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2:シャロンの結婚

 

 アルフレッド・カーティスこと、ウィンターソン公爵の元に嫁ぐ事を命じられてから3ヶ月。

 結局、シャロンが彼と初めて顔を合わせるのは結婚式の当日の今日。身支度が終わった後だ。


 暖かな日差しが差し込む教会の控室で、真っ白なウエディングドレスに身を包んだシャロンは鏡の前でメイドに髪を結われていた。


「シャロン…」

「大丈夫ですわ。お母様」

「ごめんなさい。何もできなくて」

「仕方ありませんわ。陛下のご命令ですもの」


 王命ならば仕方がない。シャロンは母の手を取り、言い聞かせるようにそう告げた。

 おそらく今、母親にはシャロンが落ち込んでいるように見えているのだろう。

 愛想笑いもできない不器用な娘でも、叶うなら愛し愛される幸せな結婚をして欲しかった母は静かに涙を流した。


(結婚式、簡素なものでよかったー)


 そんな母の気も知らず、シャロンはこの窮屈なドレスをすぐに脱げることを喜んでいた。

 こんな時、表情筋が死んでいると感情を悟られなくて良いから楽だ。


「シャロン、これにサインを」

「かしこまりました」


 シャロンはふぅと小さく息を吐くと、父であるジルフォード侯爵から一枚の紙を手に取るとそれにサラサラとペンを滑らせる。

 その姿に侯爵は悲痛な顔をした。


 彼女に渡された紙は、アルフレッドが事前に寄越した誓約書。

 持参金などは不要だがその代わりに以下のことを受け入れろと誓約書を事前に送ってきたのだ。


 内容は、『公爵がエミリア以外を愛することなどないという事実を受け入れること』『公爵の服装に口出ししないこと』そして、『結婚式は婚姻誓約書にサインするのみの簡素なものとすること』。


(徹底してるわね)


 こんなものを用意するほどにこの先の人生もずっと亡き妻を思って生きていく覚悟をしているアルフレッドに、シャロンは思わず感心してしまう。


「はい。お父様」

「ああ、ありがとう」


 サインし終え、父に誓約書を返す。

 その誓約書を横から覗き見ていた二人の兄はかなり憤っているが、シャロンにはどうでも良かった。


「兄様、よく考えてください。ウィンターソン公爵にとっての私は、亡き奥方の仇のくせに公爵夫人の座に座ろうとする厚顔無恥な女です。このくらいの条件は突きつけておかないと、もし私がその身分に胡座をかいてつけ上がったら大変でしょ?公爵は正しいわ」

「…シャロン」

「聞き分けが良すぎるぞ、お前は」


 二人の兄は、自分の立場を理解して素直に彼の出す条件を受け入れる妹に涙を流した。

 実際には聞き分けが良いのではなく抗うのが面倒なだけなのだが、どうもこの家族は長く一緒にいるのにまだシャロンのことを誤解しているようだ。



 しばらくして、シャロンの控室をアルフレッドが訪れた。

 扉を開けるとその先にいたのは、赤茶けた癖のある髪の美丈夫。少し目尻に年齢を感じさせるシワはあるものの、とても38には見えない。

 彼の儚げな雰囲気に真っ黒な喪服がとてもよく似合う。


 正直に言うと、これから教会で結婚の儀式を行うのに喪服なのはどうかと思うし、シャロンの父であるジルフォード侯爵も怪訝な顔をしている。

 だが、彼女的にはむしろ純白のタキシードは彼に不似合いなのではとすら思っていた。


(中々のイケメン…。エロ親父より全然マシだわ)


 元々さほど悲観してはいなかったが、彼女はエロ親父の後妻に入るよりは冷遇されてもこの美丈夫の妻となる方が良いとこの結婚を前向きに捉えた。


 侯爵は誓約書を喪服の彼に渡すと娘を紹介した。


「公爵様。こちらが娘のシャロンです」

「シャロン・ジルフォードです。よろしくお願い致します」

「アルフレッド・カーティスです。こちらこそよろしく」


 互いに短い挨拶をし、握手を交わす。

 アルフレッドは優しく微笑んではいるものの、その瞳にはシャロンへの嫌悪感が垣間見えた。


(ろくに会話もしていないのに嫌われたものだわ)


 結局、二人が軽く挨拶を済ませると一同はそのまま教会へと移動した。

 そう。そのまま。

 新郎は喪服に身を包んだまま…。



 こうしてシャロンの人生で初めての結婚式は、喪服の旦那と共に神父の前で婚姻誓約書にサインするだけの超簡易的なもので終わった。


 ***


「じゃあ、元気でな。シャロン」

「たまには遊びに帰ってくるのよ」

「…は、はい。お父様、お母様、お兄様」


 式が終わり、支度を済ませると待っていたのは家族との別れ。

 公爵家の車の前で感動的な別れの挨拶をしている最中、シャロンは隣に立つアルフレッドが気になって仕方がない。


(違う喪服に着替えているだと!?)


