12 アーメナ
決心した。今日こそあの子に話しかける。
話しかけよう、話しかけようと毎日思いつつも、なかなか行動に移せなかった。しかし、私はやる! 今日こそ話しかけて友達をゲットするんだ。
ずんずん歩いて、あの子の席に近づく。今日も私のお気に入りシリーズを読んでいた。既刊七巻。彼はまだ一度も事件を解決していない。探偵なのに。
「あの、ちょっといいかしら」
言えた。やっと言えた。心の中でガッツポーズを決める。
「えっ、…私ですか」
その子はびくっと顔を上げ、私を見た。その顔が青ざめているように見えるのは、私の気のせいだよね。
「ええ、その本のことなんだけどね」
私は笑顔で言った。どうか怯えないでくれ。
「この本がどうかしましたか」
「その本、私も読んでるの」
さぁ、どうだ。これで話が盛り上がって、仲良くなれるはず。
「そうなんですね」
…………。
「そのシリーズ面白いわよね」
「はい」
「彼はいつになったら事件を解決するのかしらね」
「ですね」
全然、盛り上がらない。
私の心は折れた。もう立ち上がれない。
「急にごめんなさい」
「いえっ、とんでもないです」
だめだった。レイチェル先生、私はいったいどうしたらいいのでしょう。
そそくさと自分の席に着く。あれっ。なんだか視界がかすむなー。ごしごしと目をこすった。
休日だ。お父様とお母様は会食があり出かけている。私はコリスとお留守番です。
そして、 私はまだショックから立ち直れていない。気がついたらため息をついている始末で家族のみんなに心配をかけてしまった。お父様が急に「学校はどうだ」と、聞いてきた。順調だと言ったら釈然としない顔で、「そうか」と頷いていた。本当のことなど言えない。
絶対に友達になれると思ったのにな………。期待が大きかった分ショックも大きいのです。
…はあ。
またため息が。このままではいけない。
せっかくの休日なんだし、なにか新しいことを始めてみようか。気分も変わるに違いない。
図書館でお菓子作りの本を借りていたことを思い出したのでそれにする。
おー。色々載ってるな。何がいいかな。ぱらぱらページをめくっていると、コリスがよってきた。
「姉さま、お菓子を作るの」
「うん。作ってみようかなと思って」
コリスのくりっとした目がキラキラ輝く。
「じゃあ、出来たら僕にも食べさせてほしいな」
「もちろんよ」
やったー、とはしゃぐコリス。お菓子作りはあまりしたことがないけど、大丈夫だよね。誰でも簡単に作れるって書いてあるし。
考えたすえ、型抜きクッキーに挑戦することにした。ケーキとか作ってみたいんだけど工程が多いからなぁ。まずはこのくらいからだよね。
キッチンでガチャガチャと道具を出していると、お手伝いさんたちがやってきて危ないから手伝うと申し出てきた。有難いけど断る。一人で大丈夫ですよ。
えーっと。砂糖とバターを混ぜて、そこに卵を少しずつ………。
ぎゃっ。いっきに入っちゃった。まあ、いいか。どうせ全部入れるんだし。
薄力粉をふるってさっくりと混ぜる、か。え、さっくりってなに。
とりあえず生地がひとまとめになった。次の工程に行く前に生地を休ませなきゃならないそうだ。
うん、やっぱり簡単だね。あとは型抜きして焼くだけだ。
時間が経ったので、型抜きを開始する。これはなかなか楽しい。
…そういえば、前世でもこんなことをしたことがある。そうだ小さいときに一回作ったっけ。あの時は私一人じゃなくて。……うん。
楽しかったんだろうな。すごく小さいときのことなのに、今でも覚えてるもんね。
型抜きした生地を並べて、オープンへ。焼きあがるのを待つだけだ。時間もレシピ通り設定してあるし。手を動かすよりも、こうやって待ってる時間の方が長いんじゃないかな。
テレビを見てくつろいでいると、
「ねぇねぇ。もう出来る?」
コリスが尋ねてきた。声が弾んでいる。
「そうね。あと………」
時計を見る。なんと、もう時間が経っているじゃないか。
キッチンのドアを開ける。
………なんか焦げ臭いんだけど。いやいや、まさかね。
恐る恐るオーブンから、クッキーを取り出す。
いやぁああ! 焦げてるよ、なんで。
レシピを確認すると、家庭のオーブンによって焼き時間に差があるので注意が必要だとの記載が。
見落としてたよ。コリスの期待のこもった眼を思い出して、頭を抱える。
失敗したとは言えないので、焦げたクッキーたちの中からちょっと焼きすぎくらいのものを救い出し皿に盛りつけ、コリスに差し出した。
「姉さま、すごい。すっごく美味しかったよ」
皿はあっという間に空になる。もともと三枚しかないからね。美味しいと言ってもらえてほっとしたよ。素敵なお姉さまの地位は守り切れました。だいぶぐらついてたけど。
この黒焦げのクッキーたちはどうするかなー。 一つ、口にしてみる。
…苦いっ。