34 サビス
新学期の教室ではユーグがさっそく後ろの席の男子生徒に話しかけていた。
「去年は何組だったの?」
「えっと、D組です」
「じゃあ、アーメナさん達と同じクラスだったんだ」
「そうですね」
明らかに戸惑っているが、ユーグはお構いなしだ。かつての自分と同じ状況に置かれている彼に深く同情する。
ユーグは昼も「一緒にご飯食べようよ」と誘っていたのだが、断られていた。
「困らせてるぞ」
「…やっぱり?」
「気づいてたなら、やめろよ」
「断られて、気づいた」
柄にもなく、神妙そうな面持ちだった。
ガラスケースに並べられた、色とりどりのキューブ。今日のデザートのメインはギモーブだった。目当ての味がなくなりはしないか、とそわそわしながら、列に並び順番を待つ。
無事に手に入れ、ユーグが座っている席の向かいに腰掛けた。
ユーグはギモーブの乗った皿に目をやる。
「絶対もらってくると思ったよ」
ユーグはまだ、料理に手をつけていなかった。
「先に食べてていいって言ってるのに」
というか、いつもそうしているはずだ。お互いに。
「たまにはいいじゃん。たいてい僕が先に食べてるんだし」
俺がパンをちぎり、口に入れだしても、ユーグはじっとこちらを見たまま黙っている。
「あのさ、サビス君」
「どうしかした?」
「サビス君も迷惑だった?」
何が?、と言いかけて気づく。
「迷惑だった」
「やっぱりそうなんだ」
ユーグの顔がひきつった。
「ふっ」
「なんで笑うの。なにも面白くないんだけど」
ユーグが眉をひそめた。
「悪い。何を言い出すのかと思ったら、今更そんなこと聞いてくるからつい」
力が抜けて思わず吹き出してしまったじゃないか。
「俺から話しかけることはきっとなかったと思うから、今となっては有り難く思ってる。あのときしつこくしてくれて」
初等部に入学したばかりのことを思い出す。物語の主要人物であるユーグに話しかけられて、迷惑でしかなかったあの頃。
「うわー、嫌な言い方」
気づけばユーグはいつもと変わらぬ笑顔で、フォークを手に取っていた。
「よりによって“迷惑だった”で一息おくんだもん」
“迷惑だった”の部分で、ユーグは声色を変え、可笑しな顔芸まで加えていた。どれだけ誇張してもそこには至らないだろ。
「悪かったよ。けど、“だった”って過去形にしてるじゃないか。続く言葉を待てよ」
「そんなこと言ったってさぁ」と、ユーグはフォークにパスタをくるくると巻きつけて、口に運んだ。
その日は宿泊学習の部屋割りやら、食事の席やらを決める日だった。既に決まっている宿泊学習のリーダーたちに加え、我がB組のルーム長、総勢三名が取りまとめるらしい。
配られた予定表をパラパラとめくる。
行き先の写真や詳しい説明がところせましと並べられていた。バードウオッチングに、天体観測、陶芸体験、ワイナリー見学、工房見学…。
ちょっと詰め込みすぎじゃないだろうか。でも、想像していたよりも魅力的なラインナップだ。
そのときふと、教室に走る妙な緊張感に気付く。たしかに、部屋割りは大事だ。…クラスメイトたちがまだ初等部の生徒であることを考慮すると、もしかしたら、誰かしら泣き出す事態になるんじゃないだろうか。
そんな俺の予想に反し、話し合いは滞りなく進行されていく。部屋割りも多少時間はかかったものの、問題なく決まった。
俺はユーグと、新学期早々ユーグが熱心に話しかけていた彼と同じ部屋となった。
宿泊学習当日、父と母は庭先にまでわざわざ出てきて、見送りにきた。
初等部に入学したばかりの頃を思い出す。こういうとき、一体どういった顔をすればいいんだろうか。そんなことを考えながら、車の窓を開けて手を振った。




