0079 カーチェ
王立学校の夏は、静寂に包まれる。
長期休暇を利用して領地に帰る貴族は多いし、平民もまとまった時間を使って金策する。
ただ、あたいは帰る予定がない。セディみたいに、行き帰りに時間がかかるわけではない。早馬に乗って頑張れば、一日もかからないからな。
「……キュウリのサンドイッチに、スコーンとケーキ。……普通だな」
「普通がいいと思い、あえて普通にしたんですのよ」
「……そうかい……主催者様のお心遣い、ありがたいよ……まあ、普通のお茶会も飽きてるけどな……」
あたいが帰らないのは、お茶会の予定が詰まってるからだ。
夏季休暇になってから毎日毎日、ヒドいときには一日三回、あたいが断れないように根回しした上で予定が決められていたんだ! ふざけんな!?
「まあ、そうでしたか。では今から、奇抜さを全面に押し出しましょうか?」
「気遣ってくれるなら、明日以降の予定を全部キャンセルさせろ!」
「いやですわ、カーチェさん。わたくしではなく、別の方に言うべきでしょう?」
「三派閥のトップが揃ってるから言ってんだよ!!」
揃ってるって言っても、同じ談話室の中にいるってだけ。
連中に聞こえるような大声を出して、目立つように地を出しているけど、絶対に無視してる。
「カーチェさん、口調が荒れているのだわ……」
「ユーリに言われんでも分かってる。悪態の一つでもつかねえとやってらんねえんだよ」
「で、でも……講師料として、お金をいただいているのでしょう? なら、それらしくしないと」
「評価は終わったから自由時間だよ」
そう、これはセディが始めた勉強会の延長だ。
あの一ヶ月もかかった勉強会を乗り越えたメンバーは、王立学校で注目の的となった。北部生しか出せなかった味が出せるようになったからな。あいつらが人気者になるのと同時に、自分にも教えろって圧が強くなった。
その結果が、帰省も出来ずにお茶会に出席し続けてる現状ってわけだ。
「声を荒げるほど、イヤなのかしら……? 普段食べれない高価なお菓子が出ているし、情報も集まってるのよね?」
「いい加減、飽きた」
あたいは、茶狂いのセディとは違う。
嫌いとまでは言わないが、淑女らしくネコをかぶるのは疲れるし、腹の探り合いをするのはもっと疲れる。お茶とお菓子はまあ美味しかったけど、毎日じゃ飽きる。
肉とか揚げ物みたいな、ガッツリしたものが食べたい。
「飽きだなんて、贅沢がすぎるぞ。騎士爵家では手に入れるのが難しい菓子と茶を、金をもらって食べられるのだ。もっと味わうべきだ」
「ドロテアは食い意地を張りすぎだ」
「何を言う。普段食べられないごちそうがあるのだ。味わなければ失礼だろう」
「ここのとこ、普段から食べてるからな。……あと、セド様のとこのほうが美味い」
負け惜しみじゃなくて、マジで美味い。
茶狂いのセディが、お茶と並行して研究してるんだぞ。試作品を食べさせてもらったことがあるけど、意識が飛ぶかと思った。
あれと比べたら、さすがにな。
「まあ、セドリック様はお菓子にも精通しているのですね。教えていただくことは可能かしら?」
「お茶と菓子の組み合わせとか、参加者の格に合わせた内容とかの座学も合わせて、半年程度の講義を乗り越えればいいんじゃないか? あの勉強会が子ども相手のお遊戯に思えるような難易度だろうけど」
「……主催者として、ご挨拶しなければいけない方々がいたのを思い出しました。お三方はぜひ楽しんでくださいね」
慌てて席を立つ主催者様。
「逃げたか」
「……逃げるに決まっているのだわ。あの時以上の地獄なんて……」
「はっ、あの程度が地獄? そんなことを言ってるうちは、北部貴族にはなれねえぞ」
「なりたくもないし、なる予定もないのだわ」
口が寂しくなったから、用意された軽食を手に取る。
とりあえず、普通、としか言えないな。お茶はセディ基準で八〇点は取れる味だから、こっちの平凡さがより際立つ。学生の集まり程度なら問題ないだろうけど、公式の場で出たら失敗扱いだな。
相乗効果が分かってないってレッテルを貼られるだろう。
「……そういえば、セドリック様はご実家に戻られているん、でしたっけ?」
「ああ、そうみたいだな。気付いたら消えてたよ」
「消えてた……ですの?」
本当、消えたとしか言えない。
時間が出来たからセディん家を訪問したらさ、子爵様がいたんだぞ! 話を聞いて……というか聞かされてみれば、ソリティア様の魔法でエルピネクト領に飛ばされたって、消えたって表現しか出来ねえだろう。
色々とありえねえ。
「セドリック様の噂なら、私も聞いている。なんでも、幻獣を単独で討伐したとか」
「はっ? 幻獣を、単独?」
聞き捨てならない単語が、ドロテアの口から出てきた。
いや、エルピネクト領で幻獣が珍しくないのは知ってる。セディが幻獣に襲われる可能性も、少なからずあるのは認める。
でも、セディが幻獣と単独で戦うとか、あるか?
「聞いていないのか? 幻獣の遺体が王都に運ばれたのは有名だろう?」
「誰かが殺したってのは聞いてるけど、それがセド様? 何かの間違いじゃないか?」
「間違いではないぞ。王宮に呼ばれて、何かを下賜されるらしいからな」
……これは、お茶会ばっかりに出てた弊害だな。
騎士の噂話と、女どもの噂話は違うから。
「……何やってんだよ、セド様」
気持ちを落ち着かせるために、ポットに入っていたお茶をポットに注いだ。
帰ってきたら、何を言ってやろう。危ないマネを糾弾するのがいいか? それとも、武勇伝を聞いたほうがいいだろうか?
とりあえず、セディが嫌がるのはどっちかを、熟考した上で答えを出すとしよう。