43:突入
抜けてました!
(シャロン…どうするつもりだ…?)
ヘンリーは訝しみながらも王が背中を向けている隙に足を伸ばし、ヘアピンがついた紙を自分の方へと引き寄せた。
その紙には
『騎士団 外』
とだけ書かれていた。
おそらくこの文字数が彼女の限界だったのだろう。ヘンリーは顔を上げ、扉の方を見た。そして、小声で隣のハディスに告げる。
「騎士団が来ている」
「…いつから?」
「わからん」
「まさか…さっきの会話、あの人聞いてたんじゃ…」
だとするならば、アルフレッドはきっと使いものにならない。ハディスは顔を歪めた。
「そこは彼を信じるしかないよ、ハディス」
「無理じゃないですか?だってあの人、本当に前妻のことしか見てなかったし」
アルフレッドは本当にエミリアのことしか見ていなかった。
彼女への感情が作り物であったこととか、彼女の死の真相を知って彼が正気でいられるはずがないとハディスは思う。
今ここで怒りに任せて突入してきていないことを考えると、おそらく扉の前で項垂れているのだろう。
「騎士団は突入のタイミングを計っているんだろう。彼が怒りに任せて突入してこないだけ上出来だ」
増幅装置を身につけた魔術師は一時的にではあるが、1人で3、4人分くらいの戦闘力を持つ。正面切って相手できるのはアルフレッドくらいだ。
外の彼らが増幅装置の存在に気づいているのなら、下手に動かないのは正解だというヘンリーの言葉に、ハディスは深くため息をついた。
「どうするんですか?」
「俺がもう一度隙を見て魔力封じの術をかける。ハディスは突入の合図を出せ」
「失敗したら今度こそ殺されますよ」
「しかし行動せねば状況は変わらん。魔力を封じた王と思考停止した魔力のないエディなら、仮に公爵が使い物にならなくとも何とかなる。多分。知らんけど」
「そこは言い切ってくださいよ」
「保証できないんだから仕方ないだろ」
ヘンリーは後ろに組んだ手で器用にヘアピンを拾い上げると、手枷の鍵穴にピンを突っ込んで錠を外しはじめた。
『助けてくれ』と叫ぶエミリアの声で、カチャカチャとなる手枷の音はかき消され、王がそれに気づく様子はない。
そして自分の枷が外し終わると、彼はヘアピンをハディスの手の近くに置いた。
「ハディス。お前、さっき陛下がやったやつはできるか?」
「さっきのやつって?」
ハディスはヘンリーと同じように手枷を外しながら、彼に聞き返す。
「声帯潰すやつ」
真剣な目でそう言う彼に、ヘンリーは驚いた。
確かに魔力のない騎士たちにとって彼女の声は間違いなく毒になる。
突入後、彼女に邪魔をされて判断が鈍ってしまってはたまらない。彼らがエディのようになってしまっては捕らえる人間が増えるだけだ。
だが、それはつまりアルフレッドの最愛の人を傷つける行為。
「…公爵閣下に恨まれろと?」
「俺がやると加減できなくて殺してしまう。そこまで繊細なことはできない」
「…俺もあんまり細かいことは得意じゃないんですけど」
「俺よりはマシだろ」
怪訝な顔をするハディスに、ヘンリーは自嘲じみた笑みで言う。
「これは命令だ」
「…了解です」
そう言われては抗えない。
ハディスは全ての責任を王太子殿下にとってもらうことにした。
「まあ、たしかに心も手先も俺の方が繊細ですからね。やりますよ」
「心は俺の方が繊細だ」
***
王がエミリアの特殊な能力について話し終えた頃、小さな穴から中の様子を覗いていたアルフレッドは拳を握りしめて険しい顔をしていた。
血が滲むほど強く拳を握る彼の様子に、ハディスの部下である魔術師の彼は、恐る恐る声をかける。
「騎士団長、あの、大丈夫ですか?」
「何がだ」
「いや、その…」
エミリアへの感情が偽物であったという事実に加え、死んだと思っていたエミリアが生きていた事実やその事情。
多分アルフレッドが知りたくなかった事が一気に明かされた。きっと並の人間では動揺から取り乱してしまってもおかしくはない。
ましてやアルフレッドはエミリアをそれは大切にしていた。異常なほどに愛していた。
きっと彼にはこの真実は耐えられないだろう、魔術師の彼はそう思った。
しかし、アルフレッドは「問題ない」とだけ返した。
「大丈夫だ。話が難しすぎて全然頭に入って来てないから意外とダメージがない」
魔術の分野の話が苦手な彼には変異種の話とか、魅了が魔力量に反比例する事などを一度で理解するのは難しいらしい。
確かに前妻が生きていたことに対する喜びや驚きの感情はあるが、正直なところ理解できない前妻の事情よりも、視覚的に王に殴られたとわかるシャロンの方が心配すぎてどうにかなりそうだと彼は言う。
シャロンが自分の気持ちを代弁してくれたからだろうか。それとも事実を受け止めきれていないだけだろうか。
アルフレッドは自分でもびっくりするほどに落ちついていた。
「あ、大丈夫なら、その…良かったです…」
今ここで取り乱されてはたまらない。
魔術師の彼はアルフレッドは阿呆で良かったと心の底から思った。
「それより聞いたか?」
「何をです?」
「半裸男はエディらしい」
「…はぁ、そうですね」
「そして、あそこに横たわるのはエミリアらしい」
「そうですね…って、あれ?それってつまり…」
「そう。この部屋の中にいる敵は陛下のみだ。エディの状況がいまいちわからんが魔力が封じられているのなら、いくら軍人といえど私たち騎士団の敵ではない」
アルフレッドと魔術師の彼は顔を見合わせて笑った。
複数の魔術師がいるのなら隙をついて制圧するための策を練らねばならないと思っていたが、厄介な敵が王1人ならばなんとでもなる。
「問題はエミリアの不思議な力だ」
「そうですね」
彼女の能力は魔力を持たない騎士たちには毒となる。
アルフレッドは神妙な面持ちで魔術師の彼に尋ねた。
「…例えばの話だが、君は一度潰した声帯を元に戻すことはできるか?」
「…僕の技術では難しいです。僕もハディスさんも、基本的には『殺す』『壊す』ということしかできません。ジルフォード侯爵くらいの技術があれば復元できる可能性はありますが、それも確かではありません」
「そうか…」
彼の返答に、アルフレッドは両手で顔を覆い「はぁー」と深くため息をついた。
「あの、騎士団長…」
「万が一の時は、頼みたい」
「…はい」
何を頼まれたのか把握した魔術師の彼は悲痛な顔をしつつも、「お任せください」とつぶやいた。
アルフレッドは自分の頬を両手で叩くと気合を入れ、その場にいた騎士たちに告げる。
「突入する」
騎士たちは大きく頷いた。




