0088
馬車が止まると、御者台と内部を繋ぐ小窓がノックされる。
「店に到着しましたが、小一時間くらい回り道しますか?」
「いや、そんな気遣い……いらないから。普通に……叩きだすから」
「そうですかい? 別に、俺の目は気にしないで良いですよ。人目が全くない場所も知ってますから、なんなら小一時間と言わず、一晩中でも」
「……ネリー、早く出るよ。カーチェもいい加減……覚悟を決めて」
男のたわごとに付き合ってるヒマなどない。
のそのそと起き上がって、ゆっくりと馬車を出る。外にはげんなりと目を腐らせたカーチェが待っていた。ネリーがいないが、兄上を呼ぶために一足早く店に入っているためだ。
「……なあ、本当にこの店で買うのか。別の店じゃダメなのか?」
「王都で無理を聞いてくれる店……他に知らないから。カーチェも……同じでしょ」
「まあ、領内で全部済むからな」
領地貴族にとって、領内で全てをそろえるのは当然の感覚だ。
エルピネクトみたいな大貴族でもない限り、領地に引き籠っても問題ないからね。学校に通ってる時でも、必要な物を領地から送ってもらえば済むし、緊急で必要になることなんて滅多にないから問題も起こらない。
今回だって、僕のワガママがなければ急に必要になることもなかったから。
「あと、一度くらい顔を見せろって兄上に言われてるから……ちょうどいいかなって」
「人を生贄にするんじゃねえよ……!」
「生贄だなんて大げさだな。ネリーとバージル兄上が寄ってたかって着せ替え人形にするだけだから。大丈夫だいじょうぶ」
とりあえず、曖昧な笑みを浮かべて誤魔化す。
カーチェの顔がさらにイヤそうに歪むが、店からネリーが出てきた。
「若様、カーチェ様。バージル様がいらっしゃいましたので、早く入りましょう」
「兄上は忙しいから、待たせるのも悪いよね。カーチェもいい加減、腹をくくろう」
「……そうだな、気は進まねえけど、悪あがきするのも無駄だし」
まだまだ抵抗しそうな感じなので、手を差し出す。
するとカーチェは、おずおずと手を握り返した。小刻みに震えているのは、緊張や嫌悪ではなく、恐怖かな?
何を恐れているかは分からないけど、入らないわけにはいかないから無視しよう。
「お久しぶりです、バージル兄上。儲かってますか?」
兄に対する挨拶としてはどうかと思うが、商人なので仕方なし。
ここで元気でしたって言っても「元気に決まってるじゃない」と返されるだけだし。
「あら~、本当に久しぶりね。もちろん儲かってるわよ! セドリックじゃなかったら、急ぎの仕事なんて断ってるくらいにね~」
このクネクネしながら女言葉を話すのが、エルピネクト家の九子三男、僕の兄である。
ちなみにガタイはスゴク良い。一〇人いる兄たちの中で一番にガタイが良い。この世界にアメフトや相撲があったら、トップ選手になれるだろうってくらい、ガタイが良い。
「儲かってるなら良かったです。いくら急ぎだからって、流行から外れたり、ダメダメな駄作をカーチェに着させるわけにはいきませんから」
「あ~ら~、言ってくれるじゃな~いの。いいわ~。カーチェちゃんを輝かせるような、すっごい物を出してア・ゲ・ル」
もう一度言う、兄です。
姉兄随一の服のセンスが高じて、王都に店を開いちゃったけど、兄です。
ガタイが良い兄上です。
「それは心強いです。――さ、カーチェ。遠慮なんてしなくていいからね」
「……おう」
カーチェが、なぜかガタガタと震えている。
そんなに着せ替え人形にされるのがイヤなんだろうか?
