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0097

 品評会では様々な料理が出た……と言いたいが、そうではない。

 今回のメンバーは、お茶の勉強会の出席者が中心となったもの。つまりは、生粋のお嬢様方であって、料理人ではない。

 そんな子達が出せるものなんて、どこかで食べたことがあるありふれた料理。

 変わったものを期待する方が間違っていると言える。


「どれもこれも普通過ぎてコメントに困るな」


 出てくるものは、スコーンやサンドイッチ、パウンドケーキの類ばかり。

 お茶に合わせる努力をしたことは認めるけど、普通過ぎて客に出せない。メニューそのものと、料理の質合わせて。


「普通のメニューを出したお前が言っちゃいけないセリフだぞ。それに、学生の出し物って考えれば許容範囲だと思うぞ。面白みなんてなんもないけど」


「問題はまさにそこだ。店を成功させるのに必要なのは感動。もちろん、マイナスの感動は論外だけど、予想通りよりは印象に残る。つまり、こういう普通が一番ダメ」


「厳しいが、気持ちは分かる。印象に残らない店って、二度と行かないからな」


「そう、それだよ。別に生徒会の出し物が印象に残らないのは良いんだけど、僕主導でやったものが記憶に残らないのは不味い。下手したら北部盟主の影響力が低下する可能性だってあるからね」


「考えすぎだろって言えないのが、貴族社会の怖いところだな」


 エドワード君はいいんだ。こうやってリアクションしてくれるから。

 でも怖いのは、ノーリアクションなロズリーヌさん。今、彼女の内心がどんななのかが分からないのが怖い。

 会話のきっかけを掴もうにも、出てくるものが普通過ぎてきっかけにならない。

 ……仕方ない、無理やり作るか。


「これまで出た中で一番マシなのは、カーチェとユリーシアさんの作ったクラムチャウダーかな。下処理さえ間違えなければ、誰でも美味しく作れるレシピになってるのも素晴らしい。……でも、何かが足りない気がするんだ。何だと思う?」


「お前に分からないものが、俺に分かると思うのか?」


「だと思ったよ」


 やっぱ使えないけど、予想通りの反応をしてくれたのは助かった。


「あからさまにため息を付くな。ケンカ売ってるのか?」


「そんなつもりはないよ。無意識に出ただけだから気にしないで」


「ケンカ売るよか質悪いじゃねえかっ!?」


 知らねえよバカ。


「使えない上にうるさいエドワード君は置いといて、ロズリーヌさんはどう思う?」


「……そうね。あえて言うなら、華がないわ」


「華ですか、なるほど。その視点は確かに抜けていましたね。食材や調理法に制約がある以上、それ以外の面で補えばいい。さすがはロズリーヌさんです。どこぞのエドワード君とは大違い」


「いえ、さすがに彼と同列に語られるのはちょっと……」


「フォスベリーさんまでっ!?」


 ふむ、エドワード君をいじるとは。

 これは機嫌が良いな。顔も声もいつも通りだけど、悪戯心を感じる。


「申し訳ありませんでした。エドワード君、舌はマシなので忘れてましたが、根は粗野ですからね。ロズリーヌさんとはドロと月ほどの差があり、比べるものではありませんでした」


「いいえ、逆よ。黒剣と謳われた騎士様と、蝶よ花よと育てられた世間知らず。とても比べられるものではないじゃない」


 あはは、うふふ、と。

 僕とロズリーヌさんから白々しい声があふれ出る。


「……俺についてはもうそれでいいからさ、具体的にどうするんだ? 普通に考えるなら器や盛り付けなんだろうけど、予算的な問題で無理だろう?」


「………………痛いところを突くじゃないか。ご褒美に激辛料理をおごってあげるよ」


「誰が食うかよんなもん。どうせ思いつかねえんだろう」


「――ふんっ、だ。すぐに思いつかないだけだよ」


 僕は事前準備をしっかりするタイプなんだ。

 だからあと一歩が足りない、みたいのに即興で答えるのは苦手。


「なら、俺が解決してやろう。――俺の料理、そろそろ出してくれるか?」


 …………。

 ……………………。

 …………………………………………は?


