0098
開校祭がやってきた。
貴族の子息が多い王立学校のお祭りだから、なんかスゴイことになると思ってたけど、中身は豪華な学園祭レベルだった。
カネに物言わせてるので良い物使ってるけど、実行するのは学生なので仕方ない。
さてそんな中、生徒会名義で開いた僕の喫茶店はというと。
「ねえ、カーチェ。こういうのってなんて言ったっけ?」
「雀の遊び場、だろ。やっぱ立地の悪さはキツイな。昼時なのに――っていうか、開けてから一人も入ってこないってなんだよ」
そりゃ悪いだろう。
なんせハルトマン兄上が僕を隔離するために用意した場所だもん。人通りの多い場所に出したら意味ないよね。
「派閥の問題とかじゃないかな。派閥関係なく集めちゃったから、逆にこれないとか」
「他はともかく、北部の連中が気にすると思うか?」
「その北部の連中がこないから言ってるんだけど」
「アイツらは別の理由だ。人がいるからあんま言いたくないけど、ヒル関連だ」
「ああ、ヒルに人手を割いてるのか。――あんまり関係ないけど、その手の隠語って皮肉効いてるよね。蚊とか、寄生虫とか」
ぶっちゃけ、吸血鬼です。
意外というか、世間にはあまり知られていない隠語なのです。貴族でも知ってる人はすくないんじゃないかな? なんせ、吸血鬼に関わることなんて少ないことだもん。第三位以上の高位冒険者とか、大貴族でもない限り。
僕が関わってるのは、主に父上の所為だけどね。
「でもさ、なんでうちの連中が駆り出されてるの? 腕立つのは多いし、開校祭が襲われたら被害がシャレにならないのは分かるけど、本職に任せるべきでしょ。色んな意味で」
面子とか、実力とか、政治的な理由とか色々。
「……あのな、セド様。あんな話を聞かされて、何も手を打たないほどメンタル強くないんだよあたいは。他の連中も巻き込んで、やるだけのことはやったって事実がなきゃ、こんな雀が遊ぶような喫茶店ごっこできるわけないだろう!」
「カーチェの精神的安定のために、うちの連中は犠牲になったのか……」
雀が遊ぶような喫茶店ごっこって、ヒドイ。
事実その通りだけど、ヒドイ。
そして巻き込まれた北部生、ご愁傷様。僕もカーチェの気持ち分かるから擁護なんてしないよ。むしろ「よくやったっ!!」ってハグしながら喜びたいくらい。
「とりあえず北部はそれで納得するとして、他の人達は何で来ないの? 一応、影響力の強いメンバーが多いのに。親とか兄弟とか舎弟くらい、義理でくるでしょ」
「そいつらは明日以降だ。こっちはあくまでセド様メインだからな。――セド様の方こそ、姉兄が多いんだからこないのか?」
「……来てほしくないから声かけてない」
「じゃあ文句言うな」
「カーチェ考えてくれ。仮にここに、マリアベル姉上が来たらどうなると思う?」
「なるほど良く分かった。さすがセド様英断だ」
示し合わせるでもなく右手で握手をして、互いに左手の親指をグッと立てる。
深く語らずとも分かり合う仲っていいよね。
「あら、私が来たらどうなると思ってるのか、教えてもらえないかしら?」
あら、の時点で僕は厨房スペースに猛ダッシュをかけて、頭を鷲掴みにされ、
教えて、と言いながら指圧マッサージをされる経験をする羽目になるのだが、一体何がいけなかったのだろうか?
「久しぶりですね、マリアベル姉上。どうなるも何も、こうなると思っただけですけど。姉上のバカ力からは誰も逃げられ痛だだだだだだだだだだ!!」
「ほうほう、怪力の所為で好いた男にふられて妹に持ってかれた大猿だと? その現場のここで言うなんて良い度胸してるじゃない。このまま握り潰すわよ」
「し、知るかよ! というか知ってるんだぞ! その姉上をふった男の末路!!」
マリアベル姉上が恐れられる理由の一つ。
その妹とはうちの次女で、文字通り姉上の背中を見て育ち、姉上を慕っている姉妹中の良かった人。姉上をふるような男が、そんな次女を娶って上手くいくと思うだろうか?
