17 サビス
アーメナの奇行を目撃した翌日、俺はアーメナがクラスの前を通り過ぎるのを見計らい後を追うように図書館へ向かった。あの挙動不審さは絶対に何かある。
本を探すふりをしながらこっそりとアーメナを見る。
結果的にアーメナは悪事を働くような真似はしなかった。しなかったが、昨日と同様様子がおかしい。加えて時々不敵な笑みを浮かべていた。
それからしばらくの間、俺はアーメナを追って毎日図書館に通った。
スキップするような足取りで図書館へ向かい、きょろきょろ周りを見ながら本を借り、思い出したように邪悪に微笑む。そして意気消沈した様子で帰って行く。その繰り返しだった。怪しいところしかないのだが怪しいだけで何かするわけではない。
杞憂だったのかもしれないな。いいじゃないかアーメナの行動がおかしいのはただあいつが変人だったということで。
それに俺のやっていることはストーカーだ。
そんな事を考えつつ、教室の時計に目をやる。おかしいな、いつもならこの時間にアーメナがクラスの前を通り過ぎるはずなのに。
その日からアーメナはぱったり図書館に行かなくなった。
分からない。いったい何が目的だったんだ…?
「ねぇ、あそこにいるのってアーメナさんだよね」
そうユーグが言ってきた。気がつけば昼ご飯はユーグと食べるのが当たり前になってしまっている。
ユーグの視線の先を見れば、確かにアーメナが手下達と昼食を取っていた。
「そうだな」
やっぱり目立つな、と鳥の濡れ羽色の髪を見て思う。
「クラスの子達が言ってたんだけど、サビス君はアーメナさんと仲がいいんだってね」
「なんだそれ」
思いがけない言葉に目を見開く。校内で会話をしたこともないし、なんでそんなことになるんだよ。
「サビス君の口から聞いたそうだけど?」
「言ってない。そんなこと」
そうだそんなこと言った覚えがない。忘れているだけか? いや言うわけがないな。
…そういえば漫画でアーメナがサビスとのありもしないことを吹き込んでいたことがあった。
まさか…。
「本当にサビス君が言ってたんだってよ。実際に聞いたって言ってたし。嘘ついてるようには見えなかったけどなぁ。あの子達」
ユーグが首を捻る。
「そもそもアーメナとのことを話したことが」
ない、と言おうとして思い出した。
「話したことが?」
「そういえば一度あったかもしれない。でも家同士の付き合いがあるとしか言ってないと思う」
さすがにこれで仲がいいと言ったことには…。
「じゃあそれだよ」
「いや、家同士の付き合いがあると言ったんだ。仲がいいと言ったことにはならないだろ」
すっかり納得したという顔でパスタに手を伸ばすユーグにそう反論する。
「ならないこともないんじゃない?」
ユーグの中では結論が出たらしく、他人事のようにユーグは言った。確かにそう受け取れないこともないが…。他に思い当たる節がないので仕方がない。クロワッサンをかじった。
「それフランボワーズのタルトだよね」
「そうだよ。これがどうかしたのか」
ユーグはデザート類を取ってきていない。食べたいのだろうか。一口くれってのはできればやめてほしい。
「聞かれるんだよね」
「なにを」
「サビス君の昼ご飯」
「誰に」
「女の子」
「答えてるのか」
「うん」
あまりにあっけらかんと言うので、言葉に詰まる。
「なに勝手に教えてるんだ」
じろっとユーグを見る。
「聞かれるから…。嫌だった?」
「いい気はしない」
「そっか。ごめん」
しおらしく謝られて、かける言葉に困る。別にそこまで気にしてないんだけどな。
「まぁ、昼ご飯の内容くらい構わないけどさ」
「分かった。これからは聞かれても昼ご飯のことしか答えないよ」
他にも何か答えてたのかよ。
「他人の昼食の内容聞いてどうするんだろうな」
「どうするもこうするもないよ。ただ知りたいんだよ。サビス君はモテ男だからね」
そう言ってユーグが笑った。