25 アーメナ
初等部の卒業式は、雲一つない晴れの日に行われた。大半はそのまま中等部に入学するので、厳かながらも、明るい雰囲気の式だった。
式終わりの初等部の校舎前では、最後のお別れとでもいうように、在校生と卒業生とで思い出話や写真撮影がされていた。
私は、顔見知りの先輩たちに挨拶をしつつ、ラジオラ先輩とシュルヴィ先輩の姿を探す。なんたって二人は今日で初等部を卒業してしまうのだ。会う機会はこれからもあるだろうけど、出来たら今、挨拶をしておきたい。
校舎の前をうろうろしているところに
「アーメナちゃん」
と花束を持ったラジオラ先輩が、大きく手を振りながら歩いてきた。シュルヴィ先輩も一緒だ。
「この制服を着るのも、今日で最後なのね」
シュルヴィ先輩がしみじみと言った。
「中等部の制服と初等部の制服なんて、リボンの色くらいしか違わないじゃない」
ラジオラ先輩が胸元のリボンをつまむ。
「リボンの色だけじゃないのよ」
「そうなの?」
「ええ。刺繍の模様とか、細かい部分が色々と違うの」
シュルヴィ先輩が解説し始める。申し訳ないけど、私にもリボン以外の違いがよくわからない。最初こそ興味深そうに耳を傾けていたラジオラ先輩は、話に飽きたらしく
「そういえばアーメナちゃんの弟君、来年から一年生なんだってね」
と強引に話題を変えた。
「そうですね。来年から」
そっか、来年からはコリスと一緒に登下校できるのか。
「あと一年違ってたらなぁ」
「そうよね。私も残念」
シュルヴィ先輩の何気ない言葉に、思わずビクッとしてしまう。他意がないのはわかってるんだけど。
ここで運の悪いことに、私たちの横をサビスが通った。それだけなら別に問題はないわけだけど、シュルヴィ先輩が「サビス君」と声をかけてしまった。
声をかけられたサビスは、シュルヴィ先輩に気づいていなかったらしく、こちらを見て、おっという顔をしていた。そして一緒にいる私に視線をよこし、ぎょっとした……ように見えた。あまりに一瞬だったので、本当のところはわからない。
「卒業おめでとうございます」
サビスが言った。
「ありがとう」と笑うシュルヴィ先輩とラジオラ先輩。二人とも知り合いだったんですか。そうですか。
にしても、タイミングが……逃げ出すタイミングが……。
サビスを見ていて、思ったことが一つ。サビスにも愛想というものがあったらしい。いつもの無表情でなく、笑み……というほどのものでもないけど、口角を上げていた。
見るからに愛想笑いだ。もう少し笑顔の練習をした方がいいよ。ほら、この状況でいつもと変わらぬ笑顔の私を見てごらんよ。
「にしても、絵になるわよね」
「ねっ」
ふふっと笑い合う先輩たち。
絵になる? 不味い、話の流れについていけない。
「あの、なんのお話でしょうか?」
ラジオラ先輩が、からかうような笑みを浮かべた。
「アーメナちゃんとサビス君って絵になるなぁって」
なんてこと言うんですか。笑顔がひきつっていくのが自分でもわかる。よりによってサビスの前だ。
「いやいや、そんなことないですよ。とんでもないです」
視線を感じるのは気のせいだろうか。怖くてサビスの顔なんて見られない。
悪夢のような卒業式の日も過ぎ、新学期が刻一刻と近づいてきた。
コリスは、真新しい制服を毎日のように引っ張り出してきては袖を通している。今日も、ネクタイを結ぶのに悪戦苦闘しているところだ。そして結局できずに、お手伝いさんに結んでもらっていた。これも昨日と同じ。
「姉さま、見て」
ネクタイを結んでもらったコリスは、自慢げに私に制服を見せにきた。
ブレザー型のその制服は、女子と同じく深い赤を基調としていて、裾には細かな刺繍がされている。ネクタイは明るい黄色で、ネクタイピンには校章が刻まれている。
「うん。すごく似合ってるよ」
えへへとコリスが頭を掻いた。
「学校、楽しみ?」
「うん」
力強く頷く姿に、自分の入学式の前のことを思い出す。パーティーといい、入学式といい……私は嫌で仕方がなかった。
「お昼ご飯が美味しいんでしょ。はやく食べてみたいの」
うんうん。
「あと、お友だちをたくさん作りたい」
友達か。コリスならすぐできると思うよ。
「姉さまと登校するのも楽しみだし」
えっ……どうしよう、嬉しい。
気がつけばコリスの頭を撫でていた。細い髪は柔らかくて、ふわふわしていた。
「あとね、」
「うん」
「シュルヴィさんに会うのも楽しみ」
うん……う、ん?
待って、コリスはひょっとしてシュルヴィ先輩が初等部を卒業したことを知らないのか。
「あのね、コリス」
「なぁに」
言いづらい。とてつもなく言いづらい。けど、言わなくちゃいけない。大きく息を吸った。
「シュルヴィ様はね、初等部は卒業して、コリスが入学するときは中等部にいるの」
「え……」
コリスの顔がみるみるうちに曇っていく。私はかけるべき言葉がわからず、何か言おうとしては口をつぐむのを繰り返していた。
とにかくフォローしなくてはと
「でもほら、前も言ったけど、パーティーとかで会えるから。ねっ?」と笑いかけた。
コリスは小さく首を縦に振り、
「うん……そうだね」と、力なく笑った。
だけど、コリスが気落ちした様子を見せたのは少しの時間で、夕食のときにはもうすっかりいつもの調子だった。夕食のメニューに、コリスの好きなマッシュポテトがあったからかもしれない。
そして翌日、コリスはまた制服を引っ張り出してきて、袖を通していた。やっぱりネクタイは結べていなかった。




