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 ついに、昼食会の日がやってきた。

 準備は万端……ではあるけど、瑕疵がある。そう、料理だ。肝心の料理を作ったのが、この僕という点だ。アンリ達には料理以外にも準備するものがある。対して僕は、料理くらいしかやれることはない。

 もちろん、全体のコンセプトとかそういったものは僕が選んだ。

 でも実務面は、あんまり優秀じゃないんだよ。それこそ料理くらいしか出来ない。まあ、久々に思いっきり料理できたから楽しかったけど。張り切りすぎて昼食会じゃなくて晩餐会で出せって言われるくらいの豪華さになった。

 ……問題は、完成度が低いことだ。

 全てがお客様に出せるギリギリの八〇点台となれば、不安も残る。可能ならトカゲ顔の料理長に任せたいところだけど、居ないものは仕方ない。


「……なあ、本気でコレで出迎えなきゃだめなのか?」


 カーチェが不満そうなので、改めて服装をチェックする。

 僕の服は、黒を基調とした物。所々に蝶の意匠が施された特注品。体型に目を背ければ、貴族として恥ずかしくない格式高い物。

 カーチェの方は、文句なしに愛らしい。

 薄い黄色のドレスは清楚さを前面に出しているし、スカートもフワリと広がっている。フリルも控えめにあしらわれているから、本当にお人形みたい。

 黙っていれば、だけど。


「心配しなくても似合ってるよ」


「……こういうフリルとか、苦手なんだよ」


「苦手でも何でも、似合ってるから問題ないよ」


 というか、着てもらわないと困る。

 今日のために買ったものだし、他のドレスがないらしいし。


「お客様がいらっしゃいました、準備を」


 アンリの一言で、僕もカーチェも頭を切り替える。

 愚痴ぐちと文句を言いつつも、瞬時に切り替えられるのはさすがだ。まあ、これが出来ない相手をパートナーに選ぶなんて出来ないけど。


「よく来てくれた、黒剣殿。歓迎す……る……」


 ここにいるはずのない人影が、目に入った。

 でもきっと気のせいだ。気のせいってことにしよう。


「なんだ、学生服じゃいけないと言う気か?」


「……いや別に。叙勲が三年前だっていうのに、礼服の一つも持ってないのかと嫌味を言おうと思ったけど……どうせアレでしょ。僕ごときの昼食会なんて礼服を着る必要がないっていう、外交的なアピールでしょ。大丈夫だいじょうぶ、分かってるから。三年経っても礼服の一つも買う知恵もないとか思ってないから」


 おっといけない。

 ついつい口が滑って余計なことを言ってしまった。

 カーチェは阿呆を見るような目で僕を見るし、黒剣君は額に青筋が浮かんでいる。さすがにどころでなく、かなりヤバいな。


「そう言えば、互いに名乗っていませんでしたね。ちょうどいい機会ですので、ここで名乗り合いましょうか」


 必死で考えたリカバーがこれだ。

 主導権を握るための罵倒など、貴族間では日常茶飯事。有無を言わさずに次に繋げてしまえば、戦術の一環と捉えてくれる……はず。


「先日は言葉が過ぎたようで、容赦いただければと思う、黒剣の騎士殿。我が名はセドリック・フォン・エルピネクト。現エルピネクト子爵、ケイオスが第三一子一一男にして、魔剣グロリアと男爵位を継承せし者。どうぞお見知りおきを」


 王族の前でも通用する礼儀作法に加え、公表していない二つのカード。

 グロリアと男爵位の継承は、政治的に大きな意味を持つ。つまり死ぬような事態にならない限り、僕は次代の子爵様だって言っているのと同義なのだ。いくら元冒険者の騎士といえど、この情報は無視できないはず。

 誰と険悪になりかけているのかを、改めて思い知れ。


「……こちらこそ、先日の無礼を容赦いただきたく思う、男爵殿。我が名は、エドワード・ド・シュバリエ。三年前、国王陛下より騎士爵を賜り王立学校への入学を許された。冒険者出故、礼儀に欠ける部分は多数あるが、ご教授いただけば幸いだ」


