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 馬車が止まると、御者台と内部を繋ぐ小窓がノックされる。


「店に到着しましたが、小一時間くらい回り道しますか?」


「いや、そんな気遣い……いらないから。普通に……叩きだすから」


「そうですかい? 別に、俺の目は気にしないで良いですよ。人目が全くない場所も知ってますから、なんなら小一時間と言わず、一晩中でも」


「……ネリー、早く出るよ。カーチェもいい加減……覚悟を決めて」


 男のたわごとに付き合ってるヒマなどない。

 のそのそと起き上がって、ゆっくりと馬車を出る。外にはげんなりと目を腐らせたカーチェが待っていた。ネリーがいないが、兄上を呼ぶために一足早く店に入っているためだ。


「……なあ、本当にこの店で買うのか。別の店じゃダメなのか?」


「王都で無理を聞いてくれる店……他に知らないから。カーチェも……同じでしょ」


「まあ、領内で全部済むからな」


 領地貴族にとって、領内で全てをそろえるのは当然の感覚だ。

 エルピネクトみたいな大貴族でもない限り、領地に引き籠っても問題ないからね。学校に通ってる時でも、必要な物を領地から送ってもらえば済むし、緊急で必要になることなんて滅多にないから問題も起こらない。

 今回だって、僕のワガママがなければ急に必要になることもなかったから。


「あと、一度くらい顔を見せろって兄上に言われてるから……ちょうどいいかなって」


「人を生贄にするんじゃねえよ……!」


「生贄だなんて大げさだな。ネリーとバージル兄上が寄ってたかって着せ替え人形にするだけだから。大丈夫だいじょうぶ」


 とりあえず、曖昧な笑みを浮かべて誤魔化す。

 カーチェの顔がさらにイヤそうに歪むが、店からネリーが出てきた。


「若様、カーチェ様。バージル様がいらっしゃいましたので、早く入りましょう」


「兄上は忙しいから、待たせるのも悪いよね。カーチェもいい加減、腹をくくろう」


「……そうだな、気は進まねえけど、悪あがきするのも無駄だし」


 まだまだ抵抗しそうな感じなので、手を差し出す。

 するとカーチェは、おずおずと手を握り返した。小刻みに震えているのは、緊張や嫌悪ではなく、恐怖かな?

 何を恐れているかは分からないけど、入らないわけにはいかないから無視しよう。


「お久しぶりです、バージル兄上。儲かってますか?」


 兄に対する挨拶としてはどうかと思うが、商人なので仕方なし。

 ここで元気でしたって言っても「元気に決まってるじゃない」と返されるだけだし。


「あら~、本当に久しぶりね。もちろん儲かってるわよ! セドリックじゃなかったら、急ぎの仕事なんて断ってるくらいにね~」


 このクネクネしながら女言葉を話すのが、エルピネクト家の九子三男、僕の兄である。

 ちなみにガタイはスゴク良い。一〇人いる兄たちの中で一番にガタイが良い。この世界にアメフトや相撲があったら、トップ選手になれるだろうってくらい、ガタイが良い。


「儲かってるなら良かったです。いくら急ぎだからって、流行から外れたり、ダメダメな駄作をカーチェに着させるわけにはいきませんから」


「あ~ら~、言ってくれるじゃな~いの。いいわ~。カーチェちゃんを輝かせるような、すっごい物を出してア・ゲ・ル」


 もう一度言う、兄です。

 姉兄随一の服のセンスが高じて、王都に店を開いちゃったけど、兄です。

 ガタイが良い兄上です。


「それは心強いです。――さ、カーチェ。遠慮なんてしなくていいからね」


「……おう」


 カーチェが、なぜかガタガタと震えている。

 そんなに着せ替え人形にされるのがイヤなんだろうか?


「僕のワガママでこんなことをさせて悪いと思うけど、カーチェ以外にはこんなことを頼めないんだ。これが終わったら、美味しいお茶とお菓子を出す店に案内するから」


「…………足りない」


「うっ、じゃあ」


「セド様が淹れたお茶と、セド様が作ったお菓子も追加しろ。店とは別に」


「分かった。頑張って美味しいのを用意するよ」


 僕との約束が終わると、カーチェは店の奥へと引きずられていった。

 ちなみに、引きずったのはネリーです。さすがの兄上も、自分が女の子であるカーチェを引きずるのは不味いと思ったんだろう。


(さて、待ってる間に昼食会のメニューを考えようか)


