0087
待ちに待った放課後。
僕はカーチェの手を引いて、校門に向かっていた。
「おい、セド様。今日はやけに強引だな……」
「偶の買い物だし、カーチェも一緒だからね。テンションも上がるってものだよ」
カーチェはガサツだけど、外見はお人形さんのように整っている。
仮に日がな一日黙って動かず表情を動かさなければ、ビスクドールと見間違えるだろうくらいには、整っている。美人さんというヤツだ。まあ、山猿のような粗暴さと、取り繕った蛮族特有のにじみ出る粗っぽさで、色々と台無しになってるけどね。
でも、戦士としては強いよ。確か、アンリと打ち合えるレベルだったはず。
「だからって、手を繋ぐ必要は」
「なんとなくだけど、逃げそうな気がして」
なにせ、これからカーチェを着せ替え人形にするのだ。
女の子といえど、根はガサツ。耐えられない可能性は充分にある。
「逃げるならもっと早くに逃げてるよ。だから、手を離して……」
「イヤ?」
「……恥ずかしいっていうか、その……」
頬を赤らめてうつむく姿が、実に愛らしい。
手を離したら見れなくなるって思うと、離したくなくなるな。というか、絶対に離さない。
「恥ずかしいと言われても、さすがに二人っきりじゃないよ?」
「そこは当然だ。セド様に護衛がいないなんてありえねえよ」
「なら、大丈夫でしょ。二人っきりじゃないんだから」
「……んなわけねえだろ。セド様があたいの手を取ってるってことが、恥ずかしいんだよ」
絞り出したようなか細い声が聞こえた。
「昨日だけでも北部の連中には冷やかされるし、アルト様とヴィオラ様はウザい絡み方してくるしで、大変だったんだぞ。それなのに学校で手を繋いでたら、北部生以外からも絡まれるんだよ」
「あの姉上達が相手だと、ご愁傷様としか言えないな」
ヴィオラ姉上とアルト姉上は僕と同じ正室腹の、双子の姉。
ハッキリいってやかましい。片方がしゃべるともう片方もしゃべり出すので、ステレオ的立体感あるやかましさが体験できる。なので絡まれると二倍増しで鬱陶しいのです。
「そういえば、フラヴィーナ姉上には何か言われたの?」
「いや、あの人に関しては入学してから一度も姿も見かけねえ。セド様こそ、見てねえのか? 夏休みにエルピネクトに帰ったんだろう」
「不本意ながら帰ったけど、フラヴィーナ姉上だけは王都に残ったみたいでね」
エルピネクト家の二七子、一八女、フラヴィーナ・エルピネクト。
クラーラ母上の娘で、ハルトマン兄上と同じ魔法科三年。母上と同じくプリュエール神の神官で、神聖魔法の使い手。三一人姉兄の中ではもっとも敬虔な神官なんだけど、実は三年ばかり顔を見ていない。
ドワーフだから、外見はそう変わってないと思うんだけどね。
「噂のうの字も聞かないから、ちょっと心配してる」
「心配する気持ちは分かるけど、別に大丈夫だろう。山や荒野でも生活できる人って話だし、悪漢程度なら軽くいなせるらしいし」
「そっち方面の心配はしてないよ。ただ、あの姉上はバカだから……」
政治的背景とか考えずに、感情で行動を決定しちゃう系のバカだから。
で、行動も基本、蛮族的に突貫しちゃう系のバカだから。
「……主家のご令嬢に対する評価は、あたいからはできないな」
「僕も身内にこんなこと言いたくないから、――よし。この話はここまでにしよう」
三一人もいると、ぶっ飛んだのが何人も出てくるから仕方ない。
「おお、そうだな。校門にも着いたしな」
校門には数台の馬車が止まっているが、うちの馬車はすぐに分かる。
なんせ魔巧機械の馬だから。金属製の馬だから。遠くからでも良く分かる。
「若様、カーチェ様、お待ちしておりました~」
「お疲れ様。昨日急に頼んじゃってゴメンね」
「いえいえ~、むしろご褒美ですよ。なにせカーチェ様を着せ替え人形にして遊べるんですから~。アンリちゃんとトリムちゃんには悪いですが、今日は思いっきり遊ぶ予定です」
「……なあ、本人の前で遊ぶとか言うのやめろよ」
全くその通りなので、ちょっと手を強めに握ろう。
逃げられたらとても困る。
「おやおや~、随分と仲が良いですね~。これはもしや、お持ち帰りですか~」
「さすがにないよ。ドレスを買ったらちゃんと寮に送り届けるから」
「そうですか、残念です」
本気で残念がってるネリーにちょっと戦慄を覚える。
この子は僕をどうしたいんだよ。
「では、そろそろ馬車にどうぞ。ドレス選びは時間がかかりますからね~」
というススメに従い、カーチェの手を引きながら乗り込む。
馬車が走り出すと、すぐに気分が悪くなるので備え付けの枕に頭を沈めた。カーチェに膝枕をしてもらう選択肢もあったけど、お持ち帰りしたい衝動が膨れ上がりそうなので、今回はなしで。
「なあ、ネリー。なんで、こっちにいるんだ?」
「そりゃ、御者が別にいるからですよ?」
「……どっちが来てんだ?」
カーチェの言うどっちってのは、アンリとトリムのことかな?
