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3:公爵の最初の勘違い

勘違いアルフレッドの視点です。

 

 皆が『もう忘れろ』と言う。

 もう5年も経つのだからと。


 忘れられるなら苦労はしていないし、忘れたいとも思わないのに世間はそれを許さない。

 アルフレッドは喪が明けても、まるで自分の心を守るように毎日黒い服を身に纏うようになった。


 そんな中、唐突に持ち上がった縁談。

 押し付けるように送られてきた後妻は亡き妻と同じ艶のある黒髪の女。それもジルフォード侯爵家の女。


(馬鹿にしているのか)


 初めて顔を合わせた時、何とか平静を装い無難に挨拶をしたがアルフレッドははらわたが煮えくり返りそうな思いだった。


『シャロン・ジルフォードはやさしく誠実で、年の割には落ち着いているが気立が良い。良い妻となるだろう』


 王はそう言ってシャロンを送り込んできたが、本音は黒髪がエミリアと同じだから代わりにしろという事だろう。

 黒髪というだけで似ても似つかない。


(何故よりによってジルフォードの娘を娶らねばならない…)



 5年前、アルフレッドは治癒魔術の権威であるジルフォード侯爵にエミリアの容体を見て欲しいと頼んだ。

 当時まだ国に認められたばかりの治癒魔術に頼るのは少々不安だったが、どんな治療を施しても衰弱していく一方のエミリアを見て、アルフレッドは藁にもすがる思いでジルフォード家の治癒魔術を頼った。


 だが、ジルフォード侯爵はエミリアの病気に精通する異国の医師を紹介するだけで、彼女の容体を見てはくれなかった。


(いや、わかってる。侯爵は悪くない)


 元々、病弱なエミリアとアルフレッドの結婚は誰にも祝福されないもので、アルフレッドが周囲の反対を押し切り強引に結婚したために彼の周りには敵が多い。

 ジルフォード侯爵に治療を断られた時も彼の苦しそうな表情を見て、すぐに王家は侯爵家に圧力をかけてエミリアの治療を拒否するよう仕向けたのだと悟った。

 侯爵領の民を人質に取られては、アルフレッドに手を貸すことはできない。それは彼も理解していた。

 だから、実際には社交界で噂されるほどジルフォード家を恨んではいない。  

 けれど、それとジルフォード侯爵の娘を後妻として受け入れられるかは別の話だ。

 ましてや憎き王の差金。到底納得できるはずもない。



(愛せないのだからせめて優しくしないと…)


 公爵邸に向かう車の中でアルフレッドは悶々とそんなことを考えていた。

 目の前に座るシャロン・ジルフォードは王の勝手で、未だ亡き妻を愛する20も年上の男のところに無理矢理嫁がされる可哀想な女の子だ。

 彼女とてこの結婚の被害者。


(そんなに熱を帯びた目で見ないでくれ…。私は君を愛せない)


 ジーッと自分を見つめるシャロンから、アルフレッドは思わず目を逸らせた。

 自分はエミリア以外愛せない。

 それは今後も揺るぎない事実で、初婚である彼女には愛されないことがわかっている結婚など酷だと理解しつつも、変に期待を持たせるよりはマシだと判断し、あらかじめ誓約書を渡したのだ。


『実家に帰りたければいつでも帰って良いからね』


 それは、せめて彼女の安らげる場所に自由に帰れるよう配慮しなければならないという思いで口から出た言葉だった。

 アルフレッドのその優しさが伝わったかは定かではないが、シャロンは目を丸くしながらも、小さく「ありがとうございます」と呟いた。


 公爵邸に着いたアルフレッドはシャロンを【公爵夫人の部屋】へと案内した。

 違う女がエミリアの部屋を使うことなど本当は耐えられないけれど、シャロンに罪はないのだからと自分に言い聞かせ、アルフレッドは彼女にその部屋を使うように言った。


 しかし…。


『公爵様の奥様はずっとエミリア様だけでしょう?』


 そう言って、シャロンはエミリアを忘れられないアルフレッドごと全てを受け入れた。

 皆が「忘れろ」という中で彼女だけが「忘れなくて良い」と言ってくれた。

 その事がどうしようもなく嬉しくて、アルフレッドは年甲斐もなく涙を流した。


***


「情けなくてごめんね」

「い、いえ」


 シャロンは動揺しつつも、静かに涙を流すアルフレッドにハンカチを差し出した。


「…君は優しいね」

「そうでしょうか?」

「だって普通は嫌だろう?前妻を忘れられない男なんて」

「まあ嫌かどうかと聞かれたら嫌かもしれません。でも、簡単に忘れられるのなら苦労はしませんよね?それにもし自分が死んだ後、夫がすぐに自分を忘れてしまったら私なら悲しいです」


 エミリアだって忘れて欲しいなんて思っていないだろうと、当たり前のようにシャロンは言う。


「出来た娘さんだ」


 アルフレッドはぽつりと呟いた。自分よりずっと大人な彼女に、彼は少し恥ずかしくなる。


(不思議な子だ)


 シャロンの目は、心の中を見透かされているような気分になるのに何故だかそれが不快ではない。


 アルフレッドは別の部屋にシャロンの荷物を移動させるようメイドたちに言いつけ、「一通り屋敷を案内する」と言って彼女の手を引いた。


 本当は夫が前妻を未だに愛しているなど嫌なはずなのにエミリアを忘れてとは言わず、それどころかエミリアを忘れられない自分ごと愛そうとしてくれるシャロンをアルフレッドは大切にしようと心に誓った。


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