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【完結】烏公爵の後妻〜夫は亡き前妻を想い、一生喪に服すらしい〜  作者: 七瀬菜々


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32:エミリアと国王の噂

 ヘンリーは顔面蒼白のエディを医務室に連れて行くようアルフレッドに指示した。

 当然の如く、双方心底嫌そうな顔をしたが、彼は有無を言わさぬ王族スマイルで2人を部屋から追い出した。

 そして、シャロンの方へ向き直るとふぅ、と息を小さく吐く。



「シャロン、それ魅了の魔術…ではないよね?」


 ヘンリーは顎に手を当て、怪訝な顔でシャロンを眺める。

 魅了の魔術は相手の精神に干渉して、術者に対する好意を抱かせる禁術。もしそれを使ってるのならば大罪だ。

 しかし彼女はそれを否定した。


「ただの幻術を少し応用したものですよ。王太子殿下に私はどんな風に見えていますか?」


 シャロンがスカートを翻し、くるりと回る。


「いつもの死んだ目が少しキラキラしているように見える。全体的にいつもより美人に見えなくもない。なんというか、纏うオーラが光属性」

「エミリア様に見えますか?」

「いや、見えない」

「ですよね…」


 シャロンはしゅんと肩を落とす。


「あの日の夜会で見たものが、幻術を使った偽物である可能性を考えたんです。ですが魔術師相手に幻術など通じるものではありませんね」

「まあ、よほどの阿呆でなければ何かしらの術が使われていることはすぐにわかるからな…」


 魔術師相手に幻術を使っても、基本的にはすぐバレる。傾国と謳われた女性に擬態することはやはり、難しいようだ。

 

 (やっぱ、あの夜に見たのはエミリアだと考えるべきだろうか)


 シャロンは顎に手を当て、目を閉じた。


 うーん、と唸りながら思考を巡らせする彼女にヘンリーは口を開く。


「君の推論はハディスから聞いている。確かに妙に納得のいく推論だった。だが、未だエミリア・カーティスらしき人物は見つかっていない」

「王太子殿下は彼女が生きている可能性はどのくらいあると思いますか?」

「…ほぼ確実に生きていると思う」


 ヘンリー曰く、普段は生真面目で冗談を言わない妃の母親が、彼女の姿を見たと言っていたらしい。


「君は公爵はこの件に無関係だと思うかい?」

「思います」

「根拠は?」

「ありません。ですが、エミリア様が生きているのに、そばに置かないなんてあり得ないと思います」

「…俺もそう思う」


 2人は顔を見合わせ、フッと笑った。


 一緒に過ごして、どうにも謀事ができるタイプには思えない。あれが演技なら役者にでもなった方が良いだろう。

 

「先ほど話した計画、ダミーのつもりだったがそのまま決行しよう」

「はい」

「ハディスも頼んだよ」

「…はい」


 あまり乗り気でないハディスは、深くため息をつき部屋を出た。


 ちょうど入れ替わりで戻ってきたアルフレッドは、少し疲れた様子の彼に首を傾げつつ、室内に入る。


「お待たせしました」

「さて、公爵も戻ってきたところだ。シャロン、報告を」

「ハディス殿はよろしいのですか?」

「後で報告しとく」

「はあ…」


 非効率だと思いつつ、アルフレッドはシャロンの方を見た。


 シャロンは軽く頭を下げると、懐から10数枚の紙を紐で閉じた小さな冊子を取り出した。

 そして、その冊子に魔力を込める。

 わずかな青白い光を放ったそれは、一枚の大きな紙へと状態を変えた。

 それは、先日解読を依頼したものの結果だった。


「あの文字列はおそらく、魔術による臓器移植を行うための術式でした」


 シャロンは机の上に紙を広げ、紙の真ん中に大きく描かれた魔法陣を指差しながら、一つ一つ淡々と説明していく。

 ヘンリーとアルフレッドはポカンと口を開けたまま、彼女の話を聞いていた。

 それはまだこの世に存在していない治癒魔術。新しい術の開発などそう簡単にできるものではない。


「確かに侯爵はそれについて研究していたと聞いたことがあるが、完成していたのか?」

「さすがだな」

「いえ、これはまだ実用可能レベルにありません」


 シャロン曰く、ジルフォード侯爵が編み出したこの『臓器移植』の術式は、血液の型さえ適合すれば移植が可能となる画期的なものだが、かなり繊細な術である上に現状では術者への負担が大きすぎるため現実的ではないらしい。

