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 キュウリのサンドイッチを携えて挑む、品評会の日がやってきた。

 審査員は以下の三人。

 まずは僕こと、セドリック・フォン・エルピネクト。

 続いて黒剣こと、エドワード・ド・シュヴァリエ。

 そして第三王子の婚約者である、ロズリーヌ・フォスベリー。


「……一応、聞くけど。どのルートで聞き及んだんですか?」


「ラヴィから、お前が面白いことするから参加すればってススメられて。ちゃんと料理も考えてきたけど……なんでこっち側に?」


「派閥の子から、もしもの時のストッパーになってくださいって、懇願されたのよ。だから料理の用意はないのだけれど、ここにいていいのかしら?」


 ロズリーヌさんは納得の理由でした。

 確かに、お茶の勉強会は派閥関係なく集まって、今回の招集も派閥を無視している。生徒会の出し物で派閥を偏らせるのもどうかと思うし、実力あるメンバーを集めると自然とそうなる。

 エドワード君の方は、やっぱり駄姉か、としか言えない。


「二人の舌が確かなのと、一人で判断するとどうしても偏るので。その辺の調整のために参加してもらえると非常に助かります」


 あと、周りからのプレッシャーが凄かった。

 無言だけど、僕以外にも審査員を入れてくださいって、要求が。


「……まあ、お前が良いならいいけど……」


「審査となると、加減や忖度をする気はないのだけど、それでもいいなら」


「審査基準はもちろんお二人に任せます。煮るなり焼くなり好きにしてください。多少厳しい方が皆の成長に繋がりますからね」


 悲鳴があがった気がするけど、気にしない。

 なんせこの品評会は皆の要望で始まったことだから。その心意気に応えるべく、審査は厳しめにいくつもりです。


「とはいえ、実際にやらないことには感覚も掴めないでしょう。なのでまずは僕の料理からやりましょう。忌憚のない意見をお願いします」


 出てくるのはもちろん、キュウリのサンドイッチ。

 ちなみに僕は作ってない。レシピを渡して作ってもらったのだ。当日はここにいるメンバーで作っては出して、作っては出してを繰り返すので、皆が作れるレシピにしてる。味だって事前にチェックして問題なかった。ちゃんと成長しているようで何よりです。


「皿が二つ。中身が違うのか?」


「いえ、どちらもキュウリね。ビネガーを変えているのかしら?」


 一口大のサンドイッチを、それぞれ味わう。


「へー、バターの有り無しで分けたのか。珍しいな」


「王国だとサンドイッチにバターを塗るのが必須だからね。個人的には、サンドイッチにバターは合わないと思ってる。ホットサンドならまだしも、常温以下だと脂っぽく」


「でも、バターを塗らないとパンが湿気るだろう?」


「湿気った後を計算しないで作るから、湿気る=不味いって思うんだよ。このサンドイッチはその辺も計算尽くだ。素人でも作れるような配分だから粗が目立つけど……」


「粗以前に、バターないのに違和感あるな。美味いけど」


 違和感ときたか。

 これは味以前の問題だな。バターなしは却下かな?


「でも、美味いわ」


 ……はい?


「そうですか。美味いですか、ロズリーヌさん」


「ええ、美味いわ」


 あ、マジだ。

 バターなしの皿が空になってる。


「俺も美味いことには同意するが、パンがべっとりするのは気持ち悪くないですか?」


「これは、しっとりと言うべきね。パンはパサパサ――もとい乾いたものという固定概念の先にある美味しさよ。王国の食文化を一新する可能性を秘めているわ」


「おおう、一新ですか。思った以上の高評価にビックリ……」


 いつもながらの無表情、無抑揚で、熱く語るとは。


「一新は言い過ぎな気がするけど、まあ、美味いな。一体感って言えばいいのか? バターがない方はこう、気付いたら飲み込んでる。バターがある方は、こっちと比べたら食べにくいって思うが、食べてる感はあるな」


「同感だけれど、パサパサして食べにくいだけよ。そもそもキュウリのサンドイッチに、食べ応えを求めるのは間違っているわ。魚の燻製か、もしくはカツレツでも挟んで食べればいいのではないかしら?」


