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5:シャロンの初夜

 

 初夜。それは夫婦が本当に夫婦になるための大事な夜。

 シャロンは風呂場でメイドたちに丁寧に磨き上げられた。そしてやけに張り切っていたメイドのリサが、興奮した様子で押し付けてきた布の少ない夜着を身につけて鏡の前に立つ。


「…布が少なくないかしら」

「大丈夫です奥様!奥様のそれは大きさだけでなく、形は整っていて触り心地はふわふわで柔らかくまさに至宝!旦那様も陥落すること間違いなしですわ!」


 興奮した様子のリサに気圧されるシャロン。

 だが、他のメイド達も目を輝かせて大きく頷いている。


(旦那様をその気にさせろということだろうけど…)


 鏡に映る自分の姿はもはや娼婦。

 公爵夫人としては、はしたないような気もする。

 リサは大丈夫だろうかと不安そうにするシャロンの髪をサイドにまとめて編み込むと、ふわふわのガウンを肩にかけた。


「奥様、旦那様をよろしくお願いしますね」


 そう言って、困ったように微笑むリサに渋々頷くと、シャロンはアルフレッドの寝室へ連行された。


(さすがは烏公爵…)


 部屋に入ると、目の前でベッドに腰掛けるアルフレッドの夜着は真っ黒だった。

 正直、『喪に服す』ってこういうことなのかとシャロンは疑問に思う。

 ここまでいくと最早、ただ単に黒色を好む人みたいだ。


「旦那様、奥様をお連れしました」

「ああ、ありがとう…」

 

 彼は一瞬だけシャロンの方を見たが、明らかにブンと顔を逸らした。その反応に、やはりはしたなかったのだと不安になるシャロン。

 メイド達は「ごゆっくり」と言い残して去って行ってしまったが、ごゆっくりできる状況ではない。



「大丈夫か?その格好」


 申し訳なさそうにアルフレッドが聞いてくるが、大丈夫かとはどういう意味だろうか。

 彼女からすれば、お前の方が大丈夫かと言いたくなる格好だ。月明かりだけが頼りの薄暗い部屋で、黒の夜着を身に纏うアルフレッドはその輪郭がぼやけて、いるのかいないのかわからない。


「…大丈夫とは?」

「寒くないか?その、かなり薄着だろう?」

「ああ、大丈夫です。このガウン温かいので」

「そ、そうか…」


 気まずい空気が流れる。

 アルフレッドの顔はほのかに赤らんでいた。


(おや?)


 どうやらエミリア一筋の彼も一応男らしい。シャロンのたわわな果実は無視できないようだ。メイド達の作戦は成功と言えるかもしれない。


 しかし…。


(何だその反応…)


 シャロンは少し呆れていた。

 アルフレッドがベッドに誘うでもなく、ただただモジモジと手元をいじり、チラチラとシャロンを見ては顔を赤らめて視線を床に逸らすという行動を繰り返しているからだ。

 シャロンにとっては初めての夜だが彼にとってはそうではないだろうに、反応がまるで付き合いで初めて娼館を訪れた少年のようだった。


「とりあえず、そちらに行っても良いですか?」

「え!?」

「え?」


 無駄に動揺して、アルフレッドは声が裏返る。


 黒の夜着で輪郭がぼやけているのに顔を赤くするものだから、シャロンからはベッドの傍に赤い顔だけが浮かんでいるように見える。それが少し怖いのでできれば近くに行きたいだけなのだが、中々許可してもらえず彼女はどうするべきか悩んだ。


「あのー。私、自分の部屋に戻りましょうか?」

「いや…それは」


 何とも歯切れの悪い返事である。

 確かに、寝室に放り込んで早々に新妻が部屋から出てきたとなればメイドも気まずいだろう。

 シャロンは小さくため息をついた。


「…どうしましょう?」

「…どうする、とは?」

「私は後継を産むために公爵様に嫁いだようなものですから、正直なところ子を産まないという選択肢はないんですよね…」


 行為をねだっているようで、なんだか申し訳なくなるシャロン。

 アルフレッドは、そういえば後継が必要だという理由で彼女と結婚したことを思い出し顔を顰めた。


「…でもやっぱり私とそういうことするの、嫌ですよね?」

「いや…それは、何というか」


 嫌かと聞かれたら嫌だし、エミリア以外の女を抱きたくはないが、かといってそれを目の前の彼女に伝えるのは失礼な気もする。アルフレッドはどう答えるのが正解なのかわからない。

