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「魔剣――? どうやら、決闘の作法も知らないようだな」


「知っていますよ、そのくらい。知っているからこそ、魔剣なんです」


 手のひらが汗でジトッと濡れる。

 グロリアを収納した腕輪に目がいきそうになるのを抑え、目の前の男に固定する。


「学生同士の決闘は木剣で、騎士同士でも刃潰しした武器でってのが、決闘の基本です。僕も痛いのはイヤなんで、木剣あたりでお茶を濁したいんですけどね」


「なら木剣でいいだろう」


「いやいや、幻獣討伐が本当かどうかを見たいってのが、決闘の理由でしょう。なら、魔剣ありでなければ意味がない。違いますか?」


「……詭弁だ。魔剣がいくら強くとも、担い手が弱くては意味がない。決闘は、担い手の腕を見るためのもの。それを見せるのに魔剣は不要だ」


 正論だな。思わず頷きたくなるような正論だ。

 僕も逆の立場なら同じことを言うけど、違うので絶対に頷いてあげない。


「おやおや、騎士様とあろうものが不勉強なことを言いますね。魔剣を使いこなす能力と、武芸の腕は全くの別物です。なにせ魔剣ってのは、魔法が込められた武器なんですから。強力な魔剣ほど、その運用法は魔法に近くなる。僕の魔剣のようにね」


 グロリアは本当に、剣の形をした杖なんだよね。

 魔剣としては際物の部類だけど、選択肢が多いだけで素直な子。本当に厄介な魔剣ってのは、呪いとか特定の条件下でしか使えないヤツだからね。戦術よりも戦略性が求められるんだよ。

 もちろん、マリアベル姉上の天墜とか、父上の魔剣とかみたいに、武器の延長線上でしか使えないのも多い。 というか、武器の延長線上でしかない魔剣の方が普通なんだけど。


「――詭弁だが、さっきよりは気骨があるな」


「これでも北部出身ですからね。気骨なんてイヤでも付きますよ」


 具体的には、裸一貫で山に放り込まれるとかだけど……深く考えるのはやめよう。


「で、どうします。魔剣を使用しての決闘? やらなくても別に、僕は構いませんよ」


 さあ、言え、言うんだ。

 学生の決闘ごときで魔剣を使用なんてできるか、と。

 それが常識的な対応というものだ。


「俺も構わない。それで、いつにする?」


 ………………。

 ………………………………。

 ………………………………………………ん?


「おや、文句を言った割にはあっさりと。正直、意外です」


「冒険者同士なら珍しくもないからな。魔剣での決闘なんて」


 実に、予想外の返答だ。

 マジで困った。まさか北部よりも野蛮な文化圏があったなんて。さすがは冒険者。名前だけ取り繕ったヤクザ者共め。


「なるほどなるほど。実に納得いく理由ですね。個人的には今すぐでも構わないんですが……」


「俺も構わないぞ」


「あっはっは、気が合いますね。エルピネクト以北でも貴族出来ますよ、それなら」


 笑うしかないよね、こんなの。

 なんとかして回避しなければ。


「――でも、今すぐはやめましょう。色々と準備もありますし」


「もしかして時間稼ぎのつもりか? ここにきて怖気づいたのか?」


「まっさかー」


 大正解だよコンチクショウ!


「ここまできたら全力で勝ちに行きますし、最大限に利用するだけです」


「勝ちに行くってのは分かるけど、利用ってのはどういうことだ?」


「それは簡単ですよ。こんな面倒な問答を何度も繰り返したくないってだけです」


 どういう意味かは考えてみろ、と挑発するように鼻を鳴らす。

 すると、男はムッと顔をしかめる。よし。コイツが考えている間に妙案を。


「――そうか。大人数の前で自分の実力を見せるための準備が必要ってことか。確かに俺相手に勝てば、誰も文句は言えないからな」


 このヤロウ。

 あっさりと正解を見つけてるんじゃねえよ。妙案を思いつく時間すらないじゃないか。


「見世物になるのがイヤって言うなら、考えますが?」


「慣れているから平気だ」


 ……仕方ない、覚悟を決めよう。

 姉上より強くないなら、勝負にはなるだろうし。……さすがに、姉上より強いってことはないよね。


「……じゃあ、詳しい日程は追々決めましょう。時間も時間ですし」


「ああ、会場も時間も全て任せる。――全力で勝ちに行くんだろう。どんな方法か楽しみにしてる」


「別に、大したことはしませんよ。仲間内に、決闘を強要されて、魔剣を抜くしかなくなったってグチるだけです」


 出来るとしたら、グロリアにマナを蓄えることと、情報収集くらいか。

 戦闘スタイルとかが分かれば、アンリとかに仮想敵になってもらえるしね。


「――最後までそれか! お前に誇りはないのか!?」


 あれ、なんで僕、胸ぐらを掴まれてるの?


