17:好奇心に負ける
月明かりに照らされた王宮のテラス。
そよ風に揺れる木々のざわめきと、ダンスホールに響く賑やかな音楽と、そして夜空を飛ぶカラスの鳴き声が交差するその場所で…
「アホーだって、公爵」
王太子ヘンリーは、カーテンの影に隠れて膝を抱えるようにして蹲るアルフレッドを突いて楽しんでいた。
「ちょっと今話しかけないでください」
先程、見事にシャロンの口撃に打ちのめされたアルフレッドは傷心中である。
自分が悪いのはわかっているが、大人しく心優しい女性だと思っていた彼女から、まさかあんな風に責め立てられることになるとは思っておらず中々立ち直れない。どうやらアルフレッドは少しシャロンに夢を見ていたらしい。
「じゃあシャロン嬢をナンパしてもいいか?」
「ダメです」
「あっちで騎士団の奴が探していたぞ?いいのか」
「誰ですか?」
「ダイス伯爵だ」
アルフレッドは、はぁーと長いため息をつき、チラリとシャロンの方を見た。シャロンはしっしっと追い払うように手をひらひらさせる。
その反応に少し傷つきながらも渋々立ち上がったアルフレッドは、シャロンをヘンリーに紹介してからトボトボと隊員の元へと向かった。
「改めまして、ヘンリーだ。よろしく」
「シャロン・カーティスでございます。お会いでいて光栄ですわ、王太子殿下」
アルフレッドを見送ったヘンリーは改めて名乗る。シャロンはそれに返事をするようにカーテシーを披露した。
淑女として完璧な洗練された所作。少し緊張しているのか、表情は乏しいがヘンリーからすれば及第点の令嬢だった。
ヘンリーは人好きのする笑みを浮かべて、シャロンをまじまじと眺める。
「とても素敵なドレスだね。艶のある濃紺の生地が君の黒髪によく似合っているよ。公爵と合わせたのかい?」
「お褒めにあずかり光栄ですわ。殿下のおっしゃる通り、このドレスは主人が用意したものです」
「そうか。しかしあの男といると一生暗い色のドレスを着る羽目になるけれど、良いのかい?」
ヘンリーはケラケラと笑いながら冗談めかして言うが、その視線はどこか品定めしているようなものだった。
シャロンはその視線に若干の不快感を感じながらも、ドレスをひらりと翻し、
「私は特にドレスに拘るタイプではありませんし、元々暗い色のほうが好きです。それに何より、ウィンターソン公爵の妻になるのにそのくらいの覚悟がなくてどうします?」
と言って控えめに笑った。
強い意思を宿した瞳で、けれどもこれ以上ないほどに自然と優しい微笑みを浮かべるシャロンに、ヘンリーは「ほう」と声をもらした。
「なかなかに見どころのあるお嬢さんのようだ。公爵が羨ましいね」
「あら、その発言は妃殿下に失礼では?」
「おっと、失言だったかな」
「ここだけの秘密にして差し上げます」
「それはありがたい。ところで、シャロンと呼んでも構わないかい?」
「はい、お好きにお呼びください」
どうやら気に入られたらしい。
シャロンはほっと胸を撫で下ろした。
「ではシャロン。君に聞いて欲しい事があるのだが、良いかい?」
「はい。なんでしょうか?」
キョトンと首を傾げるシャロンに、ヘンリーは含みのある笑みを浮かべた。
「君の夫である公爵の仕事についてなんだけど…」
「ちょっと!殿下、それはっ!」
ハディスは慌ててヘンリーの話を遮り、妹を庇うように彼の前に立つ。
「ハディス。可愛い妹を巻き込みたくない君の気持ちもわかるが、夫である公爵を巻き込む以上、彼女にも話を通しておくのが筋だと私は思うよ」
「夫と妻は別の人間です。夫の仕事に妻を巻き込む必要がどこにありましょうか」
「夫に危険が及ぶかもしれないのなら伝えておくべきだろう」
真剣な目でハディスを見据えるヘンリー。
しかし、ハディスも譲らなかった。
「殿下、わざと公爵閣下に席を外させましたね?」
「何のことだろうか?」
「彼はシャロンに話すことを同意したんですか?してないですよね?」
「この後すぐに同意をもらう予定だ」
「人はそれを事後報告と言うんですよ」
笑顔で対峙しながらもチリチリと火花を散らす二人。
おそらく二人が話しているのは面倒事なのだろう。
巻き込みたくない兄の思いやりを理解しつつも、シャロンは彼の服の袖を引っ張った。