「新しく雇った人ですよ」
「そりゃ、珍しいな。エルピネクトからの派遣か?」
「いえ、若様が直接雇った方です」
ネリーがそう答えると「えっ?」と目を丸くしたカーチェが僕を見る。
なんだい、その意外そうな目は。僕だって仕事できるし、仕事をしてるんだぞ。姉上の許可があるものって制限はあるけど、採用だって出来るんだぞ。
「……リー……説、明……」
いつものごとくダウン中なので、説明をネリーに頼む。
「カーチェ様も、若様が幻獣討伐したことは知っていますよね? その時に、若様が助けた冒険者パーティーがいましてね。パーティー名は《緑の風》って言うんですが、聞いたことはありますか?」
「確か、第四位の冒険者だよな。東部を中心に活動してて、最近になって北部に来たって話題になったから覚えてる」
「ことが終わった後にその方々が仕官に来て、若様が面接をしたんです。で、その時に雇ったお一人が、王都に送られてきたんですよ」
証拠として、姉上からの手紙も一緒に持ってきたな。
内容は「お前が雇ったんだから、お前が使え」って。一ヶ月で最低限の教育をした姉上がすごいのか、身に着けた彼がすごいのかは分からない。
「……いいのか、第四位を御者に使って」
「御者以上となると、専門知識が必要なので。とりあえずって感じですよ~」
実を言うと、王都の屋敷ってネリー達三人で回せてるんだよね。
ヴィクトリア姉上が作ったメイドゴーレムが優秀なのです。姉上はまだ帰ってきてないけど、マナを補充すれば問題ないという高性能で、売りに出したら大儲けできそう。
弱点は、マナの消費がメチャクチャ激しいってことくらいだね。
「納得してるんなら、別にいいけどさ」
一番納得してないのは、カーチェだろうな。
僕もどうかと思うんだけど、忠誠心はそこそこ高いし、即座に裏切らないだろうって信用はあるから任せてる。
「そういや、どの店に行くのか聞いてないんだけど」
「バージル様のお店ですよ~」
カーチェの顔から、能面のように感情が抜け落ちた。
「……バージル様ってのは、セド様のお兄様のことか?」
「はい。第九子、三男の、バージル・エルピネクト様のことですよ」
「――帰るっっ!!」
馬車のドアに突撃しようとしたカーチェだが、すぐさまネリーに取り押さえられた。
「だめですよ~、ドレスを作るまで逃がしませんから」
「別にドレスがイヤだって言ってんじゃない。バージル様の店に行くのがイヤだっていってんだ!!」
ネリーが「どうします?」って目で問いかけてきた。
気持ちは分かるけど、選択肢が他にないから仕方ない。今回みたいな無理な注文に対応してくれるなんて、身内くらいだもん。
「…………変更、なし」
「だそうですので、諦めてくださいね~」
あ、ネリーが魔術まで使って拘束し出した。
ちょっと可哀想な気がするけど、逃げられたら困るからこのままでいこう。あとでカーチェから何言われるか怖いけど、心を鬼にする場面なので、覚悟だけはしましょう。