「それはお腹にたまりそうですが、手間がかかるので今回は無理そうですね」


 そもそも、そのメニューでサンドイッチを作るのはな。

 普通に一品料理として食べたい。まあ、カツレツは薄いから、食べた気がしないけど。


「魚の燻製は、冒険者時代に偶に食べたな。燻製を酢漬けにして、直前にパンに挟んで。カツレツの方は、手間がかかるからさすがに無理だったのと、肉が薄くて。最低でも一センチくらいに切って、ディープフライして食い付きたい」


「あ、それ美味そう。ジューシーな肉汁を、パンが受け止めて無駄がない。ただそれだけだと脂っこいから、野菜とか、酸味のあるソースを合わせるのがいいか」


「さすが良い感性してるが、問題がある。ソースには酸味だけじゃだめだ! 甘みやうま味も高い次元で合わせたソースじゃないと、カツを受け止められないんだ!!」


 今日はエドワード君も無駄に熱いな。

 というかそのソースって、とんかつソースのことかな?

 アレって確か、大量の果物や野菜、香辛料を煮詰めて作るんじゃなかったかな。資料がないと絶対に作れないぞ。


「やけに具体的だけど、どっかで食べたことでもあるの?」


「……あー、王国ではないって言ったら、伝わるか?」


「ああ、あの話ね。レシピとかは覚えてたら、再現に協力してもいいよ。どの程度覚えてるかによって、利権をいくつか渡してもいい」


「商売の話に持ってくのか。……ただ、何使ってるのかは知らない……」


 チッ、使えねえの。

 あんだけ熱く語ったんだから、少しくらい覚えてろっての。とんかつソースをたっぷり使ったカツサンド、食べたくなってたのに……。


「おい今舌打ちしたろ」


「されないと思ったのかクズ。食べ物の恨みは恐ろしいんだぞカス。手を出さないだけマシだと思えダボが」


「そうね。今のはあなたが悪いわ。熱く語るのなら、相応の知識がなければダメよ」


「……お、おう。悪かった」


 はあ、仕方ない。

 虫食いだらけの知識で当たりを付けて、似たようなソースがないか料理本を漁るか。魔法文明も魔巧文明も、料理は発達してたから。


「話を戻しますが、サンドイッチは両方採用ってことで良いですかね? バターありをオーソドックス、バターなしをしっとりって注釈を付ければ、違うって分かるでしょうし」


「どちらも捨てがたいし、問題ないと思うわ」


「いや、メニュー表記だけじゃ足りんだろう。注文を受けたら、口頭で説明した方がいいぞ。ただ、バター抜きって説明じゃ印象悪いな。一体感を高める新食感を追及して、あえてバターを抜いたとか、特性のビネガーを使ってるとか、言った方がいいんじゃねえか?」


「なるほど、良い意見だ。僕達みたいに味にうるさいごく一部を除けば、人は情報で味を判断するからね。幸いなことに、僕達は生徒会の出し物として出店する。影響力のある貴族が参加する率は高いから、上手く口車に乗せられれば、僕好みを流行にできるかも」


「……お、おう。好きにすればいいと思うぞ」


 バイブルサイズのシステム手帳を取り出して、思いつく限りの煽り文を書き留める。

 こういう説明は、マニュアル化するに限るのだ。口が下手な人でも、マニュアルさえあれば最低限のことを伝えられるから。


「ところで、バター以外の欠点を聞かないけど、何かない? 全部は無理だけど、直せるところは直したいから遠慮なくどうぞ」


「俺はないぞ。あえて言うなら物足りないだけど、キュウリのサンドイッチに求めることじゃないしな」


「彼に同じく。お茶とも合うし、開校祭の出し物としては充分すぎる出来だわ」


「なるほどなるほど、ありがとうございます。――じゃあ、次のを持ってきて」


 否定的なご意見が少ないのは物足りないけど、時間は有限だ。

 メニューを増やすべく、品評会を続けなければ。


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