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 コバルトブルーの湖に目を奪われる。これは綺麗だ。想像していたよりもずっと。


「アーメナ様、湖に山が映ってます」


 エリンちゃんが目をきらめかせた。


 今日は遠足だ。行き先が湖ということで、ぱっとしないと不満げだったエリンちゃんたちだけど、実際に湖を見てその態度を一変させた。


「これでサビス様と一緒なら、文句ないのですけど」


「本当にそうね。どうしていつもクラスで分けるのかしら」


 愚痴るみんなに、むしろクラス以外でどう分けるんだと心の中で突っ込む。


 

 遊覧船で湖上から湖を楽しんだあとは、班ごとに散策路をまわることになっている。


 私の班にはソフィちゃんと真面目そうな男の子タム君、ルーム長がいる。

 ルーム長の名前は、モクレ君というのだけど、一年、二年とD組のルーム長を務めているがゆえに、名前で呼ぶ子はいないに等しい。散策路をまわる1時間ほどのために作られた班にも班長はいて、モクレ君は班長だ。それでも呼び名は変わらず、ルーム長。



 湖を眺めながら、散策路を歩く。見る位置によってこうも違うのか。


「綺麗ですね」


「そうね」


 それにしても……。



「ルーム長、次はどちらの道でしょうか?」


 ソフィちゃんが尋ねた。


「う、うん。次は」


 ルーム長はガサガサと手元の地図を開く。



 痺れを切らしたように、タム君が言った。


「あの、他の人の姿が見えないんですけど……」


 うん。私も同じことを思ってたよ。あらためて、辺りを見渡してみる。


「……誰もいないわね」


「はい」


 タム君と顔を見合わせた。言わんとすることは同じらしい。


「だいぶ、遅れてるみたいですわね。ルーム長、道は分かりましたか?」


 ソフィちゃんが言う。


「……ううん。ちょっと……」


 ルーム長は地図を睨んでいた顔を上げ、申し訳なさそうに首を横に振った。それを合図に私とタム君も地図を覗き込む。


「僕たちがいるのはどこなんでしょうか?」


「それが僕も分からなくて……」


「ここじゃないかしら」


 私は地図上を指さした。


「確かにそうかも」


「じゃあ、こっちの道じゃないですか?」


「ええ。きっとそうね」


 私たちの意見がまとまったところで、ソフィちゃんが「ちょっと借りますね」と地図を手に取った。地図と目の前の道とを見比べて頷く。


「こっちだと登山ルートに入ってしまいますね」


「そうなの?」


「はい。だから、あっちの道です」


 ええっ、反対の道ですか。固まる私たちをおいて、ソフィちゃんは歩き出した。


 地図を片手にソフィちゃんはぐんぐん先へ進んでいく。その後を雛鳥のようについていく私たち。しばらくして、ゴールである展望台に着いた。みんなの姿もある。ほっとしてその場に崩れ落ちそうになった。だって、ずっと迷子になっているような気分だったのだ。


 隣を見れば、ルーム長もタム君も心底ほっとした顔をしている。ルーム長にいたっては、目を潤ませていた。よほど不安だったらしい。


「アーメナ様、ソフィさん!」


 エリンちゃんが駆け寄ってきた。


「何があったんですか? 一番最後ですよ」


 ……一番最後。


「ちょっと、道に迷いそうになってしまって」


 私の言葉に「え?」と目を見開くエリンちゃん。


「道に迷うもなにも、散策路を道なりに歩いてくだけじゃないですか」


「それは……そうなのだけど」


 もごもごと口ごもる。

 気まずそうに目を伏せるルーム長と、目を泳がせるタム君が目に入った。


「まぁ、まだ集合時間まで時間はありますわ」


 ソフィちゃんはなに食わぬ顔で、微笑んでいた。




 展望台から景色を眺めているとき、ルーム長がふと「ソフィさんって、頼りになるんだね」と呟いた。


「僕たちだけだったら、迷子になってましたね」


「ええ。そうね」


 タム君の言葉に深く同意する。


「ごめんね。僕、班長なのに頼りなくて」


「そんなことないわよ」「そんなことないですよ」


 肩を落として言うルーム長に、私とタム君の言葉が重なった。


「道に迷いそうになったのは、ルーム長だけのせいではないですから」


「そうですよ。僕たちだって地図が読めませんでしたし」


「それにほら、ルーム長はクラスメートにとても信頼されてますよ」


「慕われてもいると思います」


 私たちの必死の励ましに少し元気を取り戻したらしいルーム長は、「ありがとう」と照れたように笑った。




 遠足を経て、ルーム長とタム君は友情を深めたようだ。あれから、よく一緒にいるところを見かける。嬉しいことに、二人は時々、私にも話しかけてくれるようになった。遠足って良いものだね。






 もうすぐあるパーティーにコリスも出席することになった。今まで親戚の集まりにしか参加したことのないコリスはパーティーをすごく楽しみにしている。ずっとお留守番だったもんね。

