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行きはよいよい帰りは怖い。

 前世、日本で聞いたフレーズを思い出す。元ネタは何だっけ? 歌舞伎か落語か童謡あたりだったきがするけど、調べようがないからべつにいい。

 重要なのは、何でこのフレーズを思い出したのかってこと。


「若様、学校に到着しましたよ。始業式が始まるまで時間がありませんから、早く降りてください」


 トリムに催促されたので、ノソノソと身体を起こす。


「……う、ぅ……ぅう……」


「はいはい、変な声出してもダメですからね。旅先から家に帰らず学校に直行するのが辛いことは分かりますが、若様の体質の所為で旅程が狂ったのが原因なんですから」


「……わ……っ、てる」


 着替えを始めとした準備すでに済ませている。

 どっから持ってきたのってツッコミはやめてほしい。間に合わないことが確定した時点でネリーが先行して王都に戻り必要な物を回収し、馬車の中で着替えやら何やらを済ませたという不名誉なこと、言わせないでほしい。


「では若様、お気をつけて」


「……あい」


 追い出されるように外に出た僕は、ノロノロとした歩みで校舎に向かう。

 普通の感性を持っていれば、体調が悪そうなら「大丈夫ですか?」と声をかけるものだが、誰一人として声をかけてこない。もしかしたら、僕が朝体調悪そうにしているのは、日常になっているのかもしれない。

 なにせ冗談でもなんでもなく、毎日のことだから。


「――久しぶりだな、セド様。元気にしてたか?」


「カーチェ……久し、ぶり。……元気に、見える?」


「馬車乗った後に元気ないのはいつものことだろう。それとは別にって意味だよ」


「……よく、分からない。ここのところ、ずっと馬車での移動だったから……」


 移動がギリギリになったのは、姉上にも原因がある。

 密着状態から衝撃を叩きこむあの技、なぜか治りが遅かったんだよ。……ウソつきました。クラーラ母上が治してくれなかったのです。バカなマネをした罰、だとか言って、死なない程度の治療だけして、あとはポイ。

 ここが日本だったなら、訴訟も辞さないところです。


「ほー、そりゃ意外だな。幻獣を一人で殺して死にかけたとか、マリアベル様に頼み込んで殺しの技をかけてもらって死にかけたとか、そんなヤンチャエピソードを聞いてるんだが」


「カーチェ、怒……ってる?」


「とりあえず、土産話を聞かせてもらおうか。話はその後だ。――出てきていいぞ」


 カーチェの合図で、突如として北部生が出現し、なぜか僕を抱え上げる。

 なぜかお姫様抱っこで。

 男が僕を、なぜかお姫様だっこして、抱え上げる。


「……チェ、チェン……ジ」


「却下だ。――急ぐぞお前ら。始業式に遅れたら大目玉だからな」


 カーチェ、いつの間に山賊のボスにクラスチェンジしたの?

 北部の男どもは、まあ、前からこんなんだけど。でも明らかに北部じゃない、垢抜けた都会出身の女の子が、なんでカーチェを先生って呼んで頭下げてるの?

 夏休みの間にカーチェに何があったのか、気になってきたぞ。


「おいセド様。待遇が気に食わないのは分かるが、よそ様の令嬢にガンを飛ばすな」


「飛ばして……ないよ。カーチェが不思議な呼び方されてたから、気になっただけ……」


「アイツらはお茶の勉強会の参加者で、あたいが教師役をやってるから先生ってよばれてるだけだ。だから反応なんてしてやるな」


「分かった……」


 注意をされたので、無反応を貫いた。

 反応しないって慣れると楽なんだよね。始業式の話がまったく頭に入ってこないっていう弊害はあるけど、後でカーチェに聞けばいい。始業式の後は普通に授業だから、全部終わったら時間を作ってって、思ってた。