 あれ、おかしいぞ。

 驚きが全くない。まるで最初から知っていたような……ああ、なるほど。

 そういえば、知っているのがエドワード君の側にいるな。見なかったことにしたいのに、させてくれない人が。

 っていうか、その目をやめろ。

 出来の悪い弟――もとい、問題児が更生したした姿を見るような、生暖かい目をするな。


「さて、ここで一つ提案をしたい。残りの自己紹介の前に、席に案内してもいいかな? さすがに玄関ホールでするには、落ち着かないと思うが」


「そうだな、落ち着いた席であれば、問題も起こりづらいだろう」


 よしよし、いいぞエドワード君。

 どこぞのバカ二人よりも話が分かるじゃないか。

 これで移動する間、考えることが出来る。


「……まあ、セド様。あれって……」


「聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない見てない見てない見てない見えるはずがないだっているはずがないんだもんいないものは見えないんだよ」


「……別に、あたいはどうでもいいけど、現実逃避しても意味ないぞ」


 とても小さな声で行った作戦会議は、とても短い時間で終わった。

 そう、ただの見間違いなのだ。だから問題ない。


「んじゃ、ホスト側ってことで、あたいから始めさせてもらう。名前はカーチェ・フランベル。しがないど田舎出身の貴族令嬢だ。セド様の婚約者候補ってことで、ここにいる。学校じゃ武官科一年――」


 全員が席に座り、お茶が配られるとカーチェが自己紹介を始めた。

 何度も言っているが、カーチェは黙ってればお人形のようだ。逆を言うと、喋るとお人形感が霧散する。

 だからか、エドワード君ともう一人が目を丸くする。

 ギャップが大きいからだろう。


「どうしたんだい、二人とも。カーチェに何か言いたいことがあるのかな?」


 マウントを取るべく牽制すると、カーチェに脛を蹴られた。

 とても痛いです。


「……な、ないようだね。じゃあ、次はエルフのお嬢さん、どうぞ」


 脛から伝わるジンジンとした痛みに耐えて、促した。

 こっちから指定しないと、ここにいるはずのない人が反応しそうだったから。


「ま、魔法科二年、ジルディーヌ……です。専攻は、精霊魔法。どうぞ、ジョゼとお呼びください」


 顔を赤くしながら何度も頭を下げて、席に座る。

 声が小さい上に早口で、最後のジョゼ以外ほとんど聞き取れなかった。再度聞くのもアレなので、エドワード君に視線をスライドさせる。


「ジョゼは、人見知りが激しくてな。できれば多めに見て欲しい」


「人見知りなら、仕方ないですね。――全員の自己紹介も終わったことですし、昼食会を始めるとしましょうか」


「あ、まだラヴィが――」


「聞こえない聞こえない聞コエナーイ!」


「ガキみたいなことをすんな!!」


 っていうか、自己紹介ってのは知らない人同士がするものだ。

 全員がソレのことは知ってるんだからしなくていいんです!!


「まあまあまあ、幻獣を討伐して少しは成長したと思ったけど、まだまだ子どもなのね」


 ついに、ついに幻聴まで聞こえてきた。

 疲れてるのかな、僕。


「聞コエナーイ、聞コエナーイ、ナンニモ聞コエナーイ」


「まあまあまあ、仕方がないわね本当に。カーチェちゃん、ちょっとエイッて、気付けをしてあげて」


「気は進みませんが……話が進まないので仕方ないですね。――エイッ」


「ニャフン――ッ!」


 よく分からない、理解したくない衝撃が脳髄を駆け巡った。


「な、何をするのカーチェ!」


「いい加減、現実を見ろ。逃避したって変わんねえぞ」


「……しちゃ、ダメ?」


「断言するけど、しても無駄だぞ」


 そっか、しても無駄なのか。

 ……どちくしょう。


「セーちゃんも正気に戻ったようですし、自己紹介をしましょうか。エー君やジョゼちゃんにもしていない、本当の自己紹介を」


 意識して視界に入れないようにしていた、最後の一人がその場に立った。


「エルピネクト子爵、ケイオスが第二七子一八女、フラヴィーナ・エルピネクト。雨と嵐の女神プリュエール様の神官にして、司祭の位階を至り者。どうぞ皆様、よろしくお願いいたします」


 夏期休暇中でもエルピネクトに戻らず、寮に引き籠っているはずの姉が、そこにいた。

 ホント、見なかったことにできないのかな……。

 無理だって、分かってるんだけどね……。

 ……どちくしょう。

出す機会のなかった姉をようやく出せました。

学校にいる姉兄は、彼女で最後になります。

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