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(……動くのは、指先だけ)


 柄を握っただけなのに、痛みで脳髄が沸騰しそうになる。

 だがその熱で、少しだけ冷静になれた。


「初めての感触だわ……マナ回路はともかく、骨の一つも砕けないだなんて……」


 実の弟に対してなんて危険な攻撃をするんだと、文句を思い浮かべる。


(グロリア……マナと、回復を……)


 回復魔法をグロリアに使わせながら、幻体技を使用するためのマナを供給させる。

 僕が取れる最大効率の回復手段。ここまでやっても神聖魔法には届かないのだから、たまらないとしか言えないけど、違和感に気付いた。


(あれ、マナの蓄積量が……多い?)


 グロリアにマナを蓄える方法は、魔法をマナに変換するか、マナを直接吸わせるかの二つ。

 姉上は魔法を使わないし、マナ回路にまで届く深手を負わせたわけでもない。もちろん、生きるか死ぬかの瀬戸際で、自分のマナをチャージに回す無意味な行動を取ったわけでもない。だからグロリアのマナは減るはずなのだ。


「まあ、生き残ったのだからいいでしょう。その様子なら、クラーラ姉様の魔法も必要なさそうだし、修行がてら自分で治しなさい」


 天墜を肩に担いで、踵を返す。

 姉上を相手にして五体満足なのだから、充分すぎる戦果と言えよう。自分で治せなどと言ってきたことには文句を言いたいけど、傷が浅かったと思えば許容できる。


「……――勝手に、終わらせないでもらえますか……」


 グロリアを杖にして、僕は立ち上がる。


「根性は認めるけど、寝てたほうが良いわよ。神経にダメージ入ってるから、死ぬほど痛いでしょう?」


「そりゃ、痛いですよ。……けど、ここで立たなきゃ、……もう一度撃ってもらうなんて、思えませんからね」


「もう一度って、今のを?」


 頷かずに、グロリアを構えた。


「別にいいけど、命の保証はないわよ?」


「グロリアの使い方を、掴みかけてるんです。……これからのことを考えたら、ここで退く理由にはなりません」


 王都に戻れば、否応なく王位争いに巻き込まれる。

 エルピネクトの次期領主という時点で逃れられないし、幻獣を討伐しちゃったから近いうちに王宮に呼ばれる。王宮には権力に巣食う魑魅魍魎はもちろん、姉上と同格の化け物もいる。つまり、自分の身を守るためには、少しでも力を付ける必要がある。

 だから、グロリアという切り札を使いこなす機会を、見逃してはいけないのだ。

 特に今は、マリアベル姉上という手加減をしてくれる人が相手。この程度のリスクを許容できずして、どうして生き残れるというのか。


「まったく。覚悟だけは一人前なんだから」


 姉上の天墜が、グロリアに重ねられた。

 何が起こるか見逃さぬよう、グロリアを握ったときに見えるマナの動きを注視する。姉上のマナは身体能力の向上にしか使われておらず、魔剣・天墜には一切流れていない。心臓の鼓動や呼吸に合わせた動きがあるだけで、他の動きはない。

 なので、マナの動きから肉体の動きそのものに意識を移す。


(きた――っ!)


 姉上は予備動作を隠す努力をしない。

 素人に毛が生えたレベルだから見えた、僅かな踏み込み。


(必要なのは――イメージ。衝撃の流れと、それをマナに変換するイメージ)


 グロリアの本質は、変換と蓄積。

 魔法という形に変換した力をマナに変換できるなら、衝撃をマナに変換できる……はず。

 確信があるわけではない。状況証拠から、そうでなければ説明がつかないと思っただけだ。エネルギー保存の法則がこの世界でも当てはまるとしたら、決して不可能なことではない。


(絶対できる、絶対できる、絶対に――できる!)


 マナを捉える目でも見えない衝撃で、グロリアが震える。

 僕がすることは、イメージするだけ。痛みで悲鳴を上げる身体を無視して、衝撃をマナに変換するイメージを、グロリアに送るだけだった。グロリアが震えているのか、それとも自分の手が震えているのかも分からなくなっても、イメージは止めない。

 ギャラリーからは一瞬ほどでしかない時間が、僕の中では何万倍にも引き伸ばされていた。

 震えは永遠に止まらないのではないか? そんな弱気を何度も振り払い、衝撃をマナに変換し続け、そのときは訪れた。


(――終わった?)


