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 寝る前に図書館で借りた本を読む。外伝というだけあり、語り手はあの探偵ではなく周りのキャラクターたちとなっていた。語られる苦労に涙が止まらない。

 あっという間に読み終えた。


 携帯を取り出しメールを打つ。宛先は早速アドレスを登録したラジオラ先輩だ。本を読み終えたことと携帯番号も添えておく。打った文章を読み返し、送ろうとして手を止めた。

 

 こんな時間に送ったら、迷惑かもしれない。

 時計を見る。九時か、まだそれほど遅くはないけどコリスはもう寝ている。


 悩んでいる間に更に時間が過ぎたので、メールは翌日の午前中に送った。


 そわそわと返信を待つ。なにせ家族以外に初めて送ったメールだ。


 思いのほか早く返信はきた。

 明日にでも会えないかという内容に携帯を落としそうになる。


 休日に学校の外で会う、前世では当たり前のようにしてきたことだけど、この世界ではまだしたことがない。悲願がかなうかもしれないと小躍りしていると、休日は予定が詰まっていることを思い出して崩れ落ちた。

 結局、本は学校で手渡した。 


 翌日、読み終わったので返したいという旨のメールが届いた。朝、教室へ訪ねてきてくれるそうだ。



 待たせるわけにはいかないので、いつもより早く登校した。教室の外でラジオラ先輩を待つ。結構早い時間だけど、登校してくる子はちらほらいるな。驚いたことに、その中にサビスの姿を見た。

 ふーん、こんな時間に登校してくるのか。早いんだな。これは思いがけず、いい情報を入手してしまった。かち合ったりしないように、この時間に登校してくるのは避けよう。

 心の中でメモを取っているところにラジオラ先輩を見つけた。ラジオラ先輩はとっくに私に気付いていたらしく、にこにこと手を振っていた。私も振り返す。


「おはようございます。ラジオラ先輩」


「おはよう。早いね」


「待たせたらいけないと思ったので」


「気にしなくていいのに。はい、これ借りてた本」


 ラジオラ先輩は手提げから本を取り出し、私に差し出した。


「本当にありがとう」


「いえ」


「やっぱり面白いよね、このシリーズ。でも今回は少し雰囲気が違ったな。ちょっと泣いちゃった」


「私もです」


「ほんと?」


 ラジオラ先輩が目をきらめかせた。そして何か言いかけて、周りを見渡して苦笑する。


「こんなところで立ち話もあれだし、今度ゆっくり話そうか。休日にでも」


「はい。是非」


「じゃあ、またね」


「はい。また」

 

 ラジオラ先輩の姿が見えなくなってから、教室に入る。

 

 今度っていつだろう、なるべく早くがいいな。にしても私の休日は、なんだってあんなに予定が詰まっているんだ。今度お母様と話をしてみようか。この前だって習い事がなければ、ラジオラ先輩と会えたのに。



「その本…」


 声がした気がして辺りをを見れば、あの私が友達になろうとして失敗した女の子、ミールちゃんが目を丸くしてこちらを見ていた。


 その視線は、私が手に持つ本に向いている。


 新刊が出ていたことを知らなかったのだろうか。それか私が新刊を読んでいたことに驚いているとか。


 どちらにしろ、これはリベンジのチャンスに他ならない。もう一度、話しかけてみようか。そう思ったとき、あの怯えた顔が頭をよぎる。あれは結構こたえた。話しかけて前の二の舞になったら…今度こそ立ち直れない。


 うじうじ悩んでいるとミールちゃんは友達に話しかけられ、その視線は私の方から離れる。

 タイミングを逃した。話しかければよかった。今からでも話しかけに行こうか…でも友達との会話を遮るのはよくない。



 葛藤しているところに、登校してきたらしいソフィちゃんが近づいてくる。


「おはようございます。アーメナ様」


「おはよう。ソフィさん」


 私は完全に絶好のチャンスを逃した。泣きそうだ。




「アーメナ様、名誉理事長ならどうでしょうか」


 ソフィちゃんはあれから定期的に、私をファンクラブに引き入れようとしてくる。


 …うん。名前の問題じゃないから。配慮した言い方を心掛けないと気分を悪くさせてしまう恐れがある。どうしようかな。

 断るのも一苦労だ。





 

 海老のビスクにラザニア、ホタテのムニエル。

 …うーん。どうも食指が動かないんだよなー。おかしい、いつもなら何を食べようかとすごく悩むのに。


「それしか食べないんですか」


 エリンちゃんの声が頭に響く。

 

 なんだか今日は食欲がなく、昼食はポトフだけだ。いつもはデザートまでしっかり食べるから、驚くのも無理はない。だけどなんだろうこのモヤモヤした気持ちは。


「大丈夫ですか? 調子がよくないのですか?」


「調子は悪くないと思うのだけど、あまり食欲がないの」


 みんなの中で私のイメージは大食いなのか。大食いよりは健啖家であってほしいと願う。


 ポトフを口に運ぶ。あれ? 味が薄い気がするんだけど…。


 気のせいかな、ともう一口。…やっぱり薄い。料理を作っているのは一流のシェフたちだと聞いているし、今まで味付けが濃いとも薄いとも感じたことはないんだけどな。

 まぁ、たまにはこんなこともあるよね。






 階段を上がっているとき、異変は起きた。


 胸が苦しい。息が切れる。手すりにつかまりながら、やっとの思いで踊り場へとたどり着いた。

 壁に手をつき、はぁはぁと肩で息をする。


 不味い。いまやっと半分上がったところだ。まだもう半分階段を上がらないといけない。


 私、こんなに体力がなかっただろうか。汗をぬぐいながら考える。思えば登下校は車だし、出かける時だって基本車で私はあまり運動をしていない。

 なんでもいいから、体を動かさないとな。この年で階段をちょっと上がって息切れは笑えない。


 底なしの体力で公園を駆け回っていた、前世での今頃を思い出す。





「アーメナさん」


 降ってくる声に、現実へ引き戻された。


「どうしたの?」


 顔を上げると、ユーグ君が心配そうに私の顔を覗き込んでいた。茶色い髪が顔にあたりそうでドキッとする。近い。距離が近い。


 じりじりと後ずさり、距離を確保した。


「階段を上がっていたら、息が切れてしまって…休んでいたところです」


「え」

 

 ユーグ君の顔が曇る。振り返り、下へ続く階段を見てから言った。


「一階から上がってきたところなんだよね?」


 「ええ」と頷きながら恥ずかしくなってきた。運動不足だと思われただろうな、実際そうなのだけど。


「教室へ向かってるところ?」


「はい」


「背中を押そうか?」


 ユーグ君に背中を押してもらって、階段を上がる図を想像する。


「それはちょっと…」


「じゃあ」

 

 ユーグ君が私の手首を掴む。


「引っ張ってくよ」


 有無を言わせず、ユーグ君は私を引っ張りだしたので、片方は手すりに片方はユーグ君の手に引っ張られながら、私は階段を上がる。


「あと一段だよ。頑張って」


 頷きながら思う。これ、誰かに見られたらどう言い訳をしようか…。



 ユーグ君の力を借りて、私はなんとか階段を上がり切った。


「…ありがとうございました」


「気にしないでよ」


 ユーグ君はにっこり笑って去っていった。






 


 






 







 





 


 


 

 

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