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 今日から新学期。私は二年生に進級しました。


「アーメナ様、また一年よろしくお願いしますね」


「こちらこそよろしくね。ソフィさん」


 新学期とはいえ初等部のクラス替えは二年に一度しか行われないため、クラスメートの顔ぶれも担任も変化はない。ちょっとつまらない。

 でもサビスとA組とD組で距離があるままなのは嬉しい。


「あーあ、今年もサビス様とクラスが離れたままね」


「来年が勝負ですわ」


 みんなとの心の距離を感じる。


 去年はサビスとクラスが違うのが功を奏し、接触は最低限で済んだと思う。今年もこの調子でいこうと密かに決意を固めていると、ひらりと何かが落ちるのが見えた。しゃがみ込み拾い上げる。

 

 見ればA‐四サイズの紙だった。


「それ、私のものです」


 ソフィちゃんがすぐに名乗りを上げる。


 はい、と差し出そうとして、はからずも太字で書かれた文字が見えた。

 固まっているとソフィちゃんが「どうしたのですか」と不思議そうな顔をしていたのであわてて紙を渡す。


「ありがとうございます」

 

「いいえ」



 『サビス様ファンクラブ』紙にはそう書かれていた。



「あの、ソフィさん」


「どうかしましたか?」


「ええっと」

 

 思わず声をかけてから聞いてもいいことなのかと言い淀む。


「偶然紙に書いてある文字が見えてしまったのだけど、あれはいったい…?」


 「見えてしまいましたか」と困り顔で言うソフィちゃんにやっぱり聞いちゃいけないことだったかと焦る。


「ごめんなさい。ただ本当に見るつもりはなくてね、たまたま目に入って」


「いえ、いいんです。アーメナ様にもいずれ話すことでしたから」


「そうなの?」


 「はい」とソフィちゃんが微笑む。


「サビス様のファンクラブを結成しようと思うんです」


「サビス様のファンクラブ!」


 エリンちゃんが食いつく。私も内心は興味津々だ。まさか本当にファンクラブが?


「それとても素敵だわ」


 ひどく興奮したようにエリンちゃんが言った。

 他のみんなも賛同の声を上げサビス様ファンクラブについて熱い議論が始まった。


「ゆくゆくは学園を牛耳る組織にするつもりですわ」


 何でもないことのようにソフィちゃんが発した言葉に耳を疑う。学園を牛耳る組織…? 

 私の描いていたファンクラブ像とソフィちゃんの描くファンクラブ像には深刻なずれがあるようだ。






 

 久しぶりに図書館へやって来た。今日は何を借りようかなと辺りを見て回る。何気なく目を向けた新しく入荷した本の棚に見知ったタイトルを見た気がして、足を止めた。


 あの事件を解決しない探偵の新刊が入荷しているじゃないか。


 信じられない、あの探偵にまた会えるなんて。震える手で本を手に取る。外伝という文字が入っていた。


 スキップするような足取りでカウンターへ向かう。久しぶりに来た図書館で新刊に出会えるとはなんて運がいいのだろうか。


「アーメナちゃん?」


 肩をたたかれ振り返るとショートカットの先輩が立っていた。オレンジがかった茶色の髪が揺れる。


 私は記憶を必死でたどる。交流パーティーで会ったことがあるはずだ。シュルヴィ先輩の友人の…。


「覚えてないかな」


 そうだ、ラジオラ・ストー先輩だ。


「ラジオラ様。お久しぶりです」


「覚えててくれたんだ。久しぶりね」

 

 ラジオラ先輩が目尻を下げる。

 交流パーティーであんなに親しく話しかけてもらったのに名前がすぐに出てこなかった。なんてことだ。


「アーメナちゃんは図書館にはよく来るの?」


「最近はたまにです。今日も久しぶりにきましたし」


「そうなのね。私もたまにかな」


 ラジオラ先輩は私の持っている本に視線を落とし、目をむいた。


「えっ、その本どこにあったの?」


「新刊の棚に…」


「アーメナちゃんもこのシリーズ」

 