「気持ちは分かるけど、残心を忘れたら死ぬわよ」


 ――ズシンッ、と。覚えのある衝撃に襲われた。



「ゴフ……ッ!?」


 何が起こったのかは、もう分かる。

 右足の踏み込みで生じた衝撃を防いだ直後に、姉上が左足を踏み込んだのだ。

 終わったと気を抜いた直後の隙を突いた、見事な追撃。身体の動かし方は素人同然のクセに、戦闘の機微は歴戦の勇士と同等。

 それが《天墜》マリアベル・エルピネクトなのだ。


「安心なさい、加減したから死なないわ」


 今度は、指先一つ動かない。

 それどころか、触覚まで麻痺している。


「悲観なんてしなくていいわよ。最初の一撃を防げたってことは、グロリアを使いこなせたんでしょ? ハッキリ言うけど、そこまでの境地に至れるのって数少ないのよ。上級って呼ばれる第三位以上の冒険者とか、司教レベルの神官とか。大陸で見ても一〇〇〇人に満たない領域に至ったんだから、胸を張りなさい」


 身体が動かないから無理です。

 というか、痛みさえないってヤバくない? 死ぬ直前ってことじゃない?


「……んー、ちょっと不味い? やりすぎた?」


 地面しか見えないけど、姉上はきっと困り顔のはず。

 普段なら少しは溜飲が下がるものだけど、命の危険があるので下がらない。


「誰か、クラーラ姉様を呼んできなさい。多分、自室で寝てると思うから急いで。抵抗するようなら担いでも構わないわ」


 数名分の足音が遠ざかっていく。

 この様子なら、クラーラ母上に治してもらえそうだ。駄々をこねる子どもみたいなところはあるけど、負傷者の治療を拒むほど心の狭い人ではない。


「おやおや、セド君が死にかけてるぞ。これはどんな状況かな?」


 ……僕は今、自分が動けないことを後悔していた。

 動けていたら、人懐っこい笑顔を浮かべる美人さんな顔に、グロリアを叩き込めたのに、と。


「ソリティア姉様、なぜここに? しばらく戻ってこれないと言っていませんでしたか?」


「そうだったんだけど、事態が斜め下に動いちゃってね。無理して動かないと、夏休みが終わっても戻ってこれなさそうだったから、無理してお迎えに来たんだ」


 無理して幼稚園に来たキャリアウーマンみたいなセリフを言うソリティア母上。

 どんな顔しているのか一目見たいけど、身体が動かないから無理。


「でも、セド君はちょっと無理っぽいね。こんなボロボロの状態で転移なんてしたら、トドメを刺しちゃうよ」


「……まあ、ちょーっとやりすぎた気がしますが、そんなに?」


「うん、そんなに。今すぐに死ぬわけじゃないけど、今日中に治療しないと悪化するレベル。クラーラちゃんは呼んでる?」


「無理にでも連れてこいと、指示を出したところ」


「なら安心だ」


 いるのは当たり前だ、と叫びたい。

 いくら粗暴な姉上でも、クラーラ母上がいない時に殺し技なんて使わない。


「――おっ! そこにいるのはもしや、ロズリーヌちゃんかな?」


 くるり、と。

 身体と話の向きを変える母上。


「はい。このようのな場で、失礼いたします」


「いいよいいよ、セド君とマリちゃんの試合を見物してたんでしょ? 見応えはあった?」


「はい。詳しいことは分かりませんが、迫力はありました」


「うんうん、そうでしょうとも。マリちゃんはクルクル回って踊りみたいだし、セド君もよくいなすからね」


 母上の能天気さに、困ったような声を出すロズリーヌさん。


「――ところで、ね。急で悪いんだけど、今日、帰らない? オーギュスト君から早く帰せってせっつかれててね。できれば、頷いてほしいんだけど」


「……お祖父様からの指示であれば、否とは言えません。クラーラ様がよろしいのであれば、いますぐにでも」


「本当に? 真に受けてすぐに送っちゃうよ?」


「そうですね……できれば、着替える時間をいただければ」


「なら、着替えが終わるまで待つね。部屋まで送ってくよ」


 見えないけど、母上に引きずられるロズリーヌさんの姿がありありと浮かんだ。


「――あ、そうだ」


 何かに気付いたのか、タタタっ、と母上が駆け寄ってくる。


「いくらクラーラちゃんでも、その傷をすぐには治せないからね。だから、セド君は馬車でゆっくりと王都まで戻ってきてね。多分、治ってすぐに動けば、間に合うはずだから」


 それだけ言い残して、母上は去っていった。

 叫んだら本当に死にかけないので、とりあえず、心の中で叫ぶとしよう


 ――いい加減にしろロリババア――ッッッ!!


 と。

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