4:公爵家の使用人と前妻
公爵家に嫁いできたその日、荷解きを済ませたシャロンが夕食を摂るために食堂へ向かうと、メイドの一人が食堂を色とりどりの花で飾りつけていた。
「わあ」
まるで誰かの誕生日を祝うかのような賑やかな食堂にシャロンは思わず感嘆の息を洩らす。
メイドがその声に振り返ると、シャロンは言葉が口から出ていた事に気づき、ハッと口元を隠した。
彼女の顔は相変わらず『無』であるため、メイドがどう解釈するか予測できない。
シャロンは初日から曲解されてはたまらないと、ギュッと目を瞑った。
「喜んでいただけて良かったです!ご結婚のお祝いにと思いまして!」
まだあどけなさが残るおさげ髪が特徴的なメイドのシノアは、人懐こい笑みを浮かべてシャロンに駆け寄った。
「今は私一人ですけど、みんなで飾りつけたんですよ?庭師のデニスさんにお花もらったんです」
「そ、そう。わざわざありがとう」
「お料理はシェフが最高級の食材を使って、今腕によりをかけて作ってますから、もう少しお待ちくださいね?」
「それは楽しみだわ。ところで、もしかしてまだ早かったかしら…。その、時間…」
ぴょんぴょんとうさぎのように飛び跳ねて、喋り倒すシノアに圧倒されながらも、暗に席に案内してくれと伝える。
「あ!すみません、席にご案内もせずに。ささ、どうぞ」
シノアは一人で興奮しつつも、シャロンを席に案内し椅子を引いた。
その後も忙しなく花の説明をしたり、屋敷の説明をする彼女の姿が愛らしくて、シャロンは自然と笑みをこぼした。
「お名前を聞いても良いかしら」
「シ、シノアと申します…」
「シノアね、素敵なお名前だわ。これからよろしくお願いしますね。シノア」
シャロンはそう言うと、花が綻ぶような笑みを見せた。その笑顔にシノアは顔を真っ赤に染め上げて、厨房にシャロンが食堂に来たことを伝えに行くと走り去ってしまった。
「忙しない子だわ…。大丈夫かしら」
「何か心配事でも?」
ちょうどシノアと入れ違いで、アルフレッドと執事のセバスチャンが食堂へとやってきた。
「いえ、独り言です」
「そう?何かあれば言ってね」
「はい。お気遣いありがとうございます」
セバスチャンはアルフレッドに椅子を引くと、シェフに食事を運ぶように伝えに行くと言い残し、食堂を出た。
(あ、さっきシノアが伝えに行ったことを言えばよかった)
アルフレッドと二人きりは何だか気まずい。
シャロンは様子を窺うようにチラッと彼の方を見る。
「素敵な飾り付けだね」
「結婚のお祝いにと飾り付けてくれたようです」
「そうか…。使用人たちは余程君がここに来たことが嬉しいらしい」
そう言うアルフレッドの表情は少し悲しそうに見えた。
(後妻が歓迎されているなんて、公爵様には腹立たしいわよね)
このお屋敷に来てから感じる空気がとても暖かなものだったため、もしかしたら歓迎されているのではないかと思っていたが、どうやら勘違いではないらしい。
「使用人たちは心配していたんだ。私がエミリアのことをずっと想い続けているから…。いつになったら主人は前を向くのかと苛立たせた事もあっただろう」
「そう…ですか…」
「だから、君との結婚が決まった時はみんなとても喜んだんだ。急な結婚にも関わらず、新しい妻のために皆いつも以上に屋敷を磨き上げ、こうして晩餐の支度もしてくれた」
(なるほど)
予想外にも後妻が受け入れられたのは、主人が前を向いて歩き出したと彼らが捉えたからだったらしい。
シャロンは腑に落ちた。
そこまで話して急に黙り込むアルフレッド。
やはり早くも使用人達に受け入れられて前妻エミリアの地位を奪っているシャロンが気に食わないのか、顔を伏せてしまった。
(…これは何か言葉を求められている気がする。どうしよう)
妙な緊張感が漂う食堂の空気を何とかせねばと頭をフル回転させたシャロンは、適当にそれっぽく聞こえる言葉を並べた。
「公爵様は皆に愛されているのですね」
「そうかな?」
「だって【ウィンターソン公爵】の今後を思うから、皆心配してくれていたのでしょう?」
「そう、だろうか…」
「そうですよ。それに使用人の皆は私を受け入れようと努力してくれているだけで、まだ私を女主人と認めてくれたわけではないと思います。だって、私が来るとわかっているのにエミリア様のお部屋はそのままでした。言い方は悪いかも知れませんが、普通はそのまま残したりしません。つまり、それって皆もまだエミリア様を思っているということではないでしょうか?」