 いつも持ち歩いてるシステム手帳バイブルサイズと万年筆を取り出して、家にある食材や王都で準備できる調味料、それに予算を書き出していく。


(メインの食材は、やっぱりウサギだよな。うちの鯉なら臭みがないけど、好感度マイナスの相手に出すなんてケンカを売るのと同義だ。少量だけど醤油もあるし、料理長からレシピももらってる。なら、ウサギのロワイヤル風以外の選択肢はなし)


 鯉のパイ包み焼きの一文に二重線を引く。


(メインに合わせるから、前菜やスープはある程度絞られるけど……)


 絞ったところで、選択肢は二〇を越えるのだ。

 ここからさらに絞り込むには、相手の趣味嗜好を知らなければいけない。でも残念ながら、僕は黒剣さんのことを何一つ知らない。


(知らないなら、知ってそうな人に聞くしかないな)


 僕は万年筆のキャップを締め、システム手帳のペンホルダーにしまう。

 店員に断りを入れたうえで外に出て、我が家の馬車が停まる広場に向かった。


「まだまだかかりそうですけど、仕事中にお酒なんて飲んでないですよね?」


「いやー、セドリック様は冗談キツイですね。エルピネクト家に雇われる前だって、そんな信用なくすようなことはしませんよ」


「おやそうですか。煙とか薬に手を出していないので、酒かなと」


「こう見えて下戸ですからね。飲むにしても、味と雰囲気重視です。あと煙は心肺能力が低下して仕事に支障がでますし、薬に至っては論外ってもんです」


「……ごめんなさい。偏見で物を言いました」


 僕の冒険者のイメージって、基本的にアウトロー。

 一歩間違えれば山賊や強盗になるし、秩序があったとしてもヤクザ者のそれ。英雄と呼ばれる人種が存在するのは認めるけど、そんなのは全体の極々一部。〇がいくつも並ぶ程度しかいないと思っている。

 ちなみに、父上はヤクザよりだと思っています。


「ははは、別にいいですよ。七割方はセドリック様の偏見通りですから」


「それはそれで問題では……?」


 冒険者ジョークだと思いたいです。


「挨拶はここまでにして、何の用ですかね?」


「知ってたら教えて欲しい程度なんだけど、《黒剣》って二つ名の元冒険者現騎士についての情報って知らない? 具体的には趣味嗜好、特に食べ物関連」


「エドワードのか? 三年前のでいいなら知ってるぞ」


「知ってるの!?」


 まじかー、ダメもとで聞いたんだけど、嬉しい誤算。

 とりあえず万年筆のキャップを軸に差し、システム手帳を開いてメモの準備。


「三ヶ月だけだが、同じパーティーメンバーだったからな。アイツはすぐに上に行っちまったが、そこそこは楽しんでくれたんじゃないかな」


「あー、神聖魔法の使い手がいれば、バランス良さそうでしたね」


 歪なバランスだったって印象だけはある。

 それ以外は全く覚えてないけど。


「全くだよ。けど、実力以外の面でも持て余してたからな。出てったのも当然だし、双方納得してのことだったよ」


「その持て余したってのは、趣味嗜好の部分ですか?」


「ああ、ハッキリと言うが、アイツは相当なグルメだ」


 おっと、予想以上に有益な証言が出てきた。

 これは追及しなければ。


「相当なってのは、当時の目から見て? それとも、第四位冒険者から見て?」


「セドリック様の美食家っぷりと比べてって意味です。もちろん、セドリック様の方が規模も実績も舌も全部上ですよ。でも、貴族の中でも美食家として上位にいるセドリック様と、比べ物になるってのは、冒険者としては相当だと思いませんか?」


「なるほどなるほど、僕と比べられる程っと」


 とても貴重な情報なんだけど、コイツどうやって生きてきたんだ?

 冒険者の食生活なんて、量重視で質は低いのに。


「ちなみに、具体的には何食べてたの?」


「冒険者は身体が資本だから、何でも食べてたぞ。ゲテモノだろうと食用ギリギリのヤバいヤツも。ただ、調味料や香辛料は常備してたな。なけなしの報酬をそっちに注ぎ込んでたし。野営の時は必ず調理係を買って出たほどだ」


「――ふむ、報酬を注ぎ込むほどか。なら、本気で行かないとダメだな」


 昼食会の内容は決まった。

 システム手帳をしまって、僕は店に戻った。


気が付けば、初投稿から一年が経過。

見切り発車でスタートした割に、続くもんだな。

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[一言] 一周年おめでとうございます。 応援しています!
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