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誠に遺憾だが、僕の評価の一つに茶狂いがある。
もう一度言うが、誠に遺憾だ。茶狂いなんて評価されては、まるでお茶好きのようではないか。僕はお茶――というか紅茶が嫌いだ。香りが良いのは認めるけど、味が薄い。お茶というのは渋みや甘みがあってこそなのだが、紅茶はこれが薄い。
それに香りだけで言うなら、ハーブティーの方が好きだ。
王国の連中は紅茶のが好きで、お茶と言えば紅茶のこと。格式高い場では紅茶一択なくらいなんだけど、僕はハーブティーのが好きで、もっと好きなのは緑茶。でも一番好きなのはコーヒーだったりする。王国にはハーブティーと紅茶しかないけど。
そんな王国のお茶事情の中で僕に出来ることなんて、美味しい紅茶の研究をすることだけ。
「ストレートで飲める紅茶なんて、前世以来だ……さすが茶狂い」
「茶狂い言うな」
「でも美味いぞ。狂ってなきゃこんなに研究しないだろう?」
「ハッキリ言うけど、僕はお茶が嫌いなんだ。でもお茶会は貴族の嗜みで、政治の道具でもあるから飲まなきゃいけない。――なら、少しでも飲めるものにするしかないだろう?」
「それでこの域に行くんだから、充分に茶狂いだろ」
茶狂いじゃなくて茶嫌いなんですー。
「ふんっ。そんなことを言うエドワード君には、お菓子を出さないぞ」
お茶は嫌いだけど、お菓子は大好きだったりします。
特に好きなのはクリーム系。カスタードよりも生クリームのが好き。ただ王国の甘味はバランスを気にしない。甘ければ良い、に近いところがある。ヒドい時には生クリームなのに砂糖でジャリジャリすることがある。
砂糖を振りかけるんじゃない!! と怒鳴りたくなる。
「待て、謝るから菓子なしはやめてくれ! 貴族用の菓子を食う機会なんてそうそうないんだぞ!!」
「なら黙ってろ」
並べられた皿には、クリームのクの字もない。
きつね色に焼かれたパイ生地の中身は旬のリンゴ。甘く煮たリンゴのコンポートと、パイ生地に合うように煮詰めたリンゴのジャム。
まさしくリンゴ尽くしのパイである。
「はあ、この一口のために生きている」
過言だろうと言われたとしても、そんなことないと反論する。
鍛錬という名目で死ぬ寸前までイジメられる毎日。乗りたくないのに無理やり詰め込まれる馬車という名の暴力。人間関係に端を発する面倒なしがらみ。
酒を飲まなきゃやってられないけど、僕は酒が嫌いだ。
となると、ストレスは食べて発散するしかない。甘味に逃げるしかないのだ。
「なあ、菓子屋とか喫茶店に手を広げる気ないか? 出資するぞ」
「品質を保つのが面倒くさいし、飲食店は利益が出ないからヤダ」
「一店舗ならそうかもしれないけど、複数店舗を出せば利益も出るしブランド構築もできるぞ」
「複数店舗なんてなおさらにヤダよ。味だけじゃなくて接客や仕入れルートの構築、採算が取れる場所の選定がある。それをクリアしたとしてもだ、貴族やライバル店がヤクザ者を使った嫌がらせするかもしれないし、それ対策の防衛とか根回しを考えたら割に合わない」
既得権益握ってる連中ってのは怖いんだ。
守るためならどんな手段も使ってくるし、使えるだけの力がある。暴力的な物だけじゃなくて、法律なんかも含めた権力的な力もだ。
対して僕が持ってるのは、次期エルピネクト子爵と、現エルピネクト男爵の肩書だけ。
宮廷へのパイプなんてないに等しいから、対策なんて暴力的なものしかできない。その手間をかけてまで店をやりたいかと問われれば、絶対にやらないと答えるのが僕だ。
「考えすぎって言いきれねえけど、……とりあえずお前が過激なヤツってのは分かった」
「僕程度を過激とはなんだ。世の中にはね、想像を絶するバカってのがごまんといて、こっちが想定した最悪の斜め上や三段階くらい悪化した行動をするんだぞ。最大限過激な想定をするのは当たり前だ」
具体例は、マリアベル姉上。
一応、目の前のエドワード君もその部類。
「そりゃそうだけど……もったいねえ」
「まあまあまあ、セーちゃんのお菓子が食べられないのは残念だけど、仕方ないわ。お菓子やお茶なんかよりも重要な、やらなきゃいけないことがあるんだもの」
「なんかとはヒドイ言い草だな駄姉。リンゴのパイを取り上げられたいのか?」
「もう食べちゃったから無理よ」
行儀悪く手づかみで、残った分を全部口に入れた。
「それに、話を聞いたらセーちゃんだってなんかって言うわ」
……なんだろう。
言ってみろって言いたいけど、駄姉に喋らせるなって本能が語り掛けてくる。
「言わなくていい、聞きたくない……」
半々ぐらいのせめぎ合いだったけど、本能に従うことにした。
きっとろくでもないことを言う。
「その反応、やっぱり知ってるのね。王都で吸血鬼が動いてるって」
「聞こえない聞こえない聞コエナイキコエナ――イッッッ!!」
目を閉じて耳を塞いでテーブルの下に潜り込む。
それってクラーラ母上の言ってたアレでしょ? 父上が動くレベルのお話でしょ? そんな話するんじゃねえよバカ野郎!!
