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入学式が終わってからのコリスは、それは楽しそうに学校の話をしていた。
「隣の席の子とお友達になったんだよ」だとか、「担任の先生が優しそうだった」だとか。
そして入学式から一週間ばかりたったある日のこと。
「姉さま」
いつもと違う声色のコリスに、私は手に持っていたカップをテーブルに置いた。
「どうしたの?」
「あのね」
コリスは、そこで一度言葉を切った。言いにくいことらしい。
「背ってどうしたら大きくなるかな」
……背?
私は少し拍子抜けした。
「背の順でね、僕、いちばん前だったんだ」
そういうことか。
入学式の日のコリスの姿を思い出す。確かに、周りの子たちより背が低かったかもしれない。そんなに気にする必要もないと思うんだけどな。成長期がくればぐんぐん伸びるだろうし。
悩んでいる様子のコリスに目を向ける。
ここで、そんなこと気にしちゃ駄目だと言うのは簡単だ。でも、それは、姉としての信頼をなくしてしまう愚かな行為に他ならない。コリスは真剣に悩んでいるのだ。何か具体的な案を出さなくては。
背を伸ばす方法か。……うーん。
「……牛乳」
小さく呟いた言葉に、コリスがピクリと反応する。
「牛乳、飲めばいいの?」
「いや」
今のはひとり言なのだ、と私が言い訳する前に、コリスは肩を落として言った。
「でも僕、牛乳飲むとすぐお腹こわしちゃうから……」
「やっぱりたくさん寝て、バランスの良い食事をすることが大事だと思うわ」
考えに考え、結局私が口にしたのは、そんなありきたりな言葉だった。
「お父様もお母様も背が高い方だから、コリスだってもう少ししたら、背が伸びるよ」
けれどコリスは、「わかった」と大きく頷いた。
納得してくれたようで、ほっとしたのもつかの間、その夜から八時にはベットに行くようになったコリスを見て、私はなんだか申し訳ないような気分になった。
食堂では、今日もサビスとユーグ君が一緒に昼食を食べている。
「サビス様とユーグ様って、本当に仲が良いわよね」
「ええ。今日も、一緒にお昼を食べてるものね」
「サビス様の食べているケーキは何かしら?」
クラスが変わり、一緒に昼食を食べるメンバーに多少の変化はあったものの、会話の内容は相変わらずだ。そのことに何故か安心している自分もいる。
「甘いものが好きなんて素敵だわ」
うっとりとしたエリンちゃんの言葉に、みんなも同意する。
エリンちゃんは、サビスが甘いものが嫌いでも、「甘いものが嫌いなんて素敵だわ」と言うはずだ。
ふとルーム長とタム君が、連れ立って歩いているところが目に入った。クラスが離れても仲が良いままで、何よりだと思っていたら、そのままてくてくと私たちの席まで歩いてきて、立ち止まった。
私の隣にはエリンちゃんが座っていて、エリンちゃんの前の席にソフィちゃんが座っていた。そして、二人の隣の二席が空いている。
ルーム長はその空いている二席を指さして、
「ここ、座ってもいいかな?」と言った。
「席自体は空いてるんだけど、テーブルが……」
辺りを見渡せば、確かに空いている席はたくさんあるものの、テーブルはどこも使われていて、どこかのグループに声をかけなければいけない状態だった。
同じクラスとはいえ、そこで声をかけたのが私たちなのは驚きだけど。
「ええ。もちろんどうぞ。みなさんも構わないわよね?」
最初こそ戸惑っていたみんなも、すぐに快く承諾した。
「どうぞ」とソフィちゃんが自分の隣の椅子を引く。
より近くにいたルーム長が「ありがとう」とその席に腰かけた。残ったあと一つの席はエリンちゃんの隣なのだけど、タム君はなかなか座ろうとしない。
思えばこれが普通の反応なのかもしれない。女子の集団に臆することなく入ってこられる、ルーム長の方が変だ。
「座らないの?」
エリンちゃんが小首をかしげる。
「い、いえ、座ります」
タム君はエリンちゃんの隣の椅子を引き、「失礼します」と腰かけた。
昼食の席ではルーム長もタム君も、驚くほどみんなと馴染んでいた。特にルーム長はずっと前からその場にいたかのように自然に会話に参加している。
思えばルーム長とはみんなクラスが同じだし、クラス替え後、当たり前のようにルーム長を引き受けた彼は、一目置かれているのかもしれない。タム君はタム君で、私のように二年間クラスが同じだった子が多いし。
ただ一つ。ちらりと横を見る。
「ねぇ、サビス様はクラスでどんな風に過ごしているの?」
「どんな風にと言われても……」
「あなた同じクラスでしょうが」
タム君がエリンちゃんに質問攻めにされている。他の子の問いには難なく答えるのに、エリンちゃんにはしどろもどろだ。気の毒に、クラス替えでの一件がトラウマとなっているらしい。だけど、この中でサビスと同じクラスなのは、タム君一人きりなのだ。
「それは、そうなんですけど……」
助けを求めるように、こちらを見てくる。
「まあ、同じクラスだからってなんでも分かるわけじゃないと思うわ」
タム君がこくこく頷く。
エリンちゃんは不満そうにしつつも、質問を止めた。
私がデザートのブルーベリーパイにフォークを入れたと同時にルーム長が、
「あっ」と小さく声を上げた。
「そうだ。頼みたいことがあったんだ」
頼みたいこと?
みんなの視線がルーム長に集まる。
「ソフィさんに」
予想外の言葉だったらしく、ソフィちゃんは大きな目をぱちくりさせた。
「私にですか?」
「うん。宿泊学習のリーダーをやってもらえないかな」
これまた予想外だったらしく、ソフィちゃんは考え込むような仕草をする。
「ルーム長がやればいいじゃない」
隣から、心無い声がした。
「ルーム長をやってると出来ないんだ。クラスから一人、出さなきゃいけなくて」
……もしかして、両方引き受けるつもりだったの?
「わかりました。私でよければ」
「あっ、本当に?」
「ええ。三日間の間だけですし」
「ありがとう。よかったよ」とルーム長は安心したらしく、息を大きく吐いた。
「でも、宿泊学習なんてまだ一か月以上も先よね」
「ねぇ、もうそんなことを決めるのね」
みんなの言葉にルーム長は、
「一か月後なんてすぐだよ」
と満面の笑みで答えた。