 故に現段階で未完成なこの術を成功させるにはいくつかの犠牲を払わねばならない。


 犠牲とは何かと問うヘンリーに、シャロンは指を一本ずつ立てながら説明し始めた。


「まず、生きた人間から生きた人間への移植が最低条件としてあります」


それはつまり、この移植手術を行う場合、他人を犠牲にせねばならないという事。


「そして、移植する側かされる側のどちらかが魔力から貰う形でなら成立する可能性があリます」

「…魔力ねぇ」

「で、最後に、この件に関する父の執筆途中の論文を読みましたが、どうやら成功しても不完全であるために長生きはできないようで…。移植した臓器は長くて1年しか持たないそうです。なので生きながらえるためには継続的な移植が必要となる」


 論文は、まるでこの術による移植手術を受けた人間を見てきたかのような書き方だったとシャロンは語る。


 ヘンリーは険しい顔で彼女を見た。


「シャロン、君はどう見る?」

「…失踪中のAB型のC級魔術師は、誰かの体内で生きているということかと」


 失踪した魔術師たちは臓器移植のために殺されたのだろう。

 シャロンは顔を伏せ、声を振るわせた。


「そして、この城でこんな術が使える魔術師など、父しかいません…」


 この術を理解できる術者はおそらく国には彼しかいない。つまり、現状では開発した侯爵本人でないと使えない代物だ。

 これで、父が失踪事件に深く関与しており、その手を汚していることはほぼ確実となった。


 アルフレッドはシャロンの震える肩を抱き寄せ、子どもをあやすようにそっと頭を撫でる。


「シャロン。そう気落ちするな。大丈夫だ」

「…」

「君たちにヒントを渡しているということは、誰かに強制されていると見るのが自然だ。おそらくお父君は助けを求めている」

「そうでしょうね。言っておきますが泣いてませんからね?」


 シャロンは夫の腕の中で身じろぎする。

 アルフレッドが恐る恐る腕の中の妻を見ると、彼女は半眼で自分を見上げていた。


 またやってしまったという顔のアルフレッド。

 この男はそんなに自分を泣かせたいのだろうか、とシャロンは疑いたくなった。


「ただ、父が医者にあるまじき行為をしていることが腹立たしいだけです」


 シャロンにすごまれたアルフレッドは、小さくなって謝罪した。

 その様子を横目で見ていたヘンリーはまた笑いを堪えるのに必死だ。


 アルフレッドはこほんと咳払いをして、話を戻した。


「では、今離宮にこもっている陛下は移植手術を受けるつもりということでしょうか?」


 侯爵がこの術を使う場合、病に倒れた国王のためであると考えるのが自然だろう。

 確かに王は5年ほど前からたまに病に伏せることがあった。

 体が悪くなるたびに、他人から健康なパーツを貰い受けていたという可能性は十分にある。

 しかし、ヘンリーは首を横に振る。


「いや、陛下の血液型はABではない」


 いくら魔術を用いたとしても、今の技術では血液型が適合しない人間の臓器を移植することはできない。

 うーん、と唸り声をあげて考え込むアルフレッドに、俯いて顔をしかめるヘンリー。

 シャロンは一度何かを言いかけて、その言葉を呑み込んだ。  


「何か言いたいことがあるなら言って良いぞ、シャロン」

「いえ…たいしたことではないんですが…。そういえば、AB型でしたよね…彼女」


 その言葉に、ヘンリーはフッと仄暗い笑みを浮かべた。

 キョトンとするアルフレッドを横目に、シャロンは言葉を続けた。


「…昔、こんな噂を聞いたことがあります。国王陛下が彼女に横恋慕していたとか」


 アルフレッドとの婚姻を猛反対していたのは、『王もまた、エミリアを求めていたからだ』と一部の御婦人が噂してたのを昔聞いたことがある、とシャロンは言う。