「ラジオラ様もですか」


 視線がぶつかる。

 ラジオラ様が私の手を掴んだ。





「このシリーズ読んでいる人に初めて会ったわ。それに新刊が出ていたなんて」


 カウンターで手続きを済ませ外に出ると、ラジオラ先輩が感極まったように言った。

 「私も驚きました」と大きく頷く。


「今回は外伝なのね」


「そうみたいです」


「あの探偵は本当に事件を解決しないわよね」


「はいっ。でもそこがいいんですよね」


「そう、そこがいいのよね」


 ひとしきりシリーズの魅力について語りあったあと、ラジオラ先輩がふと真剣な眼差しを向けてきた。


「それでね、アーメナちゃん」


「なんでしょうか」


「これ本当はよくないことだと思うんだけど」


「はい」


 続く言葉に皆目見当がつかず身構えた。


「アーメナちゃんが読み終わったら、私に貸してもらえないかな」


「構いませんよ」


 注意されているわけではないけど確かにグレーな行為かもしれない。


「ありがとう。でも読み終わって期限に余裕があったらで大丈夫だからね」


「分かりました」


 別れ際ラジオラ先輩が「あっ」と声を上げ、携帯は持っているかと尋ねてきた。


 私は入学と同時に緊急用にと渡された携帯を思い出す。


「はい。持ってます」


「じゃあちょっと待っててね」


 そう言ってポケットから手帳を取り出すと、挟んでいたらしい名刺サイズの紙にペンを走らせる。


「はい、これ私の携帯番号とメールアドレス。いつでも連絡してくれていいからね」


 初めて貰った家族以外の携帯番号に心が弾む。


「アーメナちゃんのアドレスも後で教えてね」

 

 そう言いラジオラ先輩は去っていく。

 その背中を見送りながら、耐え切れずガッツポーズをした。







「アーメナ様、とうとうファンクラブが結成されました」


 晴れやかな笑顔のソフィちゃん。これは何と答えるのが正解なのでしょうか。


「そうなの、おめでとう」


 とりあえずそう言っておく。


「アーメナ様、私は会員番号一番をもぎ取りました」


 誇らしげにカードを掲げ、胸を張るのはエリンちゃんだ。やけにしっかりと作られたカードには確かに一番と刻まれていた。


「よかったわね。おめでとう」


 このカードはソフィちゃんが作ったのだろうか。クオリティーに感嘆する。


「アーメナ様には会長を務めてもらいたいのですが」


「無理です」


 反射的に言葉が出た。ファンクラブを作るのはいい。でも巻き込まれる訳にはいかない。


「大丈夫です。私が副会長としてしっかりとサポートしますし」


 ソフィちゃんが食い下がる。


「そうです。大丈夫ですよ」

「アーメナ様なら出来ます」

「自分に自信を持ってください」


 みんなも加勢してきた。

 何だこの流れ。


「ありがたいお話だけど、ごめんなさい」


 断りづらいことこの上ないけど、しっかり断らせてもらう。


「それにやっぱり会長にはソフィさんが適任だと思いますわ」


 私はソフィちゃんのほうを見た。みんなの視線も自然とそちらへ集まる。


「何といってもファンクラブの発案者で創設者ですから」


 ソフィちゃんの頬が微かに赤く染まる。そう、悪い気はしないはずだ。みんなにもソフィちゃんが適任かもしれないといったムードが漂いはじめたし、もう会長を頼まれることはないはずだ。


「では。私はちょっと用事があるので」


 言い残し教室を後にする。我ながら見事な切り返しだったな。







「会長は私が務めることになりました」


 ソフィちゃんから報告を受けた。


「アーメナ様の言葉が力になりましたわ。背中を押してくれてありがとうございました」


「いいのよ。頑張ってね、応援してしてるわ」


「はい」


 二人で微笑み合う。これで一件落着ですね。



「それでですね」


「ええ、なにかしら」


「アーメナ様には是非、名誉会長を務めてもらいたいのですが」


 嫌だよ。なんで話が振り出しに戻るの。そして名誉会長って何ですか。

 ソフィちゃんを説得するのには会長を断った時の二倍、時間を必要とした。






 


 




 




 




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