6:アルフレッドの初夜
勘違いアルフレッド視点です。
初夜。それは新妻を抱かねばならぬ夜。
シャロンに罪はないし、彼女が亡き前妻を思う旦那ごと優しく受け入れる懐の深い女性だということは、この一日で十分に理解できた。アルフレッドにはもったいないくらいによく出来た嫁なのは間違いない。
しかし、未だエミリアを思うアルフレッドはどうしても彼女と肌を重ねる事が出来そうにない。
「どうしたものか…」
もうすぐ、メイド達に連れられてシャロンがこの部屋にやってくる。
真っ黒な夜着に身を包んだアルフレッドは、額を押さえて項垂れた。
すると、コンコンと扉を叩く音がする。
(ああ、本当にどうしたら良いのだろうか)
とうとうこの時が来てしまった。
仕方なく入室を許可したが、まだ彼女を抱く覚悟は出来ていないアルフレッドは眉間の皺を押さえた。
「旦那様、奥様をお連れしました」
「ああ、ありがとう…」
恐る恐る扉の前に立つシャロンに目を向けると、彼女は布の少ない夜着を身に纏い、ふわふわのガウンを羽織っていた。
(あ、抱けるかも)
本能的にそう思ってしまったアルフレッドは、ハッと我に返り彼女から目を逸らせた。
こんなことを思うなどエミリアに対する冒涜だと、アルフレッドは心の中でただひたすらに自分を責めた。
微妙に気まずい空気が流れる。
しかしそんなことはお構いなしに、メイド達は「ごゆっくり」と言い残し、シャロンを置いて去ってしまった。
ごゆっくりと言われても、ごゆっくりできる心境ではない。
「その格好、大丈夫か?」
大丈夫でないのは本能のままに反応する自分の股間だが、それを勘づかれるわけにはいかないのでとりあえず話題を振るアルフレッド。
シャロンは困惑した様子で雑な振り方をされた話題に応える。
「…大丈夫とは?」
「寒くないか?その、かなり薄着だろう?」
「ああ、大丈夫です。このガウン温かいので」
「そ、そうか…」
会話が終わってしまった。やはり気まずい。
火照る体をどうにかしたいが、視線が自然とシャロンの豊満な白い胸元に向いてしまう。
(ああ、ダメだ!浮気者!私の浮気者!)
アルフレッドが一人で無駄に自己嫌悪に陥っていると、シャロンがそばに行っても良いかと提案してきた。
「え!?」
「え?」
予想外の展開に無駄に動揺したアルフレッドは声が裏返ってしまい、咄嗟に口元を押さえた。
(恥ずかしい)
いい歳したおじさんなのに、初夜で動揺しているなんて恥ずかしい。
アルフレッドの顔はみるみる赤くなる。
(そうだよな、そりゃ側に来たいよな)
なんせ初夜だ。シャロンだって可愛らしい夜着に身を包んだ自分を見てもらいたいに決まっている。
覚悟を決めなければ、とアルフレッドはこちらに来るように言おうとした。
しかし、
「あのー。私、自分の部屋に戻りましょうか?」
シャロンの方が先にそう言った。
アルフレッドにはその表情が少し悲しそうに見えた。
きっと彼女は自分の覚悟が足りないことを察して気を遣ったのだろう。
その通りだ。アルフレッドにはシャロンを真の意味で妻にする覚悟などない。
彼がどうしたものかと答えに迷っていたら、シャロンの方から核心をついてきた。
「…どうしましょう?」
「…どうする、とは?」
「私は後継を産むために公爵様に嫁いだようなものですから、正直なところ子を産まないという選択肢はないんですよね…」
申し訳なさそうに、真に夫婦となることを求めるシャロン。
彼女との婚姻で周囲に求められているのは子を作ることだ。この国の公爵としてそれはとても重要なことであるが、それだけを理由に結婚を強いられたシャロンを思うと申し訳ない気持ちになる。
これではまるで彼女は子を産むための道具だ。
「…でもやっぱり、私とそういうことするの、嫌ですよね?」
そう言って、モジモジと上目遣いで見てくるシャロンがどれだけ可愛かろうが、アルフレッドはエミリア以外の女を抱きたくはない。
…いや、嘘だ。多分本能に従えば余裕で抱ける。だが、この複雑な心境を正直に伝えるのは彼女にもエミリアにも失礼な気もする。
アルフレッドはどう答えるのが正解なのかわからず言葉を詰まらせた。
すると、
「一応、公爵様と髪色と瞳の色が同じ男性から子種をもらってくるのも一つの手段としてあるのですが」
どうでしょうか、と顔色を窺うように首を傾げるシャロンに、アルフレッドは一瞬固まってしまった。
それはアルフレッド以外の他の男とそういう行為に及ぶということ。
思わぬ提案に彼はわかりやすく動揺した。
「…へ?ど、どどどどういう事?」
「あれ?高貴な身分の方でもやはり男性はご存知ないものなんですかね?そういう事専門の業者があるんです。私の知ってる業者さんは、客のプライバシーは絶対に守りますし、事前に検査するので病気持ちの男性はいません。安心安全ですよ?」
確かにそういう業者がある事は噂では聞いたことがある。だが、まさかそれを使うことを新妻から提案されるとは思わなかったアルフレッドは目を丸くした。
「それ、意味わかってるのか?」
「はい」
「他の男に抱かれるという事だぞ?」
