0095
ささくれ立った気持ちは、思ったよりも長引くものだ。
駄姉からの警告……いや、警告以前に情報提供とさえ呼べないな、アレ。信憑性がとても高い噂話、ということにしよう。
駄姉からの噂話を聞かされてから、もう一ヶ月以上が経過した。
念のためにアンリ達に情報を集めさせたり、姉上に連絡を取ってる。もちろん、姉上を通して父上にも。駄姉の目的が僕を通してエルピネクト家を動かすことだったとしても、いかに駄姉の思い通りに動くことが癪に障るとしても、僕はこう動くしか出来ない。
だって、手を抜いたら僕が死ぬもん。
奈落領域の連中ってのは、どいつもこいつも化け物だし。
「――ぬるい、次。――香りが薄い、次。――イヤな渋み、次。――色が濃すぎる、次。――蒸らしが足りない、次――次、次、次」
「難癖が陰湿……雑過ぎないか?」
「隠しきれてないよ。でも、そう? もっと陰湿な貴族なんて捨てるほどいるし、そうした貴族をもてなす訓練だよ」
「お茶に関しちゃセド様が一番だよ。しかもイライラした態度を隠そうともしないから、正直あたいも相手したくない。アレを見ろ」
開校祭のために招集した、お茶の勉強会メンバーがいる。
泣きそうになっている子や、ガタガタ震えている子、虚空を見つめてブツブツ呟いている子などが目立つ。そしてそんな子達を慰めたりフォローしたりする子が多くて微笑ましい。
「個性豊かな上、連帯感があって何より。特にその個性を表に出しているのがいい。自分を見せても良いという信頼がなければ出来ないからね」
「連帯感の正体は全員がセド様にイジメられたから。個性を表に出すのは隠す余裕がなくなるほどイジメられたから、だ。自覚しろ!」
カーチェに叱咤されると、周りの子達も「そうだそうだ!」と声を揃える。
なぜ、僕が悪者にされてるのだ? というか泣きながらに「そうだそうだ!」と賛同されると、心に割と大ダメージが……。
「……もしかして、出し物の参加を強制しちゃった? あんまり強く言った覚えないけど、知らず知らずのうちに断れない形になってた?」
「北部生以外にそんな強制力はねえし、ここにいるのは自分の意思でいるから安心しろ」
「じゃあ、僕は一体どんなイジメを?」
厳しい対応をしている自覚はあるけど、イジメなんてしてない。
けど、イジメって受け手がイジメられてると思えばイジメになるからな。僕が貴族令嬢をイジメてるなんて噂が広まるのも不味い。改善できる部分は改善しないと。
「……自覚ないなら、気にしねえでいいよ」
「いやでも、あんなに声を合わせてるし」
「セド様って、自覚ないだろうけど色々と基準高いんだよ。で、基準に届かないもんには異常なくらい辛辣な対応すんだよ。でだ――変える気ないだろう?」
「そりゃもちろん、不味い物を出されたらぶっ殺したくなるからね」
これは自分でも悪癖だと思ってるけど、直すのは諦めました。
その代わりではないけど、こうして美味しい物を作る方法を人に教えることにしてる。僕の基準が世の中の当たり前になれば、僕が暴発することも少なくなるしね。
「殺気を出すなバカ! そういうとこだぞ」
「ごめん、つい。でもカーチェは平気だよね?」
「あたいはな。慣れてるし、武術系授業の方が殺気はキツイ。でも平気なのはあたいぐらいだ」
なるほど、納得した。
普通のご令嬢は殺気に慣れていない。
男はまあ、こんな時代だ。上手い下手はあれど、武術は男の嗜み。僕の殺気なんて小突かれた程度でしかないから、気にしてなかった。でも不味いな。殺気を浴びせてたなんて知られたら、悪い噂が流れてしまう。
少しくらいは印象改善に努めなければ。
「…………つまり、僕が思ってた以上のプレッシャーの中、これだけの味を出したと?」
「セド様の予想がどの程度かは知らないが、確実に」
「じゃあ全員合格ってことで。開校祭までの一週間、好きに過ごしていいよ」