「おいラヴィ! それは機密――」
「聞く前からセーちゃんは知ってたみたいだから問題ないわ。多分、実家に戻った時にママに聞いたんでしょ。マリア姉様は絶対に言わないから」
「聞コエナイ聞コエナイ聞コエナイ聞コエナイ」
その通りだけよコンチクショウ!
でも絶対に認めてやらない。力押しの幻獣よりも面倒な輩な相手なんてするわけない!
「……知ってそうな反応だけど、これは使えないぞ」
「それに、……エルピネクト家の次期当主様よね? 危険に巻き込むのはさすがに……」
「大丈夫だって。セーちゃん殺しても死なないくらいしぶといから。それに、情報共有しなきゃ逆に危険だし」
誰が、殺しても死なない、だ。
吸血鬼や姉上じゃあるまいし、殺されたら死ぬぞ僕は。
「なあ、フラヴィーナ様。セド様やアンリ達はともかく、あたいが聞いて良い話なのか?」
「カーチェちゃんが他の人に喋らないなら大丈夫よ。エー君とやり合うための場に呼ぶくらい、信頼されてるもの。それに、アンリちゃん達が入れない場所でも一緒にいられるでしょ。もしもの時に虚をつかれないためにも、知らないとダメ」
「分かりました。――セド様、諦めて出てこい。これ無理だ」
「…………………………わかった」
もぞもぞと、テーブルの下から這い出る。
「見事に尻に敷かれてるわね」
「知るか黙れ駄姉。くだらない話はさっさと終わらせろバカ」
頭を軽く払うが、埃は落ちない。
綺麗にお掃除をしている証拠です。
「まったく、口が悪いわね」
「ここまで悪いのは駄姉相手くらいだ」
「まあまあまあ、自覚がないので。でもいいわ。弟のヤンチャくらい多めに見てあげる」
熱いお茶が入ったポットを投げなかった僕の忍耐を褒めて欲しい。
「――さて、吸血鬼の話だけど」
ようやく始まったか、とカップを手に取り。
「実はよく知らないのよ――っとぉ! 何するのいきなり!!」
「黙れ駄姉!! 厄介ごと吹っ掛けて知らないとはなんだコラぁぁぁあああ!!」
カップを顔面に向けて投げつけた。
駄姉は生意気なことに躱しやがりましたが、忌々しい。ちなみに投げたカップは壁にぶつかる前にアンリがキャッチしたので被害なし。
「仕方ないのよ! ソリティア母様が呪詛までかけた遺灰がどっかに消えたってことしか分かってないんだから!!」
「最初からそう言えというかカップを投げるな! いくらすると思ってるんだ!!」
「セーちゃんに言われたくないわ!!」
ここから先のことだが、特筆すべきことは何もない。
僕と駄姉が取っ組み合いの殴り合いを始め、アンリとトリムとネリーが三人がかりで僕をKOしたってだけの話だから。
ちなみに駄姉はエドワード君とシルディーヌさんに折檻されていた。
ざまあ見ろ。