 一方の私はパーティーが嫌で仕方がない。サビスが来るからだ。交流パーティーなんかとは違って、絶対に挨拶をすることになるのだ。考えただけで、肩が重い。


「パーティーってどんなかんじなの? 楽しい?」


 隣に座っているコリスが聞いてきた。


「そうね。楽しいというか……」


 とにかく疲れるところだ、というのが率直な感想だけど……夢を壊すようなことは言えない。


「華やかなところかな」


 「華やか?」とコリスは首をかしげる。あまりピンときていない様子だ。


「えーっと、お菓子がおいしいよ」


「そうなの?」


「ええ。たくさん種類があって、味も美味しいの」


 わぁっとこぼれるような笑みを見せたコリスに、少し焦る。期待を膨らませ過ぎるのもなぁ。


「素敵なところだけど、知らない人がたくさんいて……少し疲れるところでもある、かな」


 私の言葉にコリスは「そうなんだ」と頷いた。






 やってきたパーティー当日。私はピンク色のドレスに身を包んでいる。コリスもグレーのスーツを着ていて、すっごく可愛い……じゃなくてかっこいい。


 コリスはパーティー会場の華やかさと独特の空気感に圧倒されているようだった。会場に来てから一言も言葉を発していないし、顔もこわばっている。見かねたお母様が声を掛けた。


「そんなに気を張らなくても、大丈夫よ」


 「はい」と返事をした声もやっぱりどこか固い。



 心配していたコリスだけど、何人かと挨拶しているうちに雰囲気になれたらしく、にこにこと楽しそうにしていた。すごい適応力だな、見習いたい。私はサビスとの顔合わせに戦々恐々だ。


「姉さま、なにか食べようよ」


「そうね……お母様、コリスとなにか取りに行ってきてもいいですか?」


「いいわよ。いってらっしい」


 お母様の許しを得て、私はコリスと食べ物のコーナーに向かった。挨拶に疲れてきたところだったので、嬉しい。


「なにが食べたい?」


「えっと……甘いもの」


 甘いものか。だとするとあっちだ。スイーツのコーナーが目前に迫ったところではっと、交流パーティーのスイーツのコーナーでサビスと顔を合わせたことを思い出した。サビスはどうやら甘いものが好きみたいだ。ソフィちゃんの報告で毎日のようにお昼にデザートを食べていることは知っている。毎日、サビスの昼食の内容を聞かされているせいで、最近はサビスの食の好みがなんとなく分かるようになってきてしまった。……ケーキなら生クリームを使ったショートケーキなんかよりは、チーズケーキのようなどっしりとしたものが好きなようだ。

 ……サビスがいたら嫌だな。

 突然、きょりろきょろとしだした私を見て、コリスが不思議そうに「どうかしたの?」と聞いてきた。


「なんでもないよ。美味しそうなものがあるといいね」


「うん」



 スイーツのコーナーにサビスの姿はなかった。というか私はまだサビスの姿を見ていない。いったいどこにいるんだろうか。


 美味しそうなケーキがたくさん並ぶ中、緊張のせいで喉を通る気がしなかった私は、食べやすそうなマンゴープリンを選んだ。コリスはぶどうのタルトを手に取っていた。



 マンゴープリンはとても美味しかった。コリスのぶどうのタルトも美味しかったらしく、凄いスピードで食べ終えていた。その勢いで二個目のケーキを取ってきて、食べ始めたのを見て、私ももう一つ食べようかなという気になってきた。一つしか食べずに終わるのは、なんだか損した気分だし、食欲も出てきたしね。

 取りに行こうとしたところで、声を掛けられた。


「アーメナさん」


「あっ、シュルヴィ様」


 「久し振りね」と微笑むシュルヴィ先輩は、相変わらずの儚げな雰囲気に加え、以前会ったときより一層大人っぽくなっていて素敵だった。プラチナブロンドの髪を耳にかける仕草なんかには、思わず見入ってしまう。


「アーメナさんの話、よくラジオラから聞くのよ」


「そうなんですか?」


 私の話って……どんな話しをしてるんですか。

 ぎょっとする私を見て、シュルヴィ先輩がふふっと笑った。


「凄くいい子だって言ってたわよ」


 いい子……! 嬉しいけど、こそばゆい。


「本の話で盛り上がっているんですってね。今度私も混ぜてね」


「シュルヴィ先輩もあの本を読んだことがあるんですか?」


 「それがね」とシュルヴィ先輩は口元の笑みを深める。


「まだ読んだことがないのだけど、ラジオラが勧めてくるから、読んでみようと思ってるの」


「是非、読んでみて下さい」


「そうするわ。お話にも混ざりたいしね」


私とシュルヴィ先輩が話に花を咲かせているところへ、三個目のケーキを取ってきたコリスが近づいてきた。



















 

 





 







  


 









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