「エドワード君、今、なんて言った?」


「俺が解決してやるって言ったんだよ。なんせ俺が出す料理は、答えに直結してるからな」


 そうか、聞き間違いじゃなかったか。

 そうか、そうか、そうか……。


「どう思いますか、ロズリーヌさん。僕にはエドワード君の頭がついにイカレたんじゃないかと愚考しますが」


「対抗心を燃やしての発言と捉えるのが自然だけれど、彼は黒剣よ。世界を見て回った経験から、思いもよらない答えを導き出す可能性は否定できないわ」


「確かに、僕達の知らない世界を直に見聞きし経験をしていますからね」


 人には言えないが、エドワード君は僕と同じ元日本人。

 正直なところ、僕が持ってる日本の記憶はほとんど消えている。後十何年かしたら、かつて日本人だったという記憶以外、何も残らないだろう。それは僕が、エルピネクトの次期領主であるとしたからだ。

 ……まあ、姉上のしごきを受けてから急速に薄れていった事実はあるけど。

 けど、だ。

 エドワード君は間違いなく、僕よりも日本の記憶を残している。それ関連で何かを出す可能性は高いけど……悔しい。


「さあ、とくとご賞味あれ。これが俺の料理――ハニトーだ!!」


 何と言うか、雑な料理が出てきた。

 食パン半斤に三マス×三マスの切れ込みを入れ、バターをかけて焼く。これはまあ、中まで火を通す工夫だと分かる。大雑把だけど。

 だけど、ねえ。

 その半斤にクリームをたっぷり盛って、ハチミツをかけただけって。


「雑だな。誰でも作れるくらい大雑把だ」


「でも、華があるわ」


 ロズリーヌさんの言う通り、華はある。

 というか、華しかない。とりあえず切り分けて食べてみたけど、予想通りの味。ハチミツとクリームとパンの味しかしない。庶民が食べる菓子と考えれば充分に及第点。貴族の食卓に出すのはさすがに無理があるけど、制限が多い出店ならば、なしよりのあり。


「どうだ、美味いだろう。誰が作っても失敗しないし、使う材料も少なくて済むし、何よりお茶に会う。今回の趣旨にぴったりだと思うが?」


「………………そうだね。粗野だとか下品だとか雑だとか色々と言いたいことはあるけど、合格だよコノヤロウ」


「そうね。貴族の食卓に上がることは絶対にないだろうけれど、開校祭の出し物にはちょうどいいと思うわ」


「お前らやっぱケンカ売ってんだろう……。北部の次期盟主とか第三王子の婚約者とか抜きにして買ってやるぞ!!」


 馬鹿を言うなコノヤロウ。

 ケンカを売るなら一口で終わらせてる。これはただの負け犬の遠吠えだ。その証拠に、ロズリーヌさんと取り合って完食しただろうが。


「カーチェ。これの残りの半斤、あるよね? 中身をくりぬいてクラムチャウダーを入れて。そしたら、くりぬいたパンでフタしてオーブンに」


「おう、分かった」


 エドワード君が何か言いたそうに、というか何か言ってきたが無視。

 だって、悔しいじゃん。


「ほい、注文通りに作ってきたぞ」


 思った通りの食パン半斤が出てきた。

 何も知らなければ、この箱は何だと思うだろう。

 パンの中身でフタをしているので、宝箱を開けるようなワクワク感がある。そしてクラムチャウダーだけでは寂しくなったら、中身がしみ込んだパンの器を崩せばいい。

 美味しい物を食べた時、皿ごと食べてしまいたいと思うことがある。

 この料理は、それの夢を叶えることが出来る。もう少し手を加えれば、貴族の食卓に出せるだけの格を与えることも可能だろう。


「名前はどうしようか? できれば、ワクワクするような名前がいい」


「なら、宝箱と入れるのはどうかしら? 誰もが持つ幼心を刺激すると思うわ」


「いいですね。ではシンプルに、宝箱のスープで」


 僕とロズリーヌさんは、示し合わせたかのように同時に席を立った。


「よし皆。これから宝箱のスープの詳細を決めていこう。白い部分をどれだけ残すかとか、さらに加えるものはないかとか。ギリギリまで詰めていくから覚悟するように」


「長くなりそうだから、これで失礼するわ。――当日を楽しみにしているわ」


 最後にプレッシャーをかけられてしまった。

 ロズリーヌさんに出しても恥ずかしくない品にしなければいけない。

 僕はそう気合を入れ直して、厨房に足を踏み入れた。


「お前ら、俺を無視するのもいい加減にしろおおおぉぉぉ――――っ!!」


 勝ち犬が何か遠吠えた気がしたけど、無視だ無視。

 だって、悔しいんだもん。


書いてたら、無性にハニトーとかパンに入ったシチューなんかを食べたくなりました。

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