「待って兄様。聞くだけで良いならお聞きしますわ、ヘンリー殿下」
「シャロン…」
シャロンは兄よりも一歩前に出て、ヘンリーを見据えた。その大きく見開かれた黄金の瞳はキラキラと輝いていた。
「もしかして、殿下のお話というのは不自然な魔術師の失踪に関することでしょうか?」
「シャロン…何故それを知って!?」
ハディスは妹の口から出たその言葉に驚きを隠せなかった。何故ならば、それは世間には事件として公表されていない事実。
しかし、シャロンは大したことないただの勘だと言う。
「別に誰かから聞いたわけではありません。ただここ数年間、毎年この時期になると必ずと言っていいほど新聞に『行方不明になった人間を探している』という広告が複数載ります。そのような広告は間々ありますが、この時期のそれは何故か魔術師である事が多い。にも関わらず、新聞社はそれを取り立てることなく、世間は特にそれを事件として認識していない。不自然に思うのも不思議ではないでしょう?」
「なるほど。だが仮にそうだとしても、何故俺の話がそれに関することだと思うんだ?」
シャロンはまるで探偵のように人差し指を立てて推論を述べた。
自信があるのだろうか、流暢に話すその口元は少し楽しそうな、そんな雰囲気だった。
「主人はここに着いて早々にヘンリー殿下とお話があると言って私のそばを離れました。殿下は魔術師を統括する立場におられる方ですから、内容はおそらく魔術師関連。私の知る情報の中で、夜会の場で近衛騎士団長に話さねばならないほどに急を要する事で、かつ危険が伴いそうなものとなるとこの失踪事件以外に思いつきませんでした」
それは特に根拠もないただの勘。
しかし鋭すぎるその読みはほぼ正解だったらしい。ヘンリーはパチパチと手を叩いた。
「素晴らしい。この話を持ち出そうとしたのは、個人的に君の意見を聞いてみたいという好奇心もあったんだが…。予想以上だ」
「喜んでいただけて光栄ですわ、殿下。それで、これより先はどのくらいの機密事項ですか?」
ヘンリーの返答によってはここで引き下がることも検討しなければならない。
たとえ少しばかりこの失踪事件に興味があろうとも、何もする事がない公爵夫人の生活に飽きがきていたとしても、面倒ごとには首を突っ込まぬ方が良いに決まっている。
「今は国防に関わる事だからと、少なくともメディア関連の情報統制はなされている。この事件は今後も公には事件化はされないだろう。不審に思う者もいるだろうが、察しのいい奴は深く知ろうとはしない。君のように」
「…つまり、深く関われば消される可能性があると言う事ですか?」
シャロンの問いに、ヘンリーは含みのある笑みで返した。それはつまり『イエス』という事だろう。
その話題の可能性を示したのはシャロンの方だが、そもそもそんな物騒な事案を軽々しく持ち出してくるなと言ってしまいそうになった。
そんな物騒な事案、決して首を突っ込むべきじゃない。わかっているのに何故か口元が緩む。
ヘンリーは不敵な笑みを浮かべてシャロンに問う。
「どうする?聞くかい?」
「どうしましょう…。これ以上妻の私が踏み込むことを夫は良しとしない気がします」
どう考えても、自分の仕事に首を突っ込んでくる妻をよく思わない男の方が圧倒的に多い。
「確かに、公爵は良い顔をしないだろうね。けれど俺は君自身に聞いている。この事件に興味があるんじゃないのかい?」
「興味はありますけれど…」
どちらかと言うと、むしろ興味しかない。
国により管理された魔術師が定期的に姿を消す不自然さ。その事実が公表されないという闇の深さ。
明らかに地雷案件なのに、何故だか興味がそそられる。公爵邸に来てから退屈すぎるほどに穏やかな生活を送っている反動だろうか。
そんなシャロンの心情を見抜いたのか、ヘンリーは意図的に彼女が頷くように誘導する。
「ここで君が協力してくれて、もし事件を解決に導く事ができたならそれはウィンターソン公爵の成果にもなるよ?」
「…ウィンターソン公爵夫人として、聞く必要があるのならば」
「よし、では話そう」
好奇心に負けたシャロンはヘンリーの口車に乗せられて、首を突っ込んでしまった。




