0082
始業式の翌日、僕はハル兄上――でなく、ハルトマン生徒会長に呼び出された。
生徒会長としての無視するわけにはいかない呼び出しだった。……まあ、無視する理由なんてないから、普通に行くんだけど。
「――領主科一年、セドリック・フォン・エルピネクト、参りました」
「――入れ」
「――失礼します」
腹違いの兄を訪ねるのに、コレをいちいちするって、面倒。
ただの生徒が生徒会長を訪ねるって考えれば妥当だけど、面倒。
「急に呼び出したりして悪かったね、セディ。お茶を淹れるからそこに座ってくれ」
ハル兄上の言葉に素直に従う。
お茶に期待はできないけど、ここは生徒会室だ。常備しているお菓子には少し期待してもいいかもしれない。
(……忌々しいくらい、絵になるな)
半分とはいえ、同じ血が流れているというのに。
エルフ特有の高身長に、すらりとした肢体。一〇人中九人が美形と答えるだろう顔立ち。お茶を淹れているだけなのに目が離せなくなる、流麗な動作。
……ホント、半分とはいえ同じ血が流れてるんだよ……ね、ね?
「待たせたね。本当はシャレたお菓子を用意できれば良かったんだけど、予算的にクッキーが精いっぱいでね……」
「そんなことに文句は言いませんよ。――ただ、このクッキーならお茶の渋みは強くした方が合いますよ」
「結局、評価はするんだね」
そりゃ、兄上にはしますよ。
お茶とお菓子を出してくれる回数は多いし、言えば改善してくれるから。
「さて、本題に入ろうか。来月末の開校祭、セディはどうするつもりだい?」
「……開校、祭?」
来月末って言うと、王国各地で収穫祭がある時期だ。
そんで開校祭って響きから察するに、出店を出す的な学園祭だと思う。でも、知ったかぶりはダメ。ここは日本じゃなくて異世界だし。突飛のない行事や、血生臭い行事かもしれない。
「そうか、やはり知らないか。セディのことだから驚かないけど、少しは校内の行事に目を向けてくれ。武官科や魔法科の生徒にとっては最大の見せ場なのだぞ」
「僕の拠点はタウンハウスで、情報的に隔離状態にありますからね。カーチェ達も、行事関連もあんまり教えてくれないし……」
「格差があるって分かってるなら、自分から動くべきだろう? 生徒会長としては、そうしてほしいな。セディは影響力があるから」
ぐうの音もでませんね。
「じゃあ、ハル兄上が教えてくれます?」
「最初からそのつもりだけど……少しは外に関心を向けてくれよ」
「……努力はします」
向けられるなら向けるさ。
でも、噂話さえ入ってこない環境って時点で、外の話題に意識を向けるって難しいから。特に今は、王位継承権争いとか、冥導星の案件で手一杯なのだ。
「しない常套句だけど、セディを信じるとしよう。――開校祭の内容を簡単に言えば、学科に関わらず参加できる武芸大会と、希望団体による出し物がある学生主導のお祭りだ。期間は三日。大会の決勝戦には、国王陛下が出席するのが伝統になっている」
「なるほど。就職活動の一環というわけですか。――なら、気合は相当入るのでは?」
「真っ先に思いつくのがそことは、実にセディらしいね。――入るなんてものじゃないよ。ここで優勝をすれば勲章が授与される。試合外での謀略なんて序の口で、実家や本家が介入するのも珍しくないほどだ」
「それはそれは、実に面倒くさいですね」
貴族としての教育を受けているので、爵位や勲章が簡単に受け取れないものであると知っている。特に「大会で優勝したら」などの条件があるものは、授与条件が明確で門戸が広い分、争いが激化する。
「まったくもってその通りだから――セディは絶対に出ないように」
…………。
……………………。
……………………………………ん?
「出ないようにも何も、授業でもない限り出るつもりはないですよ?」
だって、ねえ。
防御しかまともにできないのに、試合に出るわけないじゃん。
授業の一環だから出ないと単位がもらえないとか、姉上や父上からの指示とか、あり得ないけど陛下からの勅命でもない限り。
「夏休みに、幻獣を討伐しただろう?」
「あれは不幸な事故が重なった上での、仕方ないことでしたね」
「陛下からマントが下賜される予定だろう?」
「僕個人の紋章を決めろと姉上に迫られましたね。決めたら決めたで、罠にしか見えない発言されましたけど、個人的には満足のいくものが出来ました」
「……それがな、王都中の噂になっているんだ」
噂には、なるな。
王国最北部の辺境ではあるが、父上のおかげでエルピネクトは有名だ。そこの跡取りが単独で幻獣を討伐したなんて話題、放っておくわけがない。
「もしかして、調子に乗って出ると思いました? しませんよそんなこと。そりゃ、姉上と互角に斬り合える腕があれば別ですけど、そんな腕がないことは自分がよく知っています」
「そこは心配していないよ」
ふむ、当然と言えば当然ですが、そうですか。
じゃあなんで、わざわざ出るなと明言さるのです?
