42:真相(2)
魔力持ちの王がエミリアへ抱いている愛情は紛れも無い本物だが、魔力を持たないアルフレッドがエミリアに抱いていた感情は偽物だったということ。
強制的に作られたその感情に、アルフレッドは何年も支配されていたのだと彼は言う。
「滑稽だろう?作られた感情に縋って、彼女がいなくなってからもずっと彼女を思い続けていたなんて。アルフレッドは本当に、昔から単純馬鹿だ」
王はアルフレッドを小馬鹿にするようにケラケラと笑う。
ここにいるエディのように、単純な彼はすんなりとエミリアへの好意を受け入れたらしい。それこそエディ・クラークのように。
「あいつはエミリアへの恋心が錯覚だと教えてやったのに聞きもしなかった。彼女とは思い合っているのだと思い込んでいたんだ。そんなあいつの思い込みで、好きでもない男と結婚させられるエミリアが可哀想だとは思わないか?だから、偽物の愛に縋ろうとするアルフレッドから彼女を救い出したんだよ。私とエミリアの間にある愛は本物だからね」
エミリアとアルフレッドの婚姻を妨害したのも、偽物の愛に縛られたアルフレッドから彼女を救うためだったと王は主張した。
一瞬だけ王とエミリアの崇高な愛の物語を語っているかのようにも聞こえたが、シャロンはふと気がついた。
確かにアルフレッドがエミリアに対して抱いていた感情は魅了のせいかもしれないが、エミリアがアルフレッドに抱いていた感情は果たして偽物なのだろうか。
アルフレッドには彼女のような力はない。
崇高な物語を語り終えた王は「わかったか」と聞いてきた。
シャロンはそんな王に対し、呆れたようにため息をこぼす。
「正直だからどうしたって話なんですけど」
「…え?」
「だって、旦那様の思いが偽物であったとしても、エミリア様の思いが偽物だとは限らないでしょう。どうしてエミリア様からの矢印が自分に向いていると思いこんでるんです?」
「エミリアは私のことが好きなんだよ」
「だからその根拠はどこにあるんだって聞いてるんですよ。まさか本当に根拠無いんですか?気持ち悪いな」
そう言い放ったシャロンの言葉に、ヘンリーもハディスもうんうんと頷いた。
これ以上理解してもらうのは不可能だと察したのか、王はゆらっと立ち上がると、シャロンを蔑むような目で見下ろす。
「…もう何とでも言うといい」
「え?じゃあもう少し罵倒して良いですか?」
「嘘!何も言うな!君の言葉は結構ダメージが大きい!」
若干半泣きの王はそう叫ぶと「許可なくしゃべったら君の声帯も潰すから」とシャロンたちに警告した。
そして、アルフレッドの仮面を被るのも忘れてエミリアの方を振り返り「シャロンにお願いしろ」と叫んだ。
「エミリア!シャロンが協力してくれたら、君はもう手術を受けなくて済む!」
この時、エミリアは初めてアルフレッド以外の顔の人間に返事をした。
「…ほんとうに?もういいの?」
『もう手術しなくても良い』という彼の言葉を信じたのか、エミリアは突然大きな声でシャロンの名を叫び始めた。
「シャロン!お願い!」
「シャロン!助けて!」
「お願い!シャロン!」
「お願いよ!助けて!」
助けを求めて泣き崩れるエミリアをエディが支えた。明らかに情緒が不安定だ。
だが、それはシャロンも同じだった。
その頬に流れる美しい涙に視覚が、その美しい声に聴覚が侵される。
エミリアが叫ぶたびに、彼女に頼られているという喜びと彼女を助けたいという衝動が徐々に強くなる。支配される。
(…まずいな、これが魅了か)
理解していても抗えないほどの力だ。
泣かないで欲しい。笑って欲しい。
そしてあわよくば、君を笑顔にするのは自分でありたいと、強くそう願う。
ハディスやヘンリーがこちら側へ引き戻そうとシャロンの名を呼ぶが、彼女にはもう聞こえていなかった。
シャロンの目の色が変わったことを見逃さなかった王は、彼女の拘束を解く。
「エミリアのために尽くしてくれるね?シャロン」
「…いやよ」
「無理だよ。もう君は抗えないところまで堕ちている。一体何度名を呼ばれたと思っているんだ?」
王は俯いて震える彼女の手を取り、引き上げる。
「さあ、おいで。手術をしよう。君はエミリアの一部になるんだ」
そう言って踵を返し先を歩く王の背中を、シャロンは追う。
拘束を解いたのも、手を引いて誘導しないのも、彼女が自らの意思で自分についてくることがわかっているのだろう。
目の前の背中は憎い男のものであるはずなのに、エミリアのためになれるのならば殺されることも仕方ないと思ってしまう。
シャロンはなけなしの理性を振り絞り、スカートのポケットに手を突っ込むと、そこに入れていた離宮の設計図を片手で千切る。
そして先程の父を真似て、それをぎゅっと握りしめて魔力を込めた。
(できた…)
初めてやったものだが、案外簡単にできたことにシャロンは感動した。
彼女はポケットから手を出すと、その紙切れをヘアピンに挟み、前を行く王の隙を見て床に落とす。そして、さり気なくそれを足で踏むとヘンリーの方へと滑らせた。
エミリアの『助けて』という声にかき消さ、シュッとピンが滑る音は聞こえない。
シャロンは怪しまれないよう、振り返らずにそのまま歩いた。
多分意識の大半はもう、得体の知れない何かに乗っ取られている。
きっと王が『抗えないところまで堕ちている』と言ったのは嘘ではないのだろう。
この離宮に来るまではアルフレッドへと向き始めていた感情が、今は間違いなく彼の前妻へと向いている。
(なんと滑稽なことか)
薄らと笑みを浮かべたシャロンは一瞬だけ広間の扉の方に視線を向けると、再び前を向き、ゆっくりと歩き始めた。
エミリアの元まではほんの数メートルしかない。
しかし、彼女までのその距離がとても長く感じた。




