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0086 カーチェ

「ばっ――――かじゃねえのっ!!」


 本当はこのバカにバカなんて言いたくないんだよ。

 言っても無駄なくらいバカな上、このバカはあたいの婚約者候補で北部の次期盟主。気分を害したからなんてバカな理由で処分するような大バカではないけど、何をやらかすか分からないって意味でのバカをやらかす大バカ野郎だから困りもの。

 でも、今回に関しちゃ言うしかなかった。


「なんで《黒剣》にケンカを売るんだよ! いや、百歩譲って売るのは構わない。どうせセド様みたいな大バカ野郎に、ケンカ売るなって言っても無理な話だからな」


「いや、今回はハル兄上がケンカを売れって」


「別に売るなって言ってないんだよバカ。決闘すんなって言ってんだよバカ! 魔剣使って決闘なんて論外なんだよ大バカ野郎!!」


 今回の件でセディの味方はいない。

 いや、セディがバカしでかした時は、基本味方いないか。


「まあ、魔剣に関しては目論見が外れた結果だから、バカって言われても仕方ない」


 殊勝なことを言ってるけど、絶対に分かってない。

 同じ状況に陥ったら絶対に同じことをする。大バカだから間違いなく。


「でも、一つだけ聞きたいことがあるんだけど」


「言い訳じゃなくて質問でいいのか?」


「言い訳しても質問しても殴られる気がするから、質問で良い」


 コイツ、やっぱり反省してないな。

 セディがあたい達の顔役じゃなかったら引っ叩いてるぞ。


「よーし、覚悟があるなら言ってみろ」


「じゃあ遠慮なく聞くけど、《黒剣》って誰?」


「――歯を食いしばれ大バカ野郎!!」


「まてカーチェ、殴るのは不味い!」


「そうだ、やめろ! 相手はセド様だぞ!!」


 引っ叩くどころか拳を握り締めるあたいを、男どもが身体を張って止める。

 鬱陶しいがありがたいな。衝動的に殴ろうとしてるから、自分じゃ止めらんない。でもあたいは女だぞ。男が止めるのはどうかと思う。

 でも一番ムカつくのはセディの態度だ。

 候補なだけで正式な婚約者ではないにしろ、男が群がってんだからそれ相応の反応をしろ!


「落ち着いた?」


「ふー、ふー、ふー、……――ああ、少しはな」


 変な刺激を受けなければ、話しできる程度だけどな。


「じゃあ、《黒剣》さんとやらについて教えて」


 イラっとした。

 こう、ぶくぶくに太った雪だるまが媚売ってきたら、こんな気分になるんだろうな。


「……《黒剣》ってのは、冒険者時代の二つ名だ。柄から切っ先までが炭のように真っ黒な魔剣を所有してることに由来する」


「魔剣が二つ名になるってことは、魔剣の迷宮を突破したの?」


「ああ、吟遊詩人がサーガにする程度には有名な話だぞ」


 魔剣の迷宮とは、魔剣が生み出す奈落領域のことだ。

 迷宮と呼ばれるが形状は様々。オーソドックスな石造りのダンジョンから、吹雪が吹き荒れる雪山とか、溶岩流が流れる地下洞窟だとか、本当に様々。魔剣が多種多様な迷宮を生み出す理由はひとえに、自らに相応しい所有者を探すため。

 強力な魔剣ほど迷宮を生み出しやすく、セド様の持ってるグロリアも強力な迷宮を生み出したって聞いてる。


「じゃあ、騎士に叙勲されたってのはその功績?」


「いや違う。討魔士――クルセイダーとして、東部に巣くってた悪魔を殲滅したんだよ」


「え、東部でそんなことあったの?」


 セド様が、なんでそんな大事を知らないんだ? って顔してるけど、当然だろう。


「言っとくけど、軍勢で襲ってきたわけじゃねえからな。廃棄された砦一つ分ってとこだからな。セド様が知らなくても無理ねえよ」


「それでも充分にスゴイ――って、あれ? 討魔士? 冒険者じゃないの?」


「討魔士になった後に、冒険者になったそうだぞ」


 自称した瞬間になれる冒険者と違い、討魔士を名乗るには厳しい審査がある。

 認定をするのは、討魔の軍神ゲーアノートを奉じる教会。神聖魔法と武術を一定以上修めた戦士にのみ与えられる称号で、教会にとっては切り札の一つ。当然、討魔士の称号を持ってるのに冒険者をやってるヤツなんてのは、奇人変人の部類だ。