「ただね、さえずる連中は絶対に出てくる。本当に幻獣を討伐したのかとか、本当なら大会で証明してみせろとか、そんな戯言をね」
「つまり、ハル兄上はこう言いたいのですね。僕がそんな挑発に乗る低俗な人間だと」
「少し違う。大会で優勝することを大義名分に、やかましい連中を合法的に叩き潰す血の気の多い荒くれ者だと思っている」
……なんだろうか。
低俗な人間だと思われた方がマシな評価をされた気がする。
「いくらなんでも、ヒドくありませんか?」
「実家で殿下たちを物理的に叩き潰して、縛り付けて、ついでとばかりに周囲の取り巻きを恫喝した弟に対する正当な評価だよ」
「あれは必要だからやったことです。必要じゃなかったら、面倒なことはしませんって」
「なら、やかましく戯言を喚き散らす連中が目の前に居たら、どうするつもりだ?」
「僕の功績は陛下が認めたものでお前たちに証明する義務はないとか、陛下が認めた功績に異議を唱えるなら大会優勝でもらえる勲章にも異議を唱えるべきとか、権威を貶めることが巡り巡って自分の首を絞めることを懇切丁寧に説明するとか、そんなことをします」
言葉で攻めてくるうちは、言葉で応戦しますよ。
武力に訴えてきたら、可能な限り全力で叩き潰すけど。
「……うん、大会に出ないでくれるなら、なんでもいいや」
ハル兄上は目頭を押さえた後、ポットを持って席を立つ。
どうやら、僕のカップが空になっていることに気付いて気を利かせてくれたらしい。
戻ってくると、お茶と一緒にお菓子まで補充してくれた。
「武芸大会の件は終わったから戻るけど――セディはどうするつもりだい?」
新しいお茶を一口含み、即座にミルクを注ぐ。
補充されたお菓子と合わせてみると、最初に淹れたものよりも渋みが深くて、実にベストマッチだ。
「大会に出ないだけじゃ、ダメなんですか?」
「ダメだ。セディを野放しにすると開校祭がメチャクチャになるって分かったからね。……一応、希望があるなら聞くよ?」
「希望も何も、特には。……一応、カーチェと二人で回った方がいいかな、と思いますけど」
「希望がないなら提案がある。――開校祭では来賓用のサロンを開くことになっていんだが、この企画と運営をやってほしい」
希望を言ったのに無視された、解せん。
「サロンって、アレですか? お茶とお菓子を用意して、充分な教育をした給仕に配らせて、来賓の会話を収集して弱みや周囲の情勢を握って、問題を起こした馬鹿はつまみ出したうえでそれを弱みとして政敵に適正価格で売り付けるという、貴族の社交界」
「前半はあってるけど、後半は違うよ。配って来客の要望を聞いて適当に話を弾ませればいいだけだよ」
そうかな?
前半だけだと、ただの高級な喫茶店とかバーでしかないんだけど。
「んー、仕事内容のすり合わせは後でするとして、予算と人手は?」
「学校側で用意している分は、書類にまとめた。人手についてはセディの手腕しだいだ。念のために言っておくが、学校の従業員以外は生徒のみだからな」
書類を右手に、お菓子を左手に持って中身を確認する。
「食器類は既存の物がありますよね?」
「画一的な物で、格も最低限だけどね。さすがに、高級品は求めないよ」
「だとすると、予算はなんとかなるかな。人手ですけど、別に北部生に限らなくてもいいですよね?」
「集められるなら構わないよ」
「じゃあ、カーチェが先生してるっていう、勉強会のメンバーに声をかけるか。最低限、人様に出せる腕はあるだろうし」
予算と人手に目途がつくと、不思議とやる気が起こってくる。
お茶会を開くことは面倒だけど、自分好みにセッティングできる点だけは楽しい。今回のように生徒としてみたいな範囲であれば、僕にかかる負担も少ない。
だって質が悪くても、生徒の範囲内で納めましたって言えばいいだけだし。
「……返事は、会場を見てからでもいいですか?」
「前向きになってくれて嬉しいよ。すぐに案内する」
ニコニコ顔になった兄上が、お茶を飲み干した。
僕も慌ててお菓子を口いっぱいに頬張って、お茶で流し込むのだった。