 学生寮の談話室に拉致されるまでは。


「いい加減、体調も回復したよな。――っじゃ、聞かせてもらおうか?」


 カーチェが代表で喋っているが、北部生の大半が集まってる。

 姉上と兄上たちがいないのは、多分、そういうことだろう。


「えっと……エルピネクト領でのこと?」


「当然だ。一人で幻獣を討伐したとか、マリアベル様に殺し技を強要したとか、詳細が良く分かんねえ噂が流れてるからな。本人の口から聞かせろや」


 今のカーチェには凄味があった。

 マリアベル姉上のように圧倒的な暴力を背景とした凄味ではないが、ヤクザの若頭あたりに尋問されてる感じ。ヤクザ者と関わったことはないから、想像だけど。


「あー、なんて言うかー、成り行きに成り行きが掛け合わされた結果というかー、全部説明すると時間かかるよ?」


「時間なら山ほどあるから気にするな。今日の授業は全部キャンセルで、ネリーに根回しして、学生寮の部屋に泊まれるようにも手配してる。最悪、夜通しでも構わなねえぞ」


 やだ、カーチェ達がガチだ。

 将来、寄親になる僕に対して完璧な包囲網を形成するなんて、よっぽどのことじゃないか。


「分かった分かった。話せる範囲で全部話すよ」


 話せないことって言っても、王位継承権争いとか、冥導星関連だけだけど。

 継承権に関して話したら、本格的に関わっていく宣言になっちゃうし、僕に対してここまでする手際の良い連中だ。第三王子のアイザック(バカな甥っ子)に勝っちゃう可能性が、そこそこある。んなことになったらさ、西部を中心とした改革派の印象、最悪になるじゃん。

 西部――特にフォスベリー辺境伯と仲良くしたい身としては、敵対なんてしたくない。

 冥導星の吸血鬼関連は、純粋に知るだけでヤバい案件だから。

 王国最強の剣士である父上を動かして、僕を関わらせないためにソリティア母上を動かしたなんて、厄ネタ以外のなにものでもない。言われなければ気付かなった違和感の数々も、吸血鬼を利用した貴族の手によるものかもなんて、関わって良いことじゃない。

 これに関しては、基本的に関わらない方針なのでスルーします。

 誰かに言われても関わりません。……まあ、向こうから関わってきたら、火の粉を払うくらいはするけど……。


「――それでクラーラ母上が魔法で完治してくれなかったから、帰りがギリギリになっちゃって、今に至るという感じ」


 全部語り終えると、今日、最後の授業が始まる時間だった。

 お昼ご飯を食べる時間なく話、お茶しか飲んでないのでお腹が空いた。


「……呆れてものが言えねえよ」


「そう? 言うことがないなら何か食べさせて。いい加減お腹が……」


「そんだけ豊かな身体してんだから、一食ぐらい抜いても平気だよ。つーか、少しは痩せろ」


「ひ、ヒドい……!」


 体質的に痩せられないんだよ!

 カーチェも知ってるはずなのに言うなんて!


「ヒドいのはセド様の頭の中だよ! 幻獣とドンパチしたのは百歩譲って状況が悪かった所為にするとしても、マリアベル様の時は別だろう! 魔剣を使いこなしたいからって、どんな理由だバカ!!」


 怒鳴られ、叱られる理由は分かってるし、妥当だと思ってる。

 でもこれだけは言わせてほしい。


「……だって、グロリアが生命線だし……」


「限度ってもんがあんだよ!!」


 ……うぅ、耳が痛い。

 物理的な意味でも精神的な意味でも、耳が痛い。


「大体な、セド様が戦わなきゃいけねえ状況ってのが、すでに詰みなんだよ。マナ回路と戦い方が生存特化になってんのも、時間稼ぎをするためなんだろう? だったらセド様がやんなきゃいけねえのは、いかに矢面に立たない状況を作り出すか、だ」


「おっしゃることはごもっともです」


 周りの子たちもカーチェと同意見のようだ。

 というか僕だって同意見だ。クラーラ母上から話を聞かなかったら、あんなマネはしない。


「……――あたいらには、言えねえ事情があるってことか?」


 ビクンッ、と身体が跳ねた。


「……ハルトマン様達にも言えねえことなんだな。ならいい」


「怒らないの?」


「セド様があたい達に話すべきじゃないって思ったんだろう? なら従うさ。その代り、手が必要になったら遠慮なく声をかけろ。んで絶対に無茶なマネはするな、いいな」


「うん、それはもちろん。むしろ、手を貸してくれるなら嬉しい」


「オーケー。じゃあ、解散だ」


 カーチェが手を叩くと、談話室から人が出ていく。

 残ったのは、僕とカーチェの二人だけだ。


「どうしたの、カーチェ?」


「アンリ達が来るまで時間があるだろう? 茶の一つでも淹れてやろうと思ってな」


「……お菓子も欲しい」


「常備してるのがあるから、それでいいな」


 僕は知らなかったが、この談話室は北部生が確保・占領しているものらしい。

 これは普通のことのようで、改革派・保守派・王室派の三大派閥を始め、同じことをしているグループは多いのだそうだ。


「腕上げたね。結構美味しい」


「ミルク入れてんじゃねえか。説得力ねえぞ」


「八七点だから、僕が淹れるより美味しいよ? このクッキーもなかなか」


「……セド様より美味いって言われてもな……」


 そんな感じでお茶とお菓子を楽しみながら、アンリ達のお迎えを待ちました。

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