39:プランBと戦犯
あっけなく崩れ去った煉瓦の壁の残骸を跨ぎ、アルフレッドたちは騎士団は先を急いだ。
暗い石畳の通路を、小さなランプの灯りだけを頼りにやや早足で進む。
特に隠し扉や別れ道などはなさそうだが、先行した彼らの姿はどこにも見当たらない。
嫌な予感しかしないアルフレッドは小さく舌打ちした。
「…団長、自分はちょっと怖いです」
「俺も、怖いっす」
ーーー王太子ヘンリーと彼が重用する魔術師ハディスが二人揃っていない事が。
他の騎士たちだけでなく、ハディスの部下である魔術師たちも激しく頷いた。
「奇遇だな。私もだ」
アルフレッドは深くため息をつく。
できれば先を進まずに待っていて欲しかった。
いや、いつ壁が崩せるかわからないため、先に進むのは間違いではないのだが、護衛対象のヘンリーは大人しく守られてくれるタイプではない。こういう時は前線に出たがるタイプだ。
そして今、彼のそばにいるのは楽観的な考え方をしているハディス。加えて、今回は謎に肝が据わったシャロンもいる。
彼らの身も心配だが、それ以上に何か無茶な事をやらかしていないかということの方が騎士達は心配なのだ。
「どうか大人しくしていてくれ…」
そう願い、アルフレッド達は先を急いだ。
***
突入作戦のプランAとは、簡単に言えば、騎士団とともに離宮の地下に突入して騎士団中心で物理的な攻撃により事件の犯人を確保するというもの。
対してプランBとは、犯人の油断を誘い、隙をついて『彼らの魔力を封じてから』捕獲するというもの。これは騎士団の協力が得られなかった場合に立てていた作戦だ。
3人は、『シャロンが大きな物音を立てて姿を現し、突然の彼女の出現に驚いた王にヘンリーが魔力封じの術をかけ、最後にハディスが物理的な技を仕掛けて捕縛する』という役割分担で簡易版プランBの作戦を立てた。
この簡易版プランBは、ほぼ成功が約束された作戦だった。
なぜなら部屋に敵は王1人しかおらず、王とヘンリーの魔力量はほぼ同等な上に、魔術師としての腕はヘンリーの方がやや上だ。
そして、ハディスは魔術師としても暗殺者としても一流。2対1で勝てないはずがない。
だからヘンリーは自信を持ってこの作戦を実行に移した。
で、その結果…。
3人は手を後ろに組んだ状態で手枷をつけられ、広間の端にある大きな柱にくくりつけられていた。
ハディスは額と瞼から血を流し、ヘンリーは口元から血を流している。
シャロンは血こそ流していないが、顔や腕に打撲の跡が見られた。
状況からして、明らかに作戦は失敗していた。
ヘンリーはペッと血を吐き出すと、ふっと笑みを浮かべて隣で縛られているハディスに声をかけた。
「生きてる?」
「かろうじて」
「失敗したな」
「ですね」
作戦を実行したあの時、王は確かに突然の物音とシャロンの登場に驚いていた。彼の意識は確実にそちらに向いており、一瞬だが、隙ができていた。それは間違いない。
そして、一瞬の隙をついて彼に放ったヘンリーの魔力封じの術は、間違いなく王にかけられた。
しかし、王は息子の放った術を弾き返した。
結果、背後に近づいていたハディスの存在に気づかれ、王が放った攻撃によりハディスは一発KO。ヘンリーもシャロンもすぐに捕獲されてしまったというわけだ。
「ハディス、とりあえず謝ってくれ」
「は?謝るのはどう見ても殿下でしょ」
「いやいや、そもそもお前が暗号解読できてればこうはなってない」
「いやいやいや、解読に関しては殿下も同罪でしょ」
責任を押し付け合う2人にシャロンは「多数決」を提案した。
「ここは民主主義でいきましょう」
「そうだな。賛成」
「ではせーので発表だぞ。いいか?はい、せーの!」
「兄様」
「殿下」
「ハディス」
2対1。この瞬間、戦犯はハディスに決定した。
「なんで!?」
「今度の昼飯、ハディスの奢りな」
「私、アリストンホテルのフレンチがいいです」
「理不尽!!」
ハディスは理不尽なこの世の中を嘆いた。
すると突然、彼らの前に立つ男が叫ぶ。
「おいぃぃ!貴様らは状況がわかってるのか!?」
3人が顔を上げると、そこには鬼の形相の国王がいた。
きっと、柱にくくりつけられた状態なのに緊張感も絶望感もなく、ゆるい会話をしている彼らが腹立たしくなったのだろう。シャロンは王の糖分不足を心配した。
「結構ピンチであるという自覚はありますよ、父上」
「だったらもう少し切羽詰まった感じを出せよ!調子狂うわ!」
下手したら殺されていてもおかしくない状況でも一切の焦りを見せない息子に、王は苛立ちを隠せない。
体の自由を奪っているのに、なぜこんなに余裕なのか。
彼のその余裕な態度は、逆にこちらが追い詰められている気にすらなる。
「馬鹿にするのも大概にしろよ、ヘンリー」
「馬鹿になどしておりません。呆れているだけです。王族としての矜持を失った貴方に」
小馬鹿にしたように鼻で笑うヘンリーの横っ面を、王は杖で殴った。
だがヘンリーは笑みを崩さない。
「まあいい。お前たちはそこで自分の無力さを嘆いていろ」
王は悪役っぽくそう吐き捨てたが、セリフのチョイスが悪く、まるで小物だなとシャロンは思う。
そんな事を思っていることがバレたのか、王はシャロンの前に立ち、彼女を見下ろすと不敵な笑みを浮かべた。
「そういえば、魂の波長が合う人間からの臓器提供ならば、その臓器はきちんと定着しやすいらしいんだけど…シャロン・ジルフォード、君の血液型は何型かな?」
その言葉に顔が真っ青になったのは言われた本人ではなく、ハディスだった。
実はハディスは、エディが餌だとバレる可能性などの不測の事態を想定して、もう一つの餌を撒いていた。それがシャロンだ。
彼は餌を撒くために、最近力をつけてきた貴族に対し、『魔術を使った臓器移植は魂の波長が合う人間から移植を受けると成功するらしい』という噂を流した。
もし王がエミリアを囲っているという仮説が本当ならば、王に取り入り、彼を意のままに操りたい貴族連中によってこの噂は離宮に伝わるだろうと踏んだハディスの読みは正解だった。
王は予想通り、エミリアと波長の合う人間を探し始めた。
その情報を掴んだハディスはそこでさらに、ウィンターソン公爵の後妻シャロンが最近エミリアによく似て来たという噂を追加で流す。
すると、その噂を信じた王が、エミリアを生かすための材料としてシャロンを欲しがる。
そういう流れだと、小声で説明し終えたハディスは遠い目をした。
確かにそういう作戦も立てたことを忘れていたヘンリーとシャロンも同じ目をして、目の前の王を眺めた。
「俺の読み、鋭すぎません?」
「やっぱ、戦犯はお前だわ」
ヘンリーはボソッと呟いた。




