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 さて、僕の作った昼食は、


「温かみのある味だわ」


 と、ヴィクトリア姉上から評価を受けた。

 褒められた、と言っていいかもしれない。


「焼きにムラがあったり、ところどころ焦げていたり、ソースに雑味が混じっているところが非常にいいわ。普段食べられない、セドリックの料理という感じがする」


 ……なんだ。

 ……低評価のオブラート包みが、温かみのある味ってことか……。


「別に、無理に褒めなくてもいいですよ。マズいならマズいって、言ってくだされば改良しますし」


 僕の料理はあくまでも趣味の領域。

 本職に敵わないのは分かってますから。変に期待するような物言いよりも、はっきり言ってくれた方がいいですから。


「ふふふ、リスみたいに頬を膨らませないの。ちょっと意地悪な言い方になったけど、本当に美味しいわよ。家族が頑張って作ってくれた料理って感じがして、すごく温かみのある味がするの」


 む〜、そりゃ、頑張ったけど。

 ヴィクトリア姉上も、ちゃんと美味しいって言ってくれたのは嬉しいけど。

 なんか、悔しい。


「……お昼のムニエルは、あくまでも前座ですから。夕食のブイヤベースが、本命ですから」


「セドリックがどれだけ腕を上げたのか、今から楽しみにしているわ」


 期待されてる?

 うん、これは期待されてる!


 期待されているならば、それを超えなければ。ブイヤベースに加えて、何か一品を作ろう。姉上が好きなものは確かシュニッツェル。いわゆるカツレツだ。なんでもサクサクの衣がいいそうで、つまりは揚げ物が好き。

 ならばここは、エビフライだ。

 保存食として持ってきたピクルスを使った、特製タルタルソースと合わせれば、姉上だって。


「じゃあ、そろそろ本題に入りましょう。あなたの今後についてよ」


 おっと、夕飯の献立を考えるのは後にしよう。

 ここからはエルピネクト家の、貴族としての会話だ。これをするために幼馴染の3人を外して、姉上と2人きりの食事会にしたのだから。


「今後のこと、つまりは学校で僕が取るべき行動について、ですね」


 学校はまあ、職業訓練学校に近いものがあるけど、集まるのは貴族の子弟だ。

 何が起こるかっていえば、派閥争いとか色恋沙汰とかその他諸々。つまりは、縮小化された貴族社会そのものなのだ。ここで形成された人間関係が、将来の権力闘争に反映されると言っても過言ではない。

 父上や母上、マリアベル姉上からは特に言われていないけど、エルピネクト家としてのタブーはあるはず。

 本人の口からは言えないことを、ヴィクトリア姉上を通して支持するに違いない。


「学校? それなら、セドリックの好きにすればいいわ」


「……え? いや、ありますよね? エルピネクト家として、無碍にできない相手とか、弱みを見せたくない相手とか、恩を売っておくべき相手とか」


「特に聞いてないから、好きにすればいいわ。うちは国王派よりだけど基本的には中立だし。それにパパの跡を継いで子爵になるのはセドリックよ。エルピネクトをどうしたいかってビジョンがあるのなら、それにそって行動するといいわ」


 えー……

 ええーー……なにそれ。


 いやまあ、領地のこと中心にして、中央とは距離を取ってたのは知ってるよ。宮中政治にまったく興味のないヴィクトリア姉上にタウンハウスの管理を任せてる時点でね。長子のマリアベル姉上の夫が、エルピネクト家の庭師って時点で、外と繋がる気があんまりないってことは明白だもんね。

 ……ちょっと、胃が痛くなってきたんだけど。

 全部自己責任で決めろって、何それ? まさかそのために、男爵位を押し付けたわけないよね? 魔剣グロリアを譲ったんじゃないよね?


「なら、今後のことって何についてですか?」


「あなたの夜の生活についてに決まっているわ」


 ……

 …………

 ………………はい?


「……ナンデスッテ?」


「だから、アンリ、トリム、ネリーと送る予定の夜の生活についてによ」


「……ナンデ、僕が、あの子達と出来てるって前提なんですか?」


 仲は良いよ、幼馴染だし。

 普通の貴族とメイドの関係じゃないのは理解してるよ。

 でも別に、深い関係になった覚えはないんだよ。僕はまぎれもなく、童貞だ!!


「ふう、思春期ってやつかしら? でも、気付いているんでしょ? あの子達、側室候補よ」


 ええ、ええ、気付いていますよ!

 そんな鈍感でもないですからね、気付いているに決まってるじゃないですか!

 でも、その……。


「父上と母上方を見て、いつも思うことがあります。――僕にはあんな器用なマネは出来ません!」


 正室1人、側室4人。ここまでなら貴族としては、まあ、ある話だ。ここまで多いのは、歴史を紐解くレベルだけど、前例はある。

 でもね、子供を31人もこさえるとか、ありえない! 18年連続で、最低1人は兄弟が増える家庭なんて、貴族でもありえない!

 僕は、凡人なんだ。

 貴族の勤めとして側室を迎えるとしても、1人だけだよ。それ以上は、身が滅ぶ。


「深刻に考えなくてもいいわ。どうしても我慢できなくなって変なのに引っかかるくらいなら、あの子達にしなさいってことよ。それに、本命ができたときに経験がなかったら、きっと焦って失敗するわ。そうならないためにも、手を出してもいいのよ?」


 自分だって経験無いくせに何言ってんだよ耳年増。

 ――っと、いけないいけない。敬愛すべき姉上に対してこんな風に思っちゃダメ。


「……責任が取れないことは、したくありません」


 結局は、そこなんだよね。

 商売でしているならお金払って終わりだけど、アンリ、トリム、ネリーは戦闘メイドだ。

 ……なんかメイドと戦闘って違和感がある組み合わせに感じるけど、真面目に答えると主業務は僕の護衛。メイドとしての仕事もあるけど、夜のアレコレは含まれません。だから、手を出すとしたら仕事抜きのプライベートな関係ということだ。

 そうなると、ね。責任、取らないといけないでしょ?


「やっぱり、セドリックはパパの息子ね。同じことを言っているわ」


「同じって何がですか?」


「パパも、責任を取れないなら手を出さないって言ったそうよ。その結果がアレよ」


 なんだろう。父上のことは嫌いじゃないけど、すっごく嫌。

 父上のようなロ――もとい、色狂いじゃない。でも確かに、愛人とかいない(側室を除く)し、ハニートラップに引っかからないし(正室を除く)で、貴族としては誠実な部類なんだよね。

 元日本人の感覚からしたら、信じられないんだけど、本当なんだよね。


「……ともかく、この話は終わりです。いいですね」


「わかったわ。――あ、伝え忘れてたけど、学校はここから通いなさい。全寮制ではあるけれど、爵位持ちは仕事があるから免除できるの。それを利用する形ね。これはマリ姉様からの指示だから、絶対よ」


 あの、そっちの情報の方が重要なんですけど。

 その話がメインになるはずですよね、本来は。


「ふあう……。お腹もいっぱいになったし、少し寝るわ。夕食は楽しみしているわよ」


 文句を言う前に、姉上は自室に引きこもってしまった。

 ヴィクトリア姉上って、優秀なんだけどマイペースなんだよね。マイペースだから優秀なのかもしれないけど、卵と鶏の矛盾になりそうだから考えるのはやめておこう。


「……はあ、洗い物をして、買い物行くか」


 誰にお供をしてもらうのがいいか考えながら食器を片付ける。貴族なのにと思わないこともないが、前世の教育の賜物ということで。

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