「…………ちなみに、どのくらい強いの?」


「まっとうに勝つなら、北部生全員でかかる必要があるな」


「それは、魔剣あり?」


「魔剣はなしで、魔法あり。もちろん、殺しもなしだぞ」


「やばたん……?」


 言語機能がおかしくなったみてえだけど、言いたいことは分かる。

 そうだよ、ヤバいんだよ。政治やカネじゃなくて武力で騎士に叙勲したヤツだぞ。ヤバいに決まってんだろうが。


「マリアベル姉上とだったら、どっちが強いかな……」


「さすがにマリアベル様だよ。《黒剣》は汎用性がずば抜けてるから強いってタイプだからな。ガチガチに守りが堅いヤツとか、触れただけで落ちるほど攻撃力が高いヤツとは相性が悪い」


 この情報は信憑性が高い。

 なんせ、あたい達で《黒剣》をやるにはどうするかって議論した結果だからな。


「そういうタイプか。なら負けないだろうけど、泥沼になりそうだな」


「流れたんだから、決闘する前提で考えるんじゃねえよ」


「保留になっただけだよ。昼食会の結果次第じゃ、泥沼になりかねない」


 やっぱセディは血の気が多いな。

 砦に引き籠った悪魔を殲滅したって聞いたら、普通は委縮するんだけど。


「頼むから、昼食会でケンカを売るなよ?」


「さすがにケンカを売るような食材は出さないよ」


「食材とか調理法じゃなくて、態度の話をしてるんだよあたいは!」


 食べ物に異様な執着を持ってるから、その点は心配してない。

 むしろ本気になってくれた方が、荒事は遠のくと思ってる。


「じゃあ、一緒に出る?」


 ぶくぶくに太った雪だるまが、首を傾げたような表情を見せる。


「……出るって、昼食会にか?」


「うん。《黒剣》さんにも、同伴者を二人まで認めてるから。僕も呼ばないとカッコがつかないし」


「……あたいで、いいのか? 取り繕ってもガサツだぞ」


「カーチェ以外だと、姉上になるからね。どうしてもヤダって言うなら、考えるけど」


「…………出る」


 たまに、こういう不意打ちをしてくるから、困る。

 爵位持ち同士の昼食会で、女を同伴させるって意味、分かってるのかな。


「そっか、受けてくれて助かったよ」


「……セド様一人じゃ、不安だからな」


「どんな理由でもいいよ。カーチェと一緒なら心強いからね」


 心強いとか、言われても困る。

 だいたい、女に言う言葉じゃねえよな。ガサツで男勝りな性格してる自覚はあるけど。


「と、そうだ。カーチェは昼食会で着るアフタヌーンドレスは持ってる?」


「や、持ってないけど……そこまでするのか? 制服でも充分」


「カーチェ、昼食会ってのは政治の場だよ。学生同士の適当なお茶会ならまだしも、敵になるかもしれない騎士が相手だ。下手なことは出来ない」


 ……分かりきってたことだけど、やっぱり血の気が多い。

 あたいを含めて全員引いてるからな。


「……んー、時間はかかるけど、実家から取り寄せるか」


「そこまで時間をかけるわけにはいかないからな。明日、時間ある? ないなら明後日までに作ってほしいんだけど」


「勝手に人の予定を立てるんじゃねえよ。……明日も明後日も空いてるけど」


「じゃあドレスを買いに行こう」


 このバカ野郎は突然何を言い出すんだ?


「ドレスって、さすがに買うカネが……」


「僕の都合で買わせるんだから、僕が買うよ」


「…………え?」


「ああ、大丈夫、気にしないで。子爵家のおカネでも、男爵家のおカネでもないから。ちゃんと僕の一存で動かせる、僕のお小遣いだから」


「……いや、それはそれで」


 もしかしてセディ、外堀を埋めようとしてるのか?

 家じゃなくて自分のカネでドレスを買い与えるって、相当だと。


「明日の授業が終わったら、校門に集合ね。時間がないから出来合いの物を調整する形になるから、その点だけは了承してね」


 そう言い残して、セディは談話室から出ていった。

 ろくに返事も出来なかったあたいに出来たことは、熱くなった顔を両手で覆うことだけだった。


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