62:春の訪れ
雪が溶け、芽吹き始めた新しい命が春の訪れを告げる頃、王太子ヘンリーは正式に即位した。
どこまでも晴れ渡る空の下、即位式後のパレードは盛大に行われた。
そして、賑やかなお祝いムードの中で人知れず1人の女が死んだ。
結局、彼女は離宮から戻って、約5ヵ月生きた。
これは奇跡に近いことだった。
彼女は愛した夫と大好きな友人が見守る中、とても穏やかな顔で安らかに眠りについたらしい。
彼女が亡くなった瞬間、見送った2人は開放感と喪失感に襲われた。
それは彼女の魅了が解けた証拠だった。
***
即位後、しばらく多忙を極めていたヘンリーはなんとか時間を作り、ようやく公爵邸に足を運ぶことができた。
彼は青薔薇の生垣に囲まれた一角に眠るエミリアの前に立つと、静かに手を合わせる。
「わざわざ、ありがとうございます。陛下」
「大々的に送ってやれなくてすまないな」
ヘンリーは秘密裏に埋葬するしかできなかったことを謝罪した。
だが、それは仕方のないことだ。
きっとエミリアも理解してくれているだろうとアルフレッドは言う。
だって、彼女は5年前に既に死んでいるのだから。
現に今も、事情を知らない公爵邸の使用人達は、新国王が今更エミリアの墓に手を合わせに来た事を疑問に思いつつも、特段気にする様子はない。
「ヘンリエッタの墓は移したのか?」
「はい。この間、夜中に運び出しました」
「そうか」
ヘンリーは墓石を見ながら、エミリアの身代わりとなって死んだ少女が両親の元に帰れた事にホッと胸を撫で下ろした。
「公爵。これからさらに忙しくなる」
「はい」
「魔術師の管理体制について改革を行う」
「はい」
「学院にもメスを入れる」
「はい」
「少しばかり、目をつけられるかもしれんから頼むぞ」
「少しじゃないです。確実に目をつけられますよ、陛下」
アルフレッドはクスッと笑う。
今までの体制を少しずつ変えていくつもりの新しい国王は、きっと命を狙われる事だろう。
頼むぞというのは『守れよ』という事だ。
若き王がこれからどんな風に変えてくれるのか、アルフレッドは楽しみで仕方がない。
「陛下、そろそろ時間では?」
「大丈夫だ。エディが迎えに来る」
「結局彼をそばに置いたんですね」
「俺は約束は守る男だからな」
エディは約束通り、ヘンリー直属の諜報部隊に配属された。
ハディスの部下として働き始めて早数ヶ月。彼は最早、軍部に戻りたいと嘆いているらしい。
「魅了の研究も進めていこうと思ってる。また話を聞くことになるが、大丈夫か?」
「私は大丈夫です」
「私は、ね」
彼の返事に、ヘンリーは険しい顔をする。
この冬のことを思い出しながら、アルフレッドはエミリアの墓石の前にしゃがみ込むと顔を伏せた。
「魅了って怖いです」
離宮から戻った彼女と過ごした時間はアルフレッドにとっても、シャロンにとっても大切な時間だった。
彼女が死ぬ間際、たとえそれが二度目でも胸が押し潰されそうなくらいに辛かった。
なのに、彼女の心臓が停止した途端、すうっと心が軽くなるのを感じたのだと言う。
「私の中の核が無くなったような感覚です」
心の中にぽっかりと大きな穴が空いた感覚。
自分の心を占領していた感情がごっそり抜け落ちたような、そんな感覚だったとアルフレッドは話す。
ほとんど魅了が解けていたアルフレッドでこれなのだ。
ヘンリーはシャロンが心配になった。
「…公爵、シャロンはどうしてる?」
「今は実家に帰っておりまして」
「…大丈夫なのか?」
「単なるお父君のお見舞いです。ご心配には及びません」
彼女は元気ですよ、とアルフレッドは少し寂しそうに笑った