「嘘なんてついてませんし、グチなんて誰でも言うでしょう。それとも何です。グチを言うヤツは全員誇りがないと? 自分を棚に上げて?」


「……ああ、そうだな。元々は俺たちのグチから始まったことだ。噂に対する誹謗中傷と、体験したことへの感想。どちらが誇りのない行動かなんて分かりきったことだ……」


 あれれ?

 なんでマジ返し?

 ちょーっとばかり、チクリと反撃したけど。感情的になることでもないでしょ。決闘するってそっちの戦略目標は達成したんだから。


「そうですか、分かってるんですか。なら、これはなんですか?」


 胸ぐらを掴んでいる腕を指さした。


「ただの感情的な行動だよ……。俺はな、頭が悪いんだ」


「まあ、魔剣を使った決闘を受けるなんて、頭が悪いとしか言えませんね」


「お前が決闘の条件を提示した時、俺の勝ちだと思った。――でも違った。ああ、さすがに分かるさ、ここまでくれば。最初から最後までお前の手のひらの上だってことは、頭の悪い俺にだって分かるんだよ!」


 やめてやめて持ち上げようとしないで。

 血管が浮き上がるほど強く握らないで、服が傷むし首がしまるから。


「――なら、どうします? 今なら条件不成立って形で、決闘をやめられますよ?」


 ギリッと、歯ぎしりの音が聞こえてきた。

 なぜ、追い詰められた顔をする。魔剣を抜くまで追い詰められたのは僕の方だよ。


「そこまでにしろ、二人とも」


 ハル兄上はそう言いながら、僕を掴む腕に手を置いた。


「……生徒会長」


「爵位持ち同士だからと遠慮していたが、手が出るほど熱くなるなら話は別だ」


「――っぅ!」


 胸ぐらから手が離れた。

 彼の顔が歪んでるから、きっと握り潰されそうになったんだろう。


「二人とも、相互理解が足りなすぎる。決闘は一旦保留にして話し合いの時間を設けろ。――セディ」


 ナイスアシストだ、ハル兄上。


「そうですね、ではお茶会……いや、それじゃ芸がないな」


 自分で頭が悪いと自覚する、冒険者出の騎士だ。

 インテリジェンスが試されるお茶会よりも、分かりやすいものがいい。


「よし、昼食会にしましょう。二人っきりだと今日みたいになりそうなので、同行は二人まで認めます。場所は、エルピネクトのタウンハウスで。どうです?」


「……寮でない理由は?」


「寮に部屋がないからです。それに、寮の調理場は好き勝手できないでしょう。――信用できないって言うなら、考えますけど」


「なら構わない。時間はそっちに合わせる」


 彼はそう言って去っていった。

 ハル兄上が握った部分をさすっているので、相当に痛いのだろう。


「……助かりましたけど、もう少し早く助けてくださいよ」


「いや、最初に助けたのはセディでしょ。そこに割り込むのはちょっと」


 まったくもってその通りでした。

 でもさ、魔剣云々って出したあたりで止めようよ。


「でも、お茶会じゃなくていいのかい? セディの得意分野だろうに」


「アレでマウントを取るには、相手側にも相当な知識と感性が必要です。それに対して昼食会はカジュアルな会です。美味しい物さえ出しとけば充分だから平気ですよ」


 メニューはこれからだけど、やっぱり王道系かな。

 ゲテモノは相手を選ばないとケンカを売ることになるから。


「ああ、そうだ。知っていたら教えて欲しいんですけど――アレ、誰ですか?」


 あの場限りの関係だと思って、すっかり失念していた。

 名前なんて呼ばなくても会話出るから、別に不便でもなかったし。


「知っているけど、そうだね……」


 ハル兄上が苦笑いを浮かべるのも無理はないか。

 相手のことを知らずにケンカを売ったって知ったら、僕も呆れて笑うしかないから。


「セディが昼食会に誘うと思ってる子に聞いたらどうだい? その方が誘いやすいだろう」


「なるほど、確かに」


 その案は採用だ。

 さっそく聞きに、と行きたいけどもう帰る時間だ。

 明日はカーチェと同じ授業があるから、その時にでも聞けばいいな。

お察しの通り、まだ彼の名前は決まっていません。

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