8 アーメナ
その日、ラナンキュラス学園初等部の入学式が行われた。
国一の歴史を誇るラナンキュラス学園。その大きさに息をのむ。
校舎の周りには満開の桜…は残念ながらないけど、代わりに淡いピンクや明るい黄色の華やかな花が植えられていた。
バラに似てるけど、ちょっと違うな。
はっ。もしやあれが、ラナンキュラスの花なのか。
主人公が入学してくるのは中等部からなので、警戒すべきは今のところサビスだ。周りをきょろきょろしてみる。みんな同じ制服を着ているのでまるで分からない。お母様に注意された。
講堂に赤銅色が並ぶ様はなかなか見ものだった。みんなお行儀よく整列している。前世での混沌とした入学式を思い出した。うーん。こうも違うのか。
そして、サビスの姿を見つけた。…なんか今、こっちを見てなかった…?
いや、気のせいか。
教頭先生が、クラス順に点呼をとる。
「サビス・ロイホン」と名前が呼ばれたとき、講堂内はにわかにざわめいた。ロイホン家の長男ということは知れ渡っているらしい。
保護者席からロイホン夫人が、心配そうな眼差しでサビスを見つめるのを見た。
講堂中の注目を一身に受けたサビスは、特に顔色を変えることなく返事をし、前に出ていく。
さすがです。サビスはA組だった。
私の名前はなかなか呼ばれない。サビスの例があるので怖くてたまらない。
「アーメナ・ノーラド」
講堂がざわつく。やっぱりか。
私はⅮ組。サビスとは違うクラスだ。それに、結構離れている!
はい、と返事をした。声、震えてなかったかなぁ。視線が痛い。逃げ出したい。震える手をぎゅっと握りしめ、立ち上がる。…あいつは凄い。心の中で拍手した。
前に立つと講堂全体がよく見える。
げっ。怖い顔をしたお父様と目が合った。怒っているのか? お父様の顔はいつも怖いので、見分けがつかない。固まっていると、お父様が小さく頷くのが見えた。
担任が初等部の校舎内を案内していく。
設備の整いように驚いた。トレーニングルームは本当に必要でしょうか。
食堂には専門の料理人がいて、昼食は栄養バランスを考えた常時二十種のメニューから選べるらしい。しかも、日替わりだそうだ。ここは私の知っている学校じゃない。
ただ、給食に良い思い出がない私にとって、これはかなり朗報だ。
ピーマンを吐きそうになりながら飲み込む、あの苦行は今世ではしなくていいのだ。どうしても食べられなくて、こっそりティッシュに包んでポケットに入れたりとか。…でもだからこそ、カレーや揚げパンの日は嬉しかったな。あの味が食べられないのはちょっと残念だとか思ったり。
………何という、ないものねだりだ。
あふれる保護者の方達の中に、お父様とお母様を探す。
おっ、いたいた。
「お母様………」
二人はロイホン夫妻と話していた。
足が止まる。サビスはいないようだ。
「アーメナさん、久し振りだね。制服、よく似合ってるよ」
ロイホン様が笑顔で言った。褒められて悪い気はしない。というかお世辞でも嬉しいです。
「お久しぶりです。ありがとうございます」
早く立ち去らねば、サビスが来てしまう。
「クラスは違うけど、サビスと仲良くしてやってね」
「…はい」
ごめんなさい、夫人。それだけは無理なんです。
帰りの車に揺られているとお父様に、
「今日はよく頑張ったな」
と言われた。席の都合上、顔が見えないのがひどく惜しかった。




