36 アーメナ
私たち初等部三年のクラスの前の廊下に、ずらりと並ぶ陶芸作品。陶芸体験でそれぞれが作ったものが、つい最近学校に届いたのだ。職人さんが窯で焼いてくれたそうだ。
家に持ち帰る前にしばらく学校に飾られることになり、廊下は美術館の一角のようになった。普段なら私たちしか通らないこの廊下に、ちらちらと上級生や下級生の姿がある。作品を見に来てくれたみたいだ。少し照れ臭いけど嬉しい。
その中に見慣れた姿があった。ぱちりと視線がぶつかる。
「姉さま!」
コリスが飛びついてきた。
「姉さまのはどこ?」
「コリス! 見に来てくれたの?」
コリスはにっこり頷いた。
「わ! コリス君じゃないですか」
エリンちゃんが嬉しそうに言い、コリスに視線を合わせるように身をかがめる。
「はじめまして。アーメナさんの学友のエリン・ホードストです」
「ソフィ・ジリベールです」
ソフィちゃんも柔和な笑みで、コリスを見つめている。
「はじめまして。コリス・ノーラドです」
コリスがぺこりとお辞儀すると、二人はパチパチ拍手をし出した。これにはコリスもはにかむ。
「まあ! アーメナ様の弟さんですか?」
「コリス君ですよね? 可愛い!」
気づけば、私たちをぐるりと囲むように人の輪ができている。こういった輪の中心といえばサビスなので、かなり新鮮だった。
「コリス君、お姉さんの作品はこれですよ」
コリスはきらきらした眼で「姉さますごい」などと口々に言ったあと、みんなに見送られて、私たちの廊下を後にした。
コリスの姿が見えなくなった後、エリンちゃんが「それにしても、惜しかったですね。アーメナ様なら、絶対金賞を貰えると思ったのに」と言いだした。ソフィちゃんが深く頷く。
私たちの作品の中から1作品、金賞が選ばれるなんて話、陶芸体験の時には特に聞いていなかったのだけど、先生方や教育会の人やらで金賞が選出された。二人は私が金賞をとれなかったことをとても悔しがってくれていた。さらに、エリンちゃんから「私の中の金賞はアーメナ様の花瓶ですから」と熱い言葉を頂く。
私はといえば、金賞を選ぶという話を聞いたときから、サビスの作品だろうなと思っていたので、特に悔しいという気持ちは抱かなかった。…いや、本当は結構悔しい。おそらく周りのみんなも、金賞はサビスが獲ることになるだろうと予想していたと思うんだけど、意外にも金賞はユーグ君だった。大穴だ。
ユーグ君の作品はこの廊下ではなく、国の初等教育会主催の展覧会に出品されているらしい。そこでも高い評価を受けているとかなんとか。
学校で飾る期間終えた花瓶を家に持ち帰る。家族にお披露目すると、大袈裟くらいに褒めてくれた。
「素敵な花瓶だわ。どこに飾ろうかしら」
「なかなかのできじゃないか」
ふふん。金賞は逃したけど、こんなに褒めて貰えて万々歳だ。
にこにこしていたお母様が、ふと圧を感じる笑顔で「アーメナ、陶芸を習ってみるのはどう? 知り合いにね、名の知れた先生がいるのよ」などと言っ
てきた。…お母様、これ以上習い事を増やすと私の自由時間がなくなってしまいます。こういうとき、お父様はさりげなく助けて船を出してくれるのだけど、今日に限っては「いいかもしれないな」と加勢してきた。
二人に押され、断りにくいことこの上なかったけど、しっかりと断る。
私の作った花瓶は、なんと玄関の棚の上に飾られた。今日は、白い薔薇が生けられている。そして、私の花瓶を囲むようにきらびやかなガラス細工や、壺、水彩画がなどが並ぶ。あまりにも場違いだ。よりによって真ん中を陣取っているし。
玄関という場所のせいで、1日に何度も自分の花瓶と目が合う。その花は頻繁に取り替えられ、いつだってピカピカに磨かれている。お父様が、花瓶に刺すようにと花を買ってきたこともある。
…お父様も、お母様も親バカの気があるかもしれない。嬉しいけど、なんだかこそばゆいかも。
そんな我が家に特別な来客がやってきた。
「お邪魔します」と、声を揃えてお辞儀をする可愛らしい男の子と女の子。
コリスが特に仲良くしているお友達だそうだ。コリスからよく話を聞いているので、会えてすごく嬉しい。
それにしても、こんなにはやくお友達を家に連れてくるなんて、なかなか上手だ。私はエリンちゃんやソフィちゃんとお互いの家で遊んだことがないので、はやくも先を越されてしまっている。
玄関先で、コリスが二人に、「この花瓶はね、姉さまがつくったんだよ」と得意げに話している。…はずかしいからやめて。目で訴えてみるが届くはずもない。
「ええっ! そうなんだ」
「コリスくんのお姉さますごいね」
…なんていい子たちなんだろうか。
お母様もコリスが友達を連れてきたことが嬉しいらしく、にこにこで二人を出迎える。お手伝いさんたちがいつも以上に気合をいれて、掃除をした我が家はどこもかしこもピカピカだ。
客間で私やお母様も混ざり、ひとしきり談笑した後、三人は元気よく中庭に飛び出していった。この寒い中、かくれんぼをするらしい。
「とってもいい子たちじゃない」
小さくなっていく背中にお母様は暖かい眼差しを向ける。
「アーメナも、お友達を一度家に招待してみたらどう? 一度ちゃんと挨拶がしたいわ」
私の自惚れじゃなければ、いろいろな行事を経て、エリンちゃんやソフィちゃんたちとの仲はだいぶ深まったと思うし、誘ってみるのもいいかもしれない。頭の中で、二人を誘うシミュレーションをしてみた。…これは思ったより緊張するかも。