「僕のワガママでこんなことをさせて悪いと思うけど、カーチェ以外にはこんなことを頼めないんだ。これが終わったら、美味しいお茶とお菓子を出す店に案内するから」
「…………足りない」
「うっ、じゃあ」
「セド様が淹れたお茶と、セド様が作ったお菓子も追加しろ。店とは別に」
「分かった。頑張って美味しいのを用意するよ」
僕との約束が終わると、カーチェは店の奥へと引きずられていった。
ちなみに、引きずったのはネリーです。さすがの兄上も、自分が女の子であるカーチェを引きずるのは不味いと思ったんだろう。
(さて、待ってる間に昼食会のメニューを考えようか)
いつも持ち歩いてるシステム手帳と万年筆を取り出して、家にある食材や王都で準備できる調味料、それに予算を書き出していく。
(メインの食材は、やっぱりウサギだよな。うちの鯉なら臭みがないけど、好感度マイナスの相手に出すなんてケンカを売るのと同義だ。少量だけど醤油もあるし、料理長からレシピももらってる。なら、ウサギのロワイヤル風以外の選択肢はなし)
鯉のパイ包み焼きの一文に二重線を引く。
(メインに合わせるから、前菜やスープはある程度絞られるけど……)
絞ったところで、選択肢は二〇を越えるのだ。
ここからさらに絞り込むには、相手の趣味嗜好を知らなければいけない。でも残念ながら、僕は黒剣さんのことを何一つ知らない。
(知らないなら、知ってそうな人に聞くしかないな)
僕は万年筆のキャップを締め、システム手帳のペンホルダーにしまう。
店員に断りを入れたうえで外に出て、我が家の馬車が停まる広場に向かった。
「まだまだかかりそうですけど、仕事中にお酒なんて飲んでないですよね?」
「いやー、セドリック様は冗談キツイですね。エルピネクト家に雇われる前だって、そんな信用なくすようなことはしませんよ」
「おやそうですか。煙とか薬に手を出していないので、酒かなと」
「こう見えて下戸ですからね。飲むにしても、味と雰囲気重視です。あと煙は心肺能力が低下して仕事に支障がでますし、薬に至っては論外ってもんです」
「……ごめんなさい。偏見で物を言いました」
僕の冒険者のイメージって、基本的にアウトロー。
一歩間違えれば山賊や強盗になるし、秩序があったとしてもヤクザ者のそれ。英雄と呼ばれる人種が存在するのは認めるけど、そんなのは全体の極々一部。〇がいくつも並ぶ程度しかいないと思っている。
ちなみに、父上はヤクザよりだと思っています。
「ははは、別にいいですよ。七割方はセドリック様の偏見通りですから」
「それはそれで問題では……?」
冒険者ジョークだと思いたいです。
「挨拶はここまでにして、何の用ですかね?」
「知ってたら教えて欲しい程度なんだけど、《黒剣》って二つ名の元冒険者現騎士についての情報って知らない? 具体的には趣味嗜好、特に食べ物関連」
「エドワードのか? 三年前のでいいなら知ってるぞ」
「知ってるの!?」
まじかー、ダメもとで聞いたんだけど、嬉しい誤算。
とりあえず万年筆のキャップを軸に差し、システム手帳を開いてメモの準備。
「三ヶ月だけだが、同じパーティーメンバーだったからな。アイツはすぐに上に行っちまったが、そこそこは楽しんでくれたんじゃないかな」
「あー、神聖魔法の使い手がいれば、バランス良さそうでしたね」
歪なバランスだったって印象だけはある。
それ以外は全く覚えてないけど。
「全くだよ。けど、実力以外の面でも持て余してたからな。出てったのも当然だし、双方納得してのことだったよ」
「その持て余したってのは、趣味嗜好の部分ですか?」
「ああ、ハッキリと言うが、アイツは相当なグルメだ」
おっと、予想以上に有益な証言が出てきた。
これは追及しなければ。
「相当なってのは、当時の目から見て? それとも、第四位冒険者から見て?」
「セドリック様の美食家っぷりと比べてって意味です。もちろん、セドリック様の方が規模も実績も舌も全部上ですよ。でも、貴族の中でも美食家として上位にいるセドリック様と、比べ物になるってのは、冒険者としては相当だと思いませんか?」
「なるほどなるほど、僕と比べられる程っと」
とても貴重な情報なんだけど、コイツどうやって生きてきたんだ?
冒険者の食生活なんて、量重視で質は低いのに。
「ちなみに、具体的には何食べてたの?」
「冒険者は身体が資本だから、何でも食べてたぞ。ゲテモノだろうと食用ギリギリのヤバいヤツも。ただ、調味料や香辛料は常備してたな。なけなしの報酬をそっちに注ぎ込んでたし。野営の時は必ず調理係を買って出たほどだ」
「――ふむ、報酬を注ぎ込むほどか。なら、本気で行かないとダメだな」
昼食会の内容は決まった。
システム手帳をしまって、僕は店に戻った。
気が付けば、初投稿から一年が経過。
見切り発車でスタートした割に、続くもんだな。