「はい。でも、配偶者が公認した場合は不貞にはなりませんよね?え?違う?」
違う。全然違う。自分が言っている事はそういうことじゃないとアルフレッドは項垂れた。
「君は嫌じゃないのか?見ず知らずの男に抱かれるのだぞ」
アルフレッドは苛立ったように口調が少しきつくなる。
「仕方がないと割り切って考えればそれほど…」
そう答えるシャロンはどことなく寂しそうな顔をしていた。やはり本心では他の男に抱かれるなど嫌なのだろう。
けれど、後継を産ませたい王とエミリア以外を受け入れたくないアルフレッドの両方の願いを叶えるためにこのような提案をしているのだ。
「私のためにそこまでしてくれなくて良い。もっと自分を大切にしなさい」
自己犠牲の精神にも程がある。
優し過ぎるのも考えものだとアルフレッドは小さくため息をついた。
「まだ結婚生活は始まったばかりだ。焦る必要はないだろう。その件に関してはゆっくり考えていこう」
「…それもそうですわね」
優しくそう言ってアルフレッドが微笑むと、シャロンは安心したようにも悲しそうにも見えるそんな複雑な表情をして、「おやすみなさい」と頭を下げて部屋を出ようとした。
「ちょ、何故帰るんだ!」
「え?何故って、何もしないのであればここにいる意味ありませんよね?」
「いや、確かにそうなんだが…」
子作りしないのなら彼女がこの部屋にいる意味はない。しかしこの婚姻を喜んでいる使用人の事を考えると、このまま返すわけにもいかない。きっと、朝になってシャロンが自室に戻っていればさぞかしガッカリする事だろう。
アルフレッドは
「互いのことを知った方が良いだろう?」
と彼女を引き止めた。
シャロンは気恥ずかしそうに「公爵様がそれでよろしいのなら」と答えた。
(引き止めたは良いものの…)
それはつまり朝まで同じベッドで寝るという事。
アルフレッドは自分の正直な股間と相談し、もう一人の自分が我慢できる事を信じて彼女をベッドへと誘った。
隣に座ったシャロンはどこか緊張しているようだった。顔も少し赤い。
(…可愛い)
おそらくこのように露出の多い服を着るのは初めてなのだろう。白い肌がほんのり赤く染まっている。
(耳まで真っ赤だ…初々しい)
恥じらう姿が実に可愛らしい。
こうして見ると、シャロンはどこか守ってあげたくなるような雰囲気がある。
アルフレッドはそんなシャロンを守るためにも、緊張した彼女の手を取り、本能に負けそうな自分に誓うように優しく告げた。
「何もしないから安心しなさい」
と。
***
(…やはり手を出すべきなのか?)
隣で寝転ぶシャロンがジッと見つめてくる。
やはり彼女は自分との初夜を求めているのではないかと思うと、先ほどの決意が早くも揺らぎそうだ。
(そんな熱く見つめられても私は君を愛せない…)
自分のことを思ってくれるシャロンに、アルフレッドは申し訳ない気持ちになる。
どれだけ彼女が思ってくれようとも、アルフレッドがその気持ちに応える事はない。
変に期待を持たせるよりかはもう一度『愛せない』と念押ししておくべきかと考えていたところで、シャロンが予想外の事を言ってきた。
「あの…、エミリア様のお話って聞いても良いですか?もし公爵様がよろしければ、エミリア様の事お聞きしたいなって」
枕を抱きしめて恥じらいながら尋ねるシャロンに、アルフレッドは驚いた顔をした。
夫がずっと想っている亡き妻の話など、普通の女なら聞きたくはない筈だからだ。
「話すのは構わないが…どうして?」
「えっと、何となく?公爵様はエミリア様のお話したいんじゃないかなと…」
と、彼女は首を傾げた。
アルフレッドはその瞬間、恥ずかしさで全身の血が沸騰しているかのように体が熱くなるのを感じた。
(まさか、20も年下の後妻に気づかれるとは思わなかった。恥ずかしい)
エミリアの話をすると皆、複雑な表情で彼を見る。ずっと彼女を思い喪に服している男に、亡き前妻の話をされても困るのは当然だ。
皆が可哀想な目で自分を見てくるのが耐えられず、アルフレッドはいつしかエミリアの話をしなくなった。
だが、本当はずっと誰かに話したかった。愛した人との思い出を聞いて欲しかったのだ。
それをシャロンに指摘され、アルフレッドは枕に顔を埋め、小さく「ありがとう」と呟いた。
それからアルフレッドは彼女の優しさに甘え、眠りにつくまでエミリアの話をした。
特に口を挟むでもなく、「うんうん」と優しく相槌を打ち話を聞いてくれる彼女との夜はアルフレッドにとってとても有意義なものとなった。
アルフレッドは隣で寝息を立てるシャロンの黒髪を優しく撫でる。
シャロンは無意識ながらも気持ちよさそうにその手を掴み、頬を擦り寄せた。
(可愛い…)
その姿が猫みたいで、アルフレッドはふっと笑みをこぼした。
「ごめんね、シャロン」
愛せなくて。
そう続くはずの言葉を、何故かアルフレッドは口には出さなかった。
次の日の朝、アルフレッドとシャロンは手を繋いだ状態で目を覚ました。
男の下半身は別物だってじっちゃんが言ってた_(:3 」∠)_