案の定、男と次女の仲が悪くなったのだが、ここからがミソ。
責任を取れと呼び出された姉上は、なんと単純に暴力で男を脅したのだ。高価な机の一部を握ってもぎ取ったり、床を踏み抜いたり。
さらに次女も曲者。そもそも男が次女を娶ることになった理由は、次女の淑女らしい演技にやられたから。お家のために渋々嫁いだ次女は、少しでも両家のためになるよう、姉上仕込みの政治力を発揮したが、そこが男の逆鱗に触れたらしい。
まあ、政治的に問題になるギリギリのラインで、物理的に返り討ちになったらしいけど。
やっぱりエルピネクトは野蛮だと思うエピソードだけど、そこで終わらないのがエルピネクトクオリティ。次女が掌握した部下に命じて、領地経営が杜撰な証拠と、男が経営的に無能な証拠を会議の場に提出したのだ。
これを見た姉上はもちろんブチ切れる。領主代行としてのプライドが、ダメ領主を許さなかったのだろう。正論と物理的な暴力という二つを武器にして、男と男の親族全員を黙らせるという荒業を決行。最終的には、領地改革という名目で次女が実権を握り、エルピネクト資本という鎖で雁字搦めにして、完全な乗っ取りをしたという。
王宮に訴えようにも理由が理由な上、次女が産んだ男の長男を後継ぎにしたから法的にも問題なし。現在は大きな黒字が出ているという。
同情する余地、あると思いますか?
「……アレは、金銭的援助をするために必要なことだったのよ」
「本当にそう思うなら目を逸らさないでください。本当はやり過ぎたって思ってるんでしょ。ふられた腹いせも入って過剰に反応したって自覚があるんでしょ。というかそろそろ離してください。地面に足が着かないのって怖いんですから!!」
僕の必死の訴えは聞き届けられ、無事に床に着地した。
「はあ……。えらい目に遭った」
「運がなかったな、セド様」
カーチェには何もなかったけど、ズルいとは思わない。
姉上のアレは、あくまでも身内だからするコミュニケーション。非常に迷惑だけど、気の置けない間柄というヤツだ。非常に迷惑だけど。
「――久しぶりです、兄様!!」
「――にぃに、久しぶり!!」
小さな塊二つが、僕に抱き着いてきた。
姉上の面影を残す男の子と女の子で、僕も良く知る子どもだった。
「ジークとルナは、いつもながらに元気いっぱいだね。叔父さんは驚いたぞ」
我が姉、マリアベル・エルピネクトの双子の子どもだ。
兄のジークフリート・エルピネクト。
妹のルナール・エルピネクト。
僕の六つ下の甥っ子と姪っ子で、僕を兄と慕う可愛い子だ。
「兄様はオジサンではありません!」
「にぃに、お腹空いた! ご飯食べたい! お肉食べたい!!」
「いやいや、ちゃんと血の繋がった叔父だから。でもお腹空いたか。肉肉しいメニューはないけど、楽しくて美味しい料理はあるから期待してね」
二人を引きはがすのに、ちょっと時間がかかる。
カーチェはすでに動いており、近くのテーブルにお茶の用意を済ませていた。
「さ、二人とも。そろそろ席に座って。お茶が冷めちゃうから」
「……分かりました。でも兄様。その歳でオジサンを強調するのはどうかと思います。もっと心を若くしてください!」
「えー、お茶嫌い。にぃに、砂糖とミルク入れたら怒るもん。お肉ないなら甘いのがいい」
「叔父さんの心はいつでも若いよ。ルナはもうちょっと好き嫌いをなくそうね。お肉と甘い物ばっかり食べてたら病気になる上、舌もバカになるから」
それぞれの理由でぶー垂れながらも、お行儀よく席に座る二人。
やっぱり甥っ子と姪っ子はこうでなきゃ。どこぞのバカな甥っ子とは比べてはいけないな。
「あんたは、相変わらずジークとルナに甘いわね」
「姉上も甘いでしょ、特にルナに対して」
自由過ぎてちょっと心配になるんだよな、ルナの方は。
ジークは真面目過ぎて心配になるし。
「メニューは任せるわ。できればお腹に溜まるのをお願い」
「了解ですがその前に」
乱れた髪と服装を正して、
「ようこそ、マリアベル・エルピネクト様。当店は、あなたを歓迎いたします」
完璧な所作で歓迎の意を示した。
見た目の問題を除けば文句なんてでない、完璧な所作が出来たと自画自賛してもいいくらいだ。
「………………気持ち悪いことはしなくていいから、さっさと料理を持ってきて」
口には出さないが、姉上に一言いいたい。
解せぬ。