜々


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8: 魔力持ちと魔術(2)


「デニス、今お時間よろしいかしら」


 温室で花の手入れをしてた庭師のデニスは、突然の来客に嬉しそうな声をあげた。

 目尻にたくさんの笑い皺がある初老の彼は、幼少の頃から可愛がっていたアルフレッドに新しい妻ができたことをとても喜んでいるらしく、シャロンが毎日この温室に来るのをとても喜んでいる。


「これは奥様、どうなさいました?」

「白い薔薇を数本いただきたいのだけれど」

「かしこまりました。すぐにご用意いたします」


 デニスは腰を曲げた姿勢で、急いで温室の奥へと消えた。


「お屋敷に飾るのですか?」

「晩餐の時のテーブルに飾ろうかと思ってね」

「まあ!素敵です!」

「奥様、お持ちいたしました」

「ありがとう」


 デニスから白いバラを受け取ると、シャロンはそれをテーブルの上に一本ずつ並べ始めた。

 シノアとデニスは不思議そうに首を傾げる。


「何をなさるのですか?」

「シノアは魔術を間近で見たことがないでしょう?」

「はい」

「だから見せてあげようかと思ってね」


 そう言うとシャロンは、並べたバラの上に手をかざすと、すうっと息を吸い込み静かに吐き出した。


(青…)


 心の中で彼女がそう呟くと、キラキラとバラの周囲が光り輝き、一瞬のうちに花弁の色が白から青へと変化した。


「わぁ!」

「これはなんと…」


 初めて魔術を見た二人は、感嘆の声を漏らした。


「これが魔術よ」


 シャロンはバラを一本取るとそれをシノアに手渡す。

 シノアはそれを受け取ると、左右で結った三つ編みをぴょんぴょんと揺らしながら飛び跳ねた。


「すごい!すごいです奥様!どうやったんですか!?」

「花を魔力の粒子で包みこんで、花弁の色彩情報を強制的に変化させたの」

「まりょくのりゅうし…。ほう…なるほど」


 明らかに理解していないのに、理解したような顔をするシノアにシャロンは思わず吹き出してしまう。


「笑わないでくださいよ」

「ごめんごめん、可愛くてつい。えっとね、そもそも魔術ってどう言うものだかわかる?」

「確か、モノを作り変える力ですよね」

「そう。基本的に、魔術とは魔力を用いて事象改変を行う術のことを言うの」

「じじょうかいへん…」

「対象物の情報を書き換えるのよ。例えば白いものを青くするとか、液体を固体にするとか」

「なるほど…」

「改変する事象が大きければ大きいほど、膨大な魔力が必要になる。例えば、大事な式典の前日とかに神殿勤めの魔術師達がよく天に祈りを捧げているのは知ってる?」

「聞いたことがあるような、ないような…」

「あれは、上空にある雲の情報を書き換えて消し去っているのよ」

「ほう、なるほど」

「もちろん、大量の魔力が必要になるからそう簡単にできることではないんだけどね」

「なるほど、なるほどぉ」

「無から有を作り出すことはできないけれど、それ以外は割となんでもできる。だから魔力持ちはその能力を正しく使うために学院で勉強するの」

「なるほど…」


 シノアは「なるほど」と繰り返すが多分3割理解できていたら良い方だろう。


「シノア、お主わかっとらんだろう」


 呆れ顔のデニスにシノアは顔を真っ赤にして反論する。


「わかってます!わかってますよぉ!」

「はいはい」

「そんな適当に返さないでください!デニスさんひどい!」

「そうね、シノアはちゃんとわかってるわよね」

「奥様!今バカにしましたね!?」

「してないしてない」


 わかっていると言い張るシノアの頭を、シャロンは小動物や小さな子どもを可愛がるように撫で回した。


「シノアは可愛いなぁ」

「子供扱いしないでください!ちゃんと理解してます!」

「ほんと?」

「た、多分…」

「ふふ。可愛い」


 学院にいた性悪達と比べると同じ生き物とは思えないくらい素直で可愛らしいシノアに、シャロンは無意識に笑みが溢れる。


「…これは」


 シャロンの笑顔を初めて見たデニスは、シノアと同様に思わず頬を染めた。



 ***


 その夜、風呂でメイド達に磨き上げられているシャロンは昼間のことを思い出していた。


(これはあの子には言えないわね)


 ふと胸元に視線を落とすと、小さな傷跡がある。それは12歳で魔術学院の門をくぐった時につけられた傷跡。


 魔力持ちはやろうと思えばどんなことでも出来てしまう。例えば銅貨を金貨にする事もできれば、建物や人の顔を全く別のものに作り変えたり、時には人の記憶や精神を書き換えたりなんてことも出来てしまう。


 自然の摂理から逸脱したその能力は、国に繁栄をもたらすが、同時に混乱と破滅を招くものでもあるため、魔力持ちは魔術学院入学の際その体に特殊なチップを埋め込む決まりになっている。

 シャロンの胸元の傷は、そのチップを埋め込んだ時の手術跡だ。

 チップは許可なく国境を越えたり、特定の魔術を使用すると反応し、爆発する仕組みになっている。


 それは魔術を悪用しないようにと魔力持ちにつけられた枷だった。


(魔術師に不自然な失踪が多いのは、きっと悪さをした輩や王家に不都合な人物をそのチップを使って処分されているから…)


 これはあくまでもシャロンの予測だが、大方間違いではないだろう。

 優しいシノアはこの事を知ると『酷い』と悲しむだろうか。


 だがこれは当然の措置だとシャロンは思っている。この異端の力は性善説に基づいて個人個人に管理を任せるより、国が責任を持ち管理する方がずっと安全だ。

 管理される対価として、魔術師という安定した高給取りの職が与えられているのだから、悪いことさえしなければ人より幸せな生活が送れるのは間違いない。


「これは、使い方を間違わなければ、この力は人々に幸運をもたらす力…」

 

 父のように人を救うための新しい魔術を生み出す魔術師を、シャロンは尊敬しているし、彼女はそんな人間になりたかった。

 

 決して叶わない夢に想いを馳せながら、シャロンは今夜も布の少ない夜着に袖を通した。

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