 その噂は、愛妻家と名高い王のイメージを下げるために意図的に流されたものだとされ、誰も本気にはしていなかったが、今となっては怪しい。


「シャロンはそう考えるのか?」

「はい」

「陛下が彼女欲しさに国の宝である魔術師を殺していると?」

「…はい」

「そうか…実は俺も同じことを考えていた」

「怪しさしかありませんものね」

「えーっと、何の話です?」

 

 話に入っていけないアルフレッドは首を傾げる。

 ヘンリーは言いづらそうに口を開いた。


「…公爵。君の前妻は生きているかもしれない」

「…………は?」


 これでもかというほどの間を空けて、「は?」と声を発したアルフレッドは、そのまま口を大きく開けた状態で固まってしまった。


 その後、シャロンの推論を元に、エミリアが生きている可能性についてヘンリーから説明されたが、おそらく何も頭に入っていない。

 ヘンリーはシャロンに目配せし、落ち着いたら再度説明するよう目で訴えた。



「というわけで、今、確証を得るためにハディスに墓を掘り返させている」


 アルフレッドの意識をこちらに戻すため、ヘンリーは笑顔でそう言い放つ。

 どうやらハディスは今、王太子からの正式な命により、公爵邸で墓を掘り返しているらしい。


「はあ!?何許可なく勝手に!」


 愛しき前妻の墓を許可なく掘り返されているアルフレッドは、ハッと意識を取り戻し、声を上げた。


「大丈夫だ。ハディスなら綺麗に元通りにできるから、間違っていたとしても問題ない」

「問題しかありませんよ!?死者への冒涜ですよ!」

「大丈夫大丈夫。その推論はほぼ間違いないから」

「そんなことって…」


 王族って怖い、とアルフレッドはガクッと膝から崩れ落ちた。

 そんな彼を見て、シャロンは少し申し訳なくなったが、かける言葉が見つからない。

 彼女とて墓を掘り返すことには賛成していたからだ。




 そして数時間後。戻って来たハディスは魂の抜けたアルフレッドを見てぽんぽんと肩を叩く。

 慰めのつもりだろう。だが、彼は無反応だ。


「鑑定の結果、あの骨はエミリア殿ではないと思われます」


 驚異的なスピードで検査したため、不備があるかもしれないと言いつつも、わずかに残っていた髪の色や骨格、骨の長さ等からその遺体はほぼ『エミリアではない誰か』という結論が下された。

 ハディスはそれを証明する書面をアルフレッドに渡す。


「そんな…。私は確かに彼女の死を確認したのに…」

「彼女がいるとするならば、おそらく離宮だ。囮作戦決行の日、彼女を見つけた場合にはその身柄も確保する。良いな?」


 呆然と立ち尽くし、鑑定結果を眺めるアルフレッドは返事ができない。


 彼の様子に、これ以上の話し合いは不可能と判断したヘンリーは今日のところは解散しようとウィンターソン公爵夫妻を屋敷まで送った。


 屋敷までの間、ずっと呆けているアルフレッドの手をシャロンが引いて歩く。


 アルフレッドは自分の手を握るシャロンをぼーっと眺めながら、ふと、先日の彼女の言葉を思い出した。


『例えば今ここにエミリア様がいたとして、旦那様はどちらか一人しか選んではいけないとなった場合、どちらを選びますか?』


 あの時は『仮定』だったその言葉が『現実』となろうとしていた。



 (何度ももう一度会いたいと願ってきたエミリアに会えるかもしれないのに、少しも喜べないのは何故だろう)


 その日、アルフレッドは帰宅してから一言も言葉を発さずに眠りについた。



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