淡々と話すシャロンに、アルフレッドは顔を上げて嬉しそうに目をキラキラと輝かせていた。
「そうだよな。皆もまだエミリアを思ってくれているよな」
「そうですよ」
「この屋敷の皆だけは、彼女の死を悲しんでくれていたし、この屋敷の皆だけは私の気持ちを理解してくれているはずだよな」
「当たり前ですわ」
エミリアとの結婚は周囲の大反対を押しきって強行されたものだから、彼の周りでエミリアの死を共に悲しんでくれるような人間はこの屋敷の使用人達しかいなかったらしい。
シャロンは本音を言うと少しばかり「嫁いできたばかりの後妻相手に失礼なやつだ」なんて思っているが、彼女は不快感も顔には出ないのでアルフレッドには、彼女が心からそう言っているのだと捉えたことだろう。
食事を運んできた使用人達が廊下で
『そもそもシャロン様は別のお部屋にご案内するものだと思ってたから、あのお部屋はそのままにしておいただけなのに…』
『シャロン様の荷物をあの部屋に運ぶよう言われた時は本当に焦ったわ』
『どうしよう。シャロン様には変な誤解をさせてしまったかしら。後で謝っておかなくちゃ』
『そんな事より、シャロン様の懐深すぎない?』
などと会話していた事など、二人は知らない。
***
前妻エミリアは傾国と謳われるほどの美貌を持ちながらも、体が弱く長くは生きられない薄幸のご令嬢として、社交では有名だった。
だがアルフレッドの認識とは異なり、公爵家の使用人にとってあまり印象に残っていない女主人だ。
何故なら、主人であるアルフレッドとの婚姻期間は僅か2年と短く、病弱なため女主人として屋敷を取り纏めるようなこともなかった。
その上、公爵邸にきてからも基本的に自室に籠り、自身の世話を実家の伯爵家から連れてきた2人の侍女以外にはさせず、それ以外の者が自分に近づくことも嫌がるような潔癖。
故に公爵邸の使用人の中には彼女の遺体が棺桶に入れられるまで、その姿を見たことがないものもいたらしい。
あまり関わりのなかった奥方の死にどう反応して良いかわからず、結果取り敢えず悲しむ素振りを見せていただけの使用人も少なくないという。
厨房で、晩餐の皿洗いをしながら、ややふくよかな体型のお母さん系メイドことリサは深くため息をついた。
事情を知らない新人メイドのシノアは、同じく皿を洗いながら「どうしたのか」と首を傾げる。
「旦那様はまだエミリア様を思っていらっしゃるから、それによってシャロン様が傷つかないかと心配なのよ」
「何故シャロン様が傷つくのですか?」
「あれ?烏公爵の噂を聞いたことはない?」
「旦那様のお噂は知っていましたが…。旦那様はシャロン様がお好きだからご結婚されたのではないのですか?」
烏公爵の噂は市井でも割と有名な話だ。
だが後妻を取ると聞いて、最近雇われた新人のシノアは『とうとう烏公爵の喪が明ける』と近所の人が噂しているのを聞いたので、てっきり新たな恋をしたのだと思っていた。
「それがどうやら違うらしいのよ。なんでもシャロン様は後継を産むためだけに、旦那様に嫁いで来られたとか」
「なんと!?そんなことがあるのですか!?」
「若いあなたにはまだわからないかしら。お貴族様はそういう理由でもご結婚なさるのよ」
「そんな…子どもを産む道具みたいな扱い…。シャロン様が可哀想です」
「ほんと、まだお若いのにね」
「せっかくあれだけ魅力的で可愛らしい容姿をお持ちの方なのに、旦那様に見向きもされないのは悲しすぎます!」
シノアはふんと鼻を鳴らす。
シャロンは確かに派手さはないものの、肌は白くきめ細やかで端正な顔立ちをしている。傾国と謳われたエミリアには劣るが見目は悪くない。
彼女の微笑みを思い出しながら、シノアは「磨けば更に光る逸材ですよ」と呟いた。
すると、その呟きを聞いたリサが何かを思いついたような悪い顔をする。
「せ、せんぱい?」
「それだわ」
「へ?」
「磨き上げれば旦那様もその気になるかも。私の目が正しければ、あの露出の少ないドレスの下にはたわわな果実が隠れているはず…。シノア!」
「はい!」
「私はメイド長様のところに行って、シャロン様を磨き上げる権利をもぎ取ってくるわ!」
興奮した様子のリサは、ゴム手袋を脱ぐとシノアに後の洗い物を押しつけてメイド長を探しに行ってしまった。
「うそでしょ。まだ結構な量残ってるんですけど…リサせんぱい…」
シノアは大量に残された皿の山を見て、少し泣きたくなった。