0085
「魔剣――? どうやら、決闘の作法も知らないようだな」
「知っていますよ、そのくらい。知っているからこそ、魔剣なんです」
手のひらが汗でジトッと濡れる。
グロリアを収納した腕輪に目がいきそうになるのを抑え、目の前の男に固定する。
「学生同士の決闘は木剣で、騎士同士でも刃潰しした武器でってのが、決闘の基本です。僕も痛いのはイヤなんで、木剣あたりでお茶を濁したいんですけどね」
「なら木剣でいいだろう」
「いやいや、幻獣討伐が本当かどうかを見たいってのが、決闘の理由でしょう。なら、魔剣ありでなければ意味がない。違いますか?」
「……詭弁だ。魔剣がいくら強くとも、担い手が弱くては意味がない。決闘は、担い手の腕を見るためのもの。それを見せるのに魔剣は不要だ」
正論だな。思わず頷きたくなるような正論だ。
僕も逆の立場なら同じことを言うけど、違うので絶対に頷いてあげない。
「おやおや、騎士様とあろうものが不勉強なことを言いますね。魔剣を使いこなす能力と、武芸の腕は全くの別物です。なにせ魔剣ってのは、魔法が込められた武器なんですから。強力な魔剣ほど、その運用法は魔法に近くなる。僕の魔剣のようにね」
グロリアは本当に、剣の形をした杖なんだよね。
魔剣としては際物の部類だけど、選択肢が多いだけで素直な子。本当に厄介な魔剣ってのは、呪いとか特定の条件下でしか使えないヤツだからね。戦術よりも戦略性が求められるんだよ。
もちろん、マリアベル姉上の天墜とか、父上の魔剣とかみたいに、武器の延長線上でしか使えないのも多い。 というか、武器の延長線上でしかない魔剣の方が普通なんだけど。
「――詭弁だが、さっきよりは気骨があるな」
「これでも北部出身ですからね。気骨なんてイヤでも付きますよ」
具体的には、裸一貫で山に放り込まれるとかだけど……深く考えるのはやめよう。
「で、どうします。魔剣を使用しての決闘? やらなくても別に、僕は構いませんよ」
さあ、言え、言うんだ。
学生の決闘ごときで魔剣を使用なんてできるか、と。
それが常識的な対応というものだ。
「俺も構わない。それで、いつにする?」
………………。
………………………………。
………………………………………………ん?
「おや、文句を言った割にはあっさりと。正直、意外です」
「冒険者同士なら珍しくもないからな。魔剣での決闘なんて」
実に、予想外の返答だ。
マジで困った。まさか北部よりも野蛮な文化圏があったなんて。さすがは冒険者。名前だけ取り繕ったヤクザ者共め。
「なるほどなるほど。実に納得いく理由ですね。個人的には今すぐでも構わないんですが……」
「俺も構わないぞ」
「あっはっは、気が合いますね。エルピネクト以北でも貴族出来ますよ、それなら」
笑うしかないよね、こんなの。
なんとかして回避しなければ。
「――でも、今すぐはやめましょう。色々と準備もありますし」
「もしかして時間稼ぎのつもりか? ここにきて怖気づいたのか?」
「まっさかー」
大正解だよコンチクショウ!
「ここまできたら全力で勝ちに行きますし、最大限に利用するだけです」
「勝ちに行くってのは分かるけど、利用ってのはどういうことだ?」
「それは簡単ですよ。こんな面倒な問答を何度も繰り返したくないってだけです」
どういう意味かは考えてみろ、と挑発するように鼻を鳴らす。
すると、男はムッと顔をしかめる。よし。コイツが考えている間に妙案を。
「――そうか。大人数の前で自分の実力を見せるための準備が必要ってことか。確かに俺相手に勝てば、誰も文句は言えないからな」
このヤロウ。
あっさりと正解を見つけてるんじゃねえよ。妙案を思いつく時間すらないじゃないか。
「見世物になるのがイヤって言うなら、考えますが?」
「慣れているから平気だ」
……仕方ない、覚悟を決めよう。
姉上より強くないなら、勝負にはなるだろうし。……さすがに、姉上より強いってことはないよね。
「……じゃあ、詳しい日程は追々決めましょう。時間も時間ですし」
「ああ、会場も時間も全て任せる。――全力で勝ちに行くんだろう。どんな方法か楽しみにしてる」
「別に、大したことはしませんよ。仲間内に、決闘を強要されて、魔剣を抜くしかなくなったってグチるだけです」
出来るとしたら、グロリアにマナを蓄えることと、情報収集くらいか。
戦闘スタイルとかが分かれば、アンリとかに仮想敵になってもらえるしね。
「――最後までそれか! お前に誇りはないのか!?」
あれ、なんで僕、胸ぐらを掴まれてるの?
