0096
キュウリのサンドイッチを携えて挑む、品評会の日がやってきた。
審査員は以下の三人。
まずは僕こと、セドリック・フォン・エルピネクト。
続いて黒剣こと、エドワード・ド・シュヴァリエ。
そして第三王子の婚約者である、ロズリーヌ・フォスベリー。
「……一応、聞くけど。どのルートで聞き及んだんですか?」
「ラヴィから、お前が面白いことするから参加すればってススメられて。ちゃんと料理も考えてきたけど……なんでこっち側に?」
「派閥の子から、もしもの時のストッパーになってくださいって、懇願されたのよ。だから料理の用意はないのだけれど、ここにいていいのかしら?」
ロズリーヌさんは納得の理由でした。
確かに、お茶の勉強会は派閥関係なく集まって、今回の招集も派閥を無視している。生徒会の出し物で派閥を偏らせるのもどうかと思うし、実力あるメンバーを集めると自然とそうなる。
エドワード君の方は、やっぱり駄姉か、としか言えない。
「二人の舌が確かなのと、一人で判断するとどうしても偏るので。その辺の調整のために参加してもらえると非常に助かります」
あと、周りからのプレッシャーが凄かった。
無言だけど、僕以外にも審査員を入れてくださいって、要求が。
「……まあ、お前が良いならいいけど……」
「審査となると、加減や忖度をする気はないのだけど、それでもいいなら」
「審査基準はもちろんお二人に任せます。煮るなり焼くなり好きにしてください。多少厳しい方が皆の成長に繋がりますからね」
悲鳴があがった気がするけど、気にしない。
なんせこの品評会は皆の要望で始まったことだから。その心意気に応えるべく、審査は厳しめにいくつもりです。
「とはいえ、実際にやらないことには感覚も掴めないでしょう。なのでまずは僕の料理からやりましょう。忌憚のない意見をお願いします」
出てくるのはもちろん、キュウリのサンドイッチ。
ちなみに僕は作ってない。レシピを渡して作ってもらったのだ。当日はここにいるメンバーで作っては出して、作っては出してを繰り返すので、皆が作れるレシピにしてる。味だって事前にチェックして問題なかった。ちゃんと成長しているようで何よりです。
「皿が二つ。中身が違うのか?」
「いえ、どちらもキュウリね。ビネガーを変えているのかしら?」
一口大のサンドイッチを、それぞれ味わう。
「へー、バターの有り無しで分けたのか。珍しいな」
「王国だとサンドイッチにバターを塗るのが必須だからね。個人的には、サンドイッチにバターは合わないと思ってる。ホットサンドならまだしも、常温以下だと脂っぽく」
「でも、バターを塗らないとパンが湿気るだろう?」
「湿気った後を計算しないで作るから、湿気る=不味いって思うんだよ。このサンドイッチはその辺も計算尽くだ。素人でも作れるような配分だから粗が目立つけど……」
「粗以前に、バターないのに違和感あるな。美味いけど」
違和感ときたか。
これは味以前の問題だな。バターなしは却下かな?
「でも、美味いわ」
……はい?