解散の意を込めて、パンと手を鳴らす。
ちなみに日和ってはいるけど、甘くしたわけじゃない。最低基準の八〇点を下回ったものを出してはいないから。
「セドリック様、発言をご許可いただきたいのですが!?」
「かしこまってどうしたの、ユリーシアさん? 許可を出すまでもなく別にいいけど」
「だ、大丈夫なのだわ! わたくし達はイジメられてるなんて思ってないし、ちゃんと自分達の利益になるって計算して参加しているのだわ! 確かにセドリック様はちょっと、ちょこーっとだけ怖い時があるけど、全然許容範囲だから、だから――見捨てないで欲しいのだわ!!」
別に見捨てたつもりはないから、涙目にならないでよ。
けど、ユリーシアさんの縁も不思議なもんだよな。エビ泥棒から始まって、なんだかんだと付き合いが続いている。カーチェの友達ってのも関係してるよね。
「いや合格って言ったじゃん。試験が必要ないから合格って言ったんだよ」
「嘘だわ! 嘘なのだわ!! セドリック様が納得してない時の顔なんて、皆知ってるのだわ!!」
「……確かに不満を表に出した気がするけど、お茶とは別件」
「いつものセドリック様なら、不満を忘れさせる一杯を淹れてこそ本物だとかなんとか理不尽なことを言うんです!!」
「………………あ、うん。言うわ、そういうこと」
僕の考えを理解しているのは正直スゴイけど、今はな。
余計なことを考えられないように、難しい課題でも出すか。
「ふむ、君たちの気持ちはよーっく、分かった。――だから、レベルを上げよう」
ざわっ、と。
何かが逆立つ空気が広がった。
「世間一般じゃ僕は茶狂いなんて呼ばれてるけど、実は食べることの方が好きでね。いや僕は小太りだから見たまんまだなとか思うかもしれないけど、実はお茶って大嫌いの部類でね。頑張って美味しくしたけど――っと、話がズレた。お茶よりも食べることが好きなんだけど、お茶以上に嫌いなのが不味い料理でね。公式のパーティーなんかだとガマンするけど、もしも不味い物を食べたら、どう暴れるか想像がつかないんだ」
呼吸音さえ聞こえなくなった。
酸欠にならないか心配になるから、ちゃんと息はしてほしい。
「この情報を踏まえて君たちに――開校祭で作る軽食を作ってもらいたい」
あっ、五分の一が倒れた。
気の弱い子なのかな? 周りがサポートしたから、床に叩きつけられるなんて事になってないから安心だけど。
「正直、この喫茶店もどきに力を入れる気はあんまりなくてね。お茶とクッキーだけで充分だと思うんだけど、君達がやる気なら仕方ない。思い思いの軽食メニューを考案すると良い。見事採用されたら、メニュー表には考案者という形で名前を載せよう。条件は、ここにある設備で作れるものってことで」
体育館のステージ部分には、オーブンやコンロくらいは揃ってる。
これは一から揃えたものでお金がかかってるんだ。しわ寄せとして、内装とか茶葉のグレードは最低限になってるけど。
「――あ、予算の制限もあったね」
システム手帳からリフィルを一枚取り出して、一品当たりの原価上限を記載する。
「カーチェ、後でコレを伝えといて。食材ルートの確保も必要になるから、期限は明後日のこの時間ね。合格基準は、一品採用されること。試作品はいくら作っても構わないけど、さすがにそこは自腹切ってね。正式に採用したら予算から出すけど、この課題は皆が希望したものだからね。この程度のリスクは背負いましょう」
言いたいことは全部言ったので、席を立つ。
「――じゃ、今日は解散ってことで。美味しい物が出てくるのを期待してるよ」
体育館を出ると、悲鳴のようなナニカが聞こえてきた。
気合を入れているようで何よりだ。となると、僕も何か出すべきかな? いや、出してもいいけど気合は入れないようにしよう。
定番のキュウリのサンドイッチかな。
よし決定。明日はさっさと帰って、明後日持ってくるサンドイッチの下ごしらえだ。