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昼食のメニューに悩んだり、ソフィちゃんからサビスのお昼ご飯の内容を聞かされたり、コリスのクラスの話を聞いたり、図書館へ行ったらサビスの姿を見つけ慌てて引き返したり、サビスファンクラブの会合が開かれたという噂を耳にしたり、そんな風にして、一か月は瞬く間に過ぎた。
そして今、私は二泊三日の宿泊学習に来ている。
自然とふれ合うことを目的としたカリキュラムは、やはり前世での林間学校と似ている。
ただ大きく違うのが、今回泊まる場所が山奥にあるホテルの別館で、それも貸し切りだということ。
山だから虫は多いだろうけど、部屋で蛾が出て大騒ぎしたり、夜、天井からのガサガサとした音にネズミの存在を確信して怯えたりといった心配はないのだ。
「エリンさん着いたみたいですわよ」
バスの中で、ソフィちゃんが眠っているエリンちゃんに声を掛けた。
エリンちゃんは、はっと目を開き窓の外に目をやる。
「あれが泊まるホテルね!」
きらきらと輝く顔が窓に映っていた。
ホテルは想像よりもずっと大きく、何より立派だった。
ブラウンを基調としたエントランスは綺麗で高級感に溢れている。
泊まる部屋は3~4人で一部屋。私はエリンちゃん、ソフィちゃんと同室だ。
部屋に入り荷物を置く、集合まで時間があるのでなんとなく、ソファーに座り話をすることになった。
「これから3日間もサビス様と一緒にいられるのね。夢みたいだわ」
「私もです」
それは嬉しそうに言うエリンちゃんに、ソフィちゃんが頷いた。
「アーメナ様もそう思いますよね?」
「ええ」
ついつい頷いてしまい焦る。
「……いや、私はあまり」
否定するのもあまりよくなかったかもと思い、また焦った。
サビスと3日間も一緒だなんて、たまったものじゃない。こんなこと、二人には絶対に言えないけど。
「まあ、アーメナ様はサビス様といつでも会えますものね」
エリンちゃんが憧れるような目を私に向けた。
「そんなことはないわ」
「そんなことありますよ」
いつでもって……二人の間で私とサビスの関係はどうなっているのだろうか。年に数回顔を合わせて、挨拶するだけの関係でしかないのに。
「そろそろ、部屋を出ましょうか」
立ち上がった私にエリンちゃんが抗議する。
「まだ早いですよ、ほら」
壁に掛けられた時計を指さして見せた。
「でも、ソフィさんはリーダーなわけだし、早めに行った方がいいと思うの」
「そうなの?」
エリンちゃんがソフィちゃんに尋ねた。
「遅れるよりは」
そう言って、ソフィちゃんが立ち上がったので、エリンちゃんも渋々立ち上がった。
集合場所であるエントランスには、まだ誰の姿もなかった。話を終わらせたくて、早くに部屋を出たのだから当然だ。
と思ったら、一人、先に来ている生徒を見つけた。
他でもないルーム長だった。
集合時間が近づき、生徒が続々とエントランスに集まってくる。ソフィちゃんとルーム長は人数の確認作業で大変そうだ。
遅れてきた同じクラスの男子生徒が、ソフィちゃんに注意されていた。
最初の予定はバードウォッチングだ。
先生から、一人ひとつ双眼鏡が渡された。
なんでもこの辺りは、珍しい野鳥が見られることで有名だそうだ。
さえずりのような声に見上げると、木の梢に何羽もの鳥がいた。
わくわくしながら双眼鏡をのぞけば、羽の模様まで鮮明に見ることができた。これはなかなか楽しい。
「アーメナ様、ここからサビス様が見えますよ。ユーグ様と一緒です」
「まるで目の前にいるみたいですよ」
「アーメナ様! なぜかタム君も一緒です。後で話を聞かなくちゃ」
最初こそ鳥を見るために使われていたみんなの双眼鏡は、いつの間にかサビスを見るための物へと用途を変えていた。
これには宿泊学習のリーダーたるソフィちゃんが、やんわりとたしなめる。
ときどき場所を移動しつつ、みんなで野鳥の観察を続けていると、ルーム長が、話しかけてきた。ソフィちゃんに用があるらしい。
そのついでに、「向こうで水浴びしている鳥が見られるらしいよ」と教えてくれたので、そちらへ行くことになった。
向かう途中、サビスウォッチング中らしき女子の集団を何組も見かけた。考えることはみんな同じみたいだ。
ぽつぽつと立てられた案内板を頼りに奥へ奥へと進んでいく
「わっ、人がたくさんいるわ」
ルーム長に教えてもらった場所は、人気スポットらしく、観光客であふれていた。
「あれ、生徒は私たちぐらいしかいませんね」
「ここまで来てよかったのかしら」
なんとなく不安になり、みんなで顔を見合わせる。
「……ルーム長が言っていたんだから、大丈夫じゃないかしら」
と、一人の子が言ったので、「それもそうね」、「大丈夫よね」とここに留まることになった。
みんな鳥が水浴びしているところを見たいらしい。
そこには細い川があり、その川で小さな鳥たちが羽を広げ水浴びをしているのだった。その可愛らしい様子は、双眼鏡を使わずとも見ることができた。
「もっと近くで見たいわね」
「人がいっぱいだものね。ここで待っていたら、前の方に行けるかも」
愛らしい様子をもっとしっかり見たくなり、私は一人、人込みから離れたところで双眼鏡をのぞき込んでみた。
これはすごい、とってもよく見える。
みんなにも教えてあげようと思ったとき、見慣れた顔がどアップで目に飛び込んできた。
「うわっ!」
思わずのけぞった。手から滑り落ちた双眼鏡が、首からぶら下がる。
なんでサビスがこんなところにいるんだ。ユーグ君もいないし。
そのとき、途中で見かけた女の子たちの姿を思い出した。もしかしたら、サビスは逃げてきたのかもしれない。そう思えば、疲れた顔をしているように見えなくもなかった。
人の輪から外れたところで、ぽつんと川を眺めている姿に、なんだか気の毒になる。
そろそろとその場から離れた。
「アーメナ様!」
後ろから名前を呼ばれ、振り返るとエリンちゃんが立っていた。ほんのり色づいた頬は、少し怒っているようにも見えた。
「こんなところにいたんですか。急にいなくなるから、びっくりしたんですよ」
「ごめんなさい。一言声をかけるべきだったわね」
謝ると、あわてたように言った。
「いえ、それはいいですから。それよりも」
ぐいっと腕を掴まれる。
「人が少なくなってきたんですよ。今なら近くで見られますから、行きましょう」
エリンちゃんに引っ張られるように、元居た場所まで駆けると、みんなが待っていてくれていた。
「ほら、さっきと大違いでしょう」
エリンちゃんが得意げに言う。
確かにさっきと打って変わり、人がまるでいないのだ。あの大勢の人達は一体どこへ行ってしまったんだろうと不思議になるくらい。
「ツアーの方達だったみたいです。にしても、あんなところで何をしてたんですか」
「双眼鏡で水浴びしてるところを見ようと思ったの」
「見えましたか?」
「そうね、見えた……けど見えなかったわ」
私の答えに、みんなは少し笑った。
「どっちなんです」