「そうですか。美味いですか、ロズリーヌさん」
「ええ、美味いわ」
あ、マジだ。
バターなしの皿が空になってる。
「俺も美味いことには同意するが、パンがべっとりするのは気持ち悪くないですか?」
「これは、しっとりと言うべきね。パンはパサパサ――もとい乾いたものという固定概念の先にある美味しさよ。王国の食文化を一新する可能性を秘めているわ」
「おおう、一新ですか。思った以上の高評価にビックリ……」
いつもながらの無表情、無抑揚で、熱く語るとは。
「一新は言い過ぎな気がするけど、まあ、美味いな。一体感って言えばいいのか? バターがない方はこう、気付いたら飲み込んでる。バターがある方は、こっちと比べたら食べにくいって思うが、食べてる感はあるな」
「同感だけれど、パサパサして食べにくいだけよ。そもそもキュウリのサンドイッチに、食べ応えを求めるのは間違っているわ。魚の燻製か、もしくはカツレツでも挟んで食べればいいのではないかしら?」
「それはお腹にたまりそうですが、手間がかかるので今回は無理そうですね」
そもそも、そのメニューでサンドイッチを作るのはな。
普通に一品料理として食べたい。まあ、カツレツは薄いから、食べた気がしないけど。
「魚の燻製は、冒険者時代に偶に食べたな。燻製を酢漬けにして、直前にパンに挟んで。カツレツの方は、手間がかかるからさすがに無理だったのと、肉が薄くて。最低でも一センチくらいに切って、ディープフライして食い付きたい」
「あ、それ美味そう。ジューシーな肉汁を、パンが受け止めて無駄がない。ただそれだけだと脂っこいから、野菜とか、酸味のあるソースを合わせるのがいいか」
「さすが良い感性してるが、問題がある。ソースには酸味だけじゃだめだ! 甘みやうま味も高い次元で合わせたソースじゃないと、カツを受け止められないんだ!!」
今日はエドワード君も無駄に熱いな。
というかそのソースって、とんかつソースのことかな?
アレって確か、大量の果物や野菜、香辛料を煮詰めて作るんじゃなかったかな。資料がないと絶対に作れないぞ。
「やけに具体的だけど、どっかで食べたことでもあるの?」
「……あー、王国ではないって言ったら、伝わるか?」
「ああ、あの話ね。レシピとかは覚えてたら、再現に協力してもいいよ。どの程度覚えてるかによって、利権をいくつか渡してもいい」
「商売の話に持ってくのか。……ただ、何使ってるのかは知らない……」
チッ、使えねえの。
あんだけ熱く語ったんだから、少しくらい覚えてろっての。とんかつソースをたっぷり使ったカツサンド、食べたくなってたのに……。
「おい今舌打ちしたろ」
「されないと思ったのかクズ。食べ物の恨みは恐ろしいんだぞカス。手を出さないだけマシだと思えダボが」
「そうね。今のはあなたが悪いわ。熱く語るのなら、相応の知識がなければダメよ」
「……お、おう。悪かった」
はあ、仕方ない。
虫食いだらけの知識で当たりを付けて、似たようなソースがないか料理本を漁るか。魔法文明も魔巧文明も、料理は発達してたから。
「話を戻しますが、サンドイッチは両方採用ってことで良いですかね? バターありをオーソドックス、バターなしをしっとりって注釈を付ければ、違うって分かるでしょうし」
「どちらも捨てがたいし、問題ないと思うわ」
「いや、メニュー表記だけじゃ足りんだろう。注文を受けたら、口頭で説明した方がいいぞ。ただ、バター抜きって説明じゃ印象悪いな。一体感を高める新食感を追及して、あえてバターを抜いたとか、特性のビネガーを使ってるとか、言った方がいいんじゃねえか?」
「なるほど、良い意見だ。僕達みたいに味にうるさいごく一部を除けば、人は情報で味を判断するからね。幸いなことに、僕達は生徒会の出し物として出店する。影響力のある貴族が参加する率は高いから、上手く口車に乗せられれば、僕好みを流行にできるかも」
「……お、おう。好きにすればいいと思うぞ」
バイブルサイズのシステム手帳を取り出して、思いつく限りの煽り文を書き留める。
こういう説明は、マニュアル化するに限るのだ。口が下手な人でも、マニュアルさえあれば最低限のことを伝えられるから。
「ところで、バター以外の欠点を聞かないけど、何かない? 全部は無理だけど、直せるところは直したいから遠慮なくどうぞ」
「俺はないぞ。あえて言うなら物足りないだけど、キュウリのサンドイッチに求めることじゃないしな」
「彼に同じく。お茶とも合うし、開校祭の出し物としては充分すぎる出来だわ」
「なるほどなるほど、ありがとうございます。――じゃあ、次のを持ってきて」
否定的なご意見が少ないのは物足りないけど、時間は有限だ。
メニューを増やすべく、品評会を続けなければ。