「嘘なんてついてませんし、グチなんて誰でも言うでしょう。それとも何です。グチを言うヤツは全員誇りがないと? 自分を棚に上げて?」
「……ああ、そうだな。元々は俺たちのグチから始まったことだ。噂に対する誹謗中傷と、体験したことへの感想。どちらが誇りのない行動かなんて分かりきったことだ……」
あれれ?
なんでマジ返し?
ちょーっとばかり、チクリと反撃したけど。感情的になることでもないでしょ。決闘するってそっちの戦略目標は達成したんだから。
「そうですか、分かってるんですか。なら、これはなんですか?」
胸ぐらを掴んでいる腕を指さした。
「ただの感情的な行動だよ……。俺はな、頭が悪いんだ」
「まあ、魔剣を使った決闘を受けるなんて、頭が悪いとしか言えませんね」
「お前が決闘の条件を提示した時、俺の勝ちだと思った。――でも違った。ああ、さすがに分かるさ、ここまでくれば。最初から最後までお前の手のひらの上だってことは、頭の悪い俺にだって分かるんだよ!」
やめてやめて持ち上げようとしないで。
血管が浮き上がるほど強く握らないで、服が傷むし首がしまるから。
「――なら、どうします? 今なら条件不成立って形で、決闘をやめられますよ?」
ギリッと、歯ぎしりの音が聞こえてきた。
なぜ、追い詰められた顔をする。魔剣を抜くまで追い詰められたのは僕の方だよ。
「そこまでにしろ、二人とも」
ハル兄上はそう言いながら、僕を掴む腕に手を置いた。
「……生徒会長」
「爵位持ち同士だからと遠慮していたが、手が出るほど熱くなるなら話は別だ」
「――っぅ!」
胸ぐらから手が離れた。
彼の顔が歪んでるから、きっと握り潰されそうになったんだろう。
「二人とも、相互理解が足りなすぎる。決闘は一旦保留にして話し合いの時間を設けろ。――セディ」
ナイスアシストだ、ハル兄上。
「そうですね、ではお茶会……いや、それじゃ芸がないな」
自分で頭が悪いと自覚する、冒険者出の騎士だ。
インテリジェンスが試されるお茶会よりも、分かりやすいものがいい。
「よし、昼食会にしましょう。二人っきりだと今日みたいになりそうなので、同行は二人まで認めます。場所は、エルピネクトのタウンハウスで。どうです?」
「……寮でない理由は?」
「寮に部屋がないからです。それに、寮の調理場は好き勝手できないでしょう。――信用できないって言うなら、考えますけど」
「なら構わない。時間はそっちに合わせる」
彼はそう言って去っていった。
ハル兄上が握った部分をさすっているので、相当に痛いのだろう。
「……助かりましたけど、もう少し早く助けてくださいよ」
「いや、最初に助けたのはセディでしょ。そこに割り込むのはちょっと」
まったくもってその通りでした。
でもさ、魔剣云々って出したあたりで止めようよ。
「でも、お茶会じゃなくていいのかい? セディの得意分野だろうに」
「アレでマウントを取るには、相手側にも相当な知識と感性が必要です。それに対して昼食会はカジュアルな会です。美味しい物さえ出しとけば充分だから平気ですよ」
メニューはこれからだけど、やっぱり王道系かな。
ゲテモノは相手を選ばないとケンカを売ることになるから。
「ああ、そうだ。知っていたら教えて欲しいんですけど――アレ、誰ですか?」
あの場限りの関係だと思って、すっかり失念していた。
名前なんて呼ばなくても会話出るから、別に不便でもなかったし。
「知っているけど、そうだね……」
ハル兄上が苦笑いを浮かべるのも無理はないか。
相手のことを知らずにケンカを売ったって知ったら、僕も呆れて笑うしかないから。
「セディが昼食会に誘うと思ってる子に聞いたらどうだい? その方が誘いやすいだろう」
「なるほど、確かに」
その案は採用だ。
さっそく聞きに、と行きたいけどもう帰る時間だ。
明日はカーチェと同じ授業があるから、その時にでも聞けばいいな。
お察しの通り、まだ彼の名前は決まっていません。