 どうやら先ほど式の時に見た喪服は、儀式用の服だったらしい。今来ている服の方が若干質素だ。無駄な装飾がない。

 同じ喪服でも普段使いとそうでないのを分けているのだろうか、シャロンは気になって仕方がないが、服装に口出ししない約束なのでこの疑問は胸に仕舞い込んだ。



 気がそぞろになりながらもとりあえず家族に別れの挨拶を済ませたシャロンは、公爵邸に向かう車へと乗り込むと改めて向かいに座る名目上の夫をチラリと見る。


(よく見ると素敵なデザインの喪服だわ)


 本当によく見ないとわからないが、ジャケットの袖や裾には細かな刺繍が施されている。


「実家に帰りたければいつでも帰って良いからね」


 自分をまじまじと見つめるシャロンに、アルフレッドは不快そうに目を逸らせながらそう言った。

 このタイミングでそれを言われるのはつまり、暗に『公爵家に来るな』ということなのだろう。

 穏やかな雰囲気を纏いながらも辛辣な人だ。


(あまり頻繁に妻が実家に帰るのは体裁が良くないけど、夫が良いと言うのだから遠慮なく帰らせてもらおうかしら)


 こちらに持って来れなかった本が実家にはたくさんおいてある。

 シャロンは彼の申し出を快く受け取ることにした。


 ***


 公爵邸につくとシャロンは少し逃げ出したくなった。

 床は大理石、天井に煌びやかなシャンデリア。そして自分がこれから進もうとする床には赤絨毯。

 その両サイドにはずらりと並ぶ使用人。


(公爵家と侯爵家、音は同じなのにえらい違いだ)


 実家は成り上がり貴族の生活、割に比較的質素な暮らしを好んでいたのでキラキラしすぎて目が痛い。


「おかえりなさいませ旦那様。そしてようこそおいでくださいました、奥様」

「紹介するよ。こちらは執事のセバスチャンだ」


 紹介されたのは執事服をビシッと着こなした黒縁メガネの似合うイケオジこと執事のセバスチャン。

 優しいそうな雰囲気を身に纏う彼は、シャロンにゆっくりと頭を下げた。それに合わせて他の使用人たちもシャロンに礼をする。


「不束者ですがよろしくお願いします」


 シャロンは見事なカーテシーを披露した。


 夫人の部屋にシャロンの荷物を運ぶようにと、アルフレッドは数名のメイドに言い付けた。そして、彼女らの後に続いてシャロンをその部屋へと案内する。


「すまないね。陛下が再婚しろとうるさくて。君にも迷惑な話だっただろう」

「いえ…」

「皆、君を歓迎している」

「それは嬉しゅうございます」


 そんなわけないだろうと思いつつも、シャロンも一応喜びを伝えた。


(この男、感情が読みにくい…)


 笑顔を貼り付けているが、明らかにシャロンのことを嫌悪している。


(嫌いなら思いっきり嫌いだと態度に出してくれた方がやりやすいのだけど)


 下手に愛想良くされるくらいなら冷遇される方がやりやすい。赤絨毯の螺旋階段を上りながら、シャロンは小さくため息をついた。


 階段を登り終え、長い廊下の先にある部屋へとたどり着くとメイドがその部屋の扉を静かに開けた。


「ここが君の部屋だ」


 そう言って、アルフレッドが中に入るよう促したその部屋は、明らかに前妻エミリアが使っていた部屋。


(まじか…)


 絨毯も花瓶も絵画も時計も、ソファのクッションも、全て彼女の趣味なのだろう。全体的に落ち着きのある色合いで統一されていた。

 センスは良いし、正直シャロンの好みの部屋だ。だがこの部屋はどう見てもシャロンの部屋ではない。

 

 シャロンは隣のアルフレッドを見上げ、その黄金の瞳でジッと彼の目を見つめる。


「どうした?」

「よろしいのですか?」

「ん?」

「この部屋はエミリア様のお部屋ですよね?」

「…ああ、気遣ってくれるのかい?ありがとう。でも大丈夫だよ」


『ここは【公爵夫人】の部屋だから』と彼は笑った。

 隠しているつもりだろうが、その瞳は嫌悪感に満ちていた。

 この男は自分がこの部屋を使うことを納得していない。そう察したシャロンはアルフレッドに提案した。


「…公爵様。このお部屋はこのままにしておきましょう?」

「…え?」

「こんなに広いお屋敷ですもの。他にもお部屋はございますでしょう?」

「確かにまだ部屋はあるが…。君はそれで良いのかい?」

「どのお部屋で寝ようと、対外的には私が公爵夫人であることに変わりありませんもの」

 

 アルフレッドは驚いた様に目を見開いているが、シャロンは無表情のまま淡々と語る。まるで全てを見透かしたような目で、彼を見つめながら。


「エミリア様のこと、無理に過去にしようとなさらなくても良いと私は思います。確かに【ウィンターソン公爵】には新しい妻が必要かもしれませんが、【アルフレッド様】の奥様はずっとエミリア様だけでしょう?」

「…良いのか?」

「良いも何も、私は【ウィンターソン公爵】の妻にしかなれませんもの」


 少し目を細めて優しく『過去にしなくて良い』と言う彼女に、アルフレッドは静かに涙を流しながら「ありがとう」と呟いた。



(何故に泣くのだ、公爵よ)


 当たり前のことを言っただけなのに急に涙を流す彼に、シャロンはちょっと、いや、かなりドン引きした。

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