45:事後処理
その年の冬。
王宮では致死率の高い風邪が流行した。
王は感染の初期段階で、感染拡大を防ぐために自ら離宮に引きこもったが、そのまま回復することなく崩御した。
そのほかにも数名の貴族が感染し、死亡した。
「って感じのシナリオでいこうかと」
「まあ公表できませんしね、流石に」
ヘンリーは椅子の背もたれに体を預けると、背伸びをした。
ここ数日、後処理でろくに寝れていない。執務室が自室と化している。そろそろ過労で死にそうだ。
「少し仮眠とります?」
「いや、これだけ片付けよう」
そう言うとヘンリーは自身の頬を両手で挟むように叩き、気合を入れる。
ハディスは「では遠慮なく」と追加書類を彼の前に積み上げた。
結局、本当のことは公表されることなく闇に葬り去られることとなった。
ヘンリーとしては民衆の前に出して石を投げつけるくらいのことをしてやりたかったが、『一国の王が1人の女に夢中になり、国の宝である魔術師を何人も殺した』などとんでもない醜聞だ。
何も知らずに国王を慕っていた民や王妃、まだ幼い下の王子のことを思うと、無駄に混乱を招くよりも内々に処理する方が望ましいと言う意見の方が多かったのだ。
幸いにもこの件は広く知られていないため、最低限の根回しだけでどうにかなる。
王に取り入ろうと悪事を働いていた貴族たちの大半は、ヘンリーがうまい具合に手綱を握ったので問題ない。
どうしようもないやつだけが風邪を拗らせて死んだが、宮廷のパワーバランスが大きく崩れることはなく、何とか均衡を保っている。
こういった事情から魔術師失踪事件については未解決のまま幕を閉じることになるが、エミリアの侍女だった2人を含め、巻き込まれた被害者遺族のケアについては慎重に行なっていくらしい。
魔術師そのものに対する管理体制、魔術関連の書物や魔法具の管理方法等についての見直しも必要だ。
「今後やることたっぷりですね、陛下」
茶化すように言うハディスを睨みつつ、ヘンリーはサインし終えた書類を彼に渡す。
「…まだその呼び名は早いぞ」
「まあ、まだ死んでませんからね」
書類を受け取ったハディスは肩をすくめた。
頭のおかしい国王は現在、地下牢に幽閉されている。
風邪を拗らせて死ぬ前に過去の被害者を含め、この5年で彼がしてきたことを全て暴かねばならない。
「あの人、全然会話が成立しないらしいんですけど…」
「爪を2、3枚剥がせばしゃべるだろ。そこまで我慢強い人じゃないし」
「サラッとえげつないことを言わないでください」
「被害者のことを思えば適度な拷問は必要だと思うが?今度シャロンに副作用強めの自白剤でも作ってもらおうかな?」
「何ですか、『副作用強めの自白剤』って」
「飲んだら全身強い痒みに襲われるやつとか」
「地味に嫌だなぁ、それ」
「皮膚が剥がれるくらいに掻きむしれば良い」
フッと黒い笑みを浮かべたヘンリーに、ハディスは寒気がした。
おそらくそれほどまでに彼の怒りは根深いのだろう。
尤も、このまま真面目に話ができる状態にならなければ、近いうちに彼は崩御することになるだろうが、致し方ない。
ヘンリーは不意に頬杖を突くと、サインする手を止めた。
「…ハディス」
「はい、何でしょう?」
「…侯爵はどうだ?」
「あー。ほぼ寝たきりです」
「…そうか」
ハディスの返答に、彼は深くため息をついた。
ジルフォード侯爵はあの日を境に病に倒れた。
おそらく長年の心労が祟ったのだろう。
彼は事件について知りうる限りのことを話し終えると、プツンと糸が切れたように意識を失ったそうだ。
今は自宅で治療しているが、長兄ユアンの見込みではそう長くは持たない。
「父は元々裏家業に向いてない人だったんですよ」
「何となくわかる」
大義名分のない殺しなど、あの優しい医師に耐えられるわけがない。
彼はこの5年間、何を思って殺し続けたのだろう。
エミリアを見捨てることもできず、王に反抗して家族や領民を危険に晒すこともできず…。
もしかすると、エミリアに魅了され、自らの意思で彼女の一部となることを望んで死んでいった彼らに甘えていたのかもしれない。
5年前、変装してまでエミリアを助けようとしなければこの事件は起こらなかったのだろうか。
この5年間、どこかで行動を起こせるタイミングがあったのではないか。
そもそも、魔術による臓器移植など研究しなければ良かったのではないか。
ジルフォード侯爵はずっと自問自答しているらしい。
きっと彼がエミリアを救おうとしようがしまいが、あの変態はエミリアを求めたはずだとヘンリーは思うが、それは考えても仕方のないこと。
理由はどうあれジルフォード侯爵は多くの人間の命を奪った。それは大罪だ。
だが、情状酌量の余地があるとして宮廷医師と侯爵の身分を剥奪し、長兄ユアンの管理下でのみ自由が許された。
きっと、侯爵は先の短い残りの人生を後悔し続けるのだろう。
ヘンリーは悲痛な表情で手元にある書類を握りしめた。
ハディスはそれを彼から取り上げると、丁寧に広げ、皺を伸ばす。
「ありがとうございました」
「何のことだ?」
「事件を詳しく捜査しようって言ってくれたことです。父も感謝していました」
「…別に礼を言われることじゃない」
物悲しげに微笑む彼から、ヘンリーは目を逸らせた。
正しい判断ができなくなっていた侯爵は、誰かに気付いて欲しくて、王宮の東の一角に遺体を置いたらしい。
結局は王に見つかり、すぐにその遺体は処分されたが、運良くそれを見つけた王太子妃からヘンリーへと伝わり本格的な調査となった。
「殿下が陛下に止められても踏み込んでくれたおかげです」
「やめろ、どう返したら良いかわからない」
これは王家の失態だ。ハディスの父はヘンリーの父に人生を壊された。
それなのに、お礼を言われても彼はそれを素直に受け取れない。
「…シャロンはどうだ?」
ヘンリーは手に持っているペンをトントンと鳴らしながら話を逸らせた。
ハディスは小さく息を吐く。
「来てますよ、今日も」
「…そうか」
「出かける前に会いにいきますか?」
「そうだな」
王宮に来ているというシャロンに会いに行くため、ヘンリーは急いで仕事を片付けた。