 そんな彼の複雑な心境を察してか、シャロンは一つの解決策を提示した。


「一応、髪色と瞳の色が公爵様と同じ男性から子種をもらってくるのも一つの手段としてあるのですが」


 どうでしょうか、と顔色を窺うように首を傾げるシャロンに、アルフレッドは一瞬固まってしまった。

 子種をもらってくるということはつまり、夫以外の他の男とそういう行為に及ぶということ。

 アルフレッドは彼女の言葉の意味を正確に理解し、間抜けな声を上げた。


「…へ?ど、どどどどういう事?」

「あれ?高貴な身分の方でもやはり男性はご存知ないものなんですかね?そういう事専門の業者があるんです」


 不妊は何も女性だけの問題ではない。

 だが、子どもができない場合の多くは女性のせいになりがちだ。

 シャロン曰く、そんな中々子ができない貴族女性のために子種を提供してくれる闇業者があるらしい。


「私の知ってる業者さんは、客のプライバシーは絶対に守りますし、事前に検査するので病気持ちの男性はいません。安心安全ですよ?」


 シャロンは当然のように一つの選択肢としてそれを提示してくるが、アルフレッドが聞きたいのはそういうことではない。


「それ、意味わかってるのか?」

「はい」

「他の男に抱かれるという事だぞ?」

「はい。でも、配偶者が公認すれば不貞にはなりませんよね?え?違う?」

「いやいやいや、だからそういうことではなくて」

「ではどういう…」

「君は嫌じゃないのか?見ず知らずの男に抱かれるのだぞ」

「仕方がないと割り切って考えればそれほど…」


 好きな相手も特にいないシャロンとしては、初対面のアルフレッドに抱かれるのも、見ず知らずの男抱かれるのも大差ない。


 たが、アルフレッドは険しい顔をしていた。


「私のためにそこまでしてくれなくて良い。もっと自分を大切にしなさい」


 少し怒っているような口調でそう言われたものだから、シャロンは思わず「ごめんなさい」と謝ってしまった。


「まだ結婚生活は始まったばかりだ。焦る必要はないだろう。その件に関してはゆっくり考えていこう」

「…それもそうですわね」


 優しくそう言って微笑むアルフレッドに、確かに焦る必要はなかったかと納得したシャロンは「おやすみなさい」と頭を下げて部屋を出ようとした。


「ちょ、何故帰るんだ!」

「え?何故って、何もしないのであればここにいる意味ありませんよね?」

「いや、確かにそうなんだが…」


 子作りしないのならこの部屋に特に用はない。しかし、アルフレッドは驚いたような顔をしてシャロンを引き止めた。

 シャロンは引き止められたことに驚きを隠せない。


「何もしないが、良ければここで夜を過ごさないか?」

「ふえ?」

「その、私たちはもう少し互いのことを知った方が良いだろう?」

「はあ…」

「それに、使用人達を騙しているようで申し訳ないけど、彼らを安心させるために夜はここで一緒に寝て欲しい」

「なるほど」


 確かに、この結婚を喜んでいる使用人達には仲睦まじい夫婦を演じて見せた方が良い。

 シャロンは「公爵様がそれでよろしいのなら」と答えた。


「では私はどこで寝れば…」


 あたりを見渡したシャロンは、フカフカのソファを見つけここで寝るとソファに近づく。

 しかしアルフレッドは悩んだ挙句、彼女をベッドへと誘った。


(…まじか)


 拒絶されていないどころか、同じベッドで寝ることすら許されるとは予想外だ。

 目を丸くしたシャロンは、促されるまま素直に彼の隣に腰掛けた。


 また、妙に張り詰めた空気が二人の間を流れる。


(気まずい)


 何だか緊張してしまい、手汗がすごい。

 シャロンはふと自分の胸元を見て、そういえばとても大胆な服を着ていたという事を思い出した。

 こんな布の少ない服で男性の近くに座った経験などない彼女は自然と体が火照る。


 アルフレッドはそんな緊張したシャロンの手を取り、優しく諭した。


「何もしないから安心しなさい」

「あ、ありがとうございます?」


 良い笑顔でそう宣言するアルフレッドだが、初夜にベッドで『手を出さない』と宣言するのはどうなのだろう。

 妻としてこれはどう返すべきなのか悩むシャロンは返答に疑問符をつけてしまった。


 ***


(…どうしたものか)


 ベッドに寝転がったは良いものの、会話がない。

 シャロンはじーっと隣で寝転ぶアルフレッドを見つめた。


『お互いのことを知るために話をしよう』と言ったのにロクに話も振ってこず、それどころか目も合わそうとしない彼は何を考えているのだろうか。


(…わからない。謎すぎるぞ、烏公爵)


 どうするのが正解かわからないシャロンは、とりあえず盛り上がりそうな話を振る事にした。


「あの…、エミリア様のお話って聞いても良いですか?」

「え?」

「もし公爵様がよろしければ、エミリア様の事お聞きしたいなって」


 枕を抱きしめて恐る恐る尋ねるシャロンに、アルフレッドは驚いた顔をした。

 夫がずっと想っている亡き妻の話など、普通の女なら聞きたくはない筈だからだ。


「話すのは構わないが…どうして?」

「えっと、何となく?公爵様はエミリア様のお話したいんじゃないかなと…」


 と、シャロンは首を傾げた。

 すると、アルフレッドは何故か顔を赤らめて、枕に顔を埋めた。


「ありがとう」

「へ?どういたしまして?」


 唐突のお礼に、シャロンは一瞬だけ眉間に皺を寄せた。


(わけがわからん)


 お礼を言われるようなことをした覚えなどない。あくまでも間をつなげるためにエミリアの話題を振ったに過ぎないのに、何のお礼だろうか。

 そんな事を考えながらシャロンはその夜、ひたすらにエミリアの話をするアルフレッドに相槌を打つという時間を過ごした。

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