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 汗を流し終えた僕は、身なりを整えてすぐに中庭に戻った。

 体力はすでに回復しているので、グロリアを引きずるようなマネはしていません。ここからは、マナの消費は少しでも抑える時間なので。


「おや〜、早かったですね。試合開始まで三〇分ありますから、ゆっくりしてても良かったんですが〜」


「ゆっくりなんてしてたら、せっかく温めた身体が冷めちゃうからね。片付け終わったんなら、柔軟を手伝って」


「もちろん構いませんよ〜」


 ネリーに手伝ってもらうと言っても、やるのは普通の柔軟です。

 少しでも加減を誤れば死んじゃうような準備運動をした後では説得力ないのは分かってるけど、本当に普通の柔軟です。日本基準で見ても普通な、運動前の柔軟です。


「しかし〜、こんなことして意味あります? マナ回路を温めるだけで充分だと思いますが」


「やらないよりは、あると思う。稼働領域が少しでも増えれば、動きやすいし……最低でも、気休めになる」


「確かに、メンタルは大事ですね〜。あたしも若様と稽古ができるからって、使っちゃいけない魔法を使いそうになりましたから」


「それはダメな例だね」


 なんだか久しぶりに、ゆっくりと時間が流れている気がする。

 ソリティア母上に飛ばされるまでは、普通のことだったのに。バカ二人のケンカを止めて、騒動を起こしそうだからって追い出されて、熊の幻獣に襲われて、挙げ句の果てに王位争いに巻き込まれてるって?

 許されるなら、このままエルピネクトに引きこもりたいな。


「……正直に答えてほしいんだけどさ、ネリー達はあの幻獣、どうやって倒すつもりだったの」


「基本的にはヒットアンドアウェイです。あたしとアンリちゃんとで前線を構築して、トリムちゃんをメインアタッカーに削っていく予定でしたよ。あたしは近接をメインに、魔術で嫌がらせをする役割でしたね〜」


「ダメージとかは、どのくらい受けたと思う?」


「ん〜、正直に答えますが、無傷か死ぬかのどっちかになります。これは壁としての役目ができないことが理由なので、若様が弱いわけではないですよ〜」


 大丈夫、そこは分かってる。

 気にしないって言ったら嘘になるけど、戦い方の違いだって分かってる。


「じゃあ、姉上ならどうかな?」


「そんなの、裸でも無傷に決まってるじゃないですか〜。当主様とは別の意味で、マナ回路を極めた化け物ですよ」


「だよねー。そんなのと試合するなんて、無謀だよねー」


 循環器系マナ回路を鍛えた人間ってのは、人間の形の幻獣だ。

 グロリアを使ったとはいえ、僕が熊の幻獣と互角以上に戦えたことがその証拠。

 ただし、幻獣の中にも格ってものがある。僕があの熊と同格だとしたら、マリアベル姉上と同格なのはドラゴンだ。そう、物語でよく出てきて、英雄の当て馬にされることでお馴染みの、あのドラゴン。

 この世界にも、もちろんいますよ。

 強さはピンキリで、一〇〇歳未満の子どもなら第三位冒険者のパーティーで対処可能なほどに弱い。五〇〇歳未満の若いドラゴンでも、小国の総力をもってすれば何とかなる程度。本当に危険なのはこの上からだけど、まあ、この辺では出ないから関係ない。

 姉上の力量は、一〇〇歳以上五〇〇歳未満ってところだな、多分。

 ……うん、ドラゴン基準で弱くても、絶対に勝てないことには変わらないな。ちなみに父上は、本当に危険なドラゴンの対処ができるレベルの化け物だったりする。


「勝つのが目的ならそうですが〜、違いますよ。あくまでも、若様の腕試しです。どうせ負けるんですから、気楽にいきましょう〜」


「……そだね。死なないように気張っていけばいいか」


 あの熊の幻獣がどれだけ強かったかは、僕には判断が出来ない。

 第四位冒険者が負けたけど、戦いには相性差ってものがある。特に、あの毒の血は厄介極まりなかった。僕みたいに解毒できるマナ回路を持ってる人なんて少ないのだ。

 セオリーとしては、解毒の奇跡がある神官を用意すること。

 でも冒険者をやるような神官って、多くはないから。第三位冒険者以降なら、勧誘しなくても入ってくるんだけど、第四位だと、ね。エルピネクトの外なら問題ないんだけど、うちは冒険者が多いから。

 彼らが焦ってたのも、それが原因かも知れない。


「その意気ですよ〜。試合の後には、美味しいご飯を用意していますから。なんと、若様の大好きな海産物を使ったパエリアです!」


「ほ、ホントに! ホントに、パエリア!?」


「ええ〜、ええ〜、本当ですとも。ムール貝に、エビに、サフランなどなど。若様の好きなのをい〜っぱい入れた、特製パエリアです。楽しみにしててくださいね〜」


「――ちょっとだけだけど、やる気が出てきた」


 米と海産物だなんて、最高の合わせ技じゃないか。

 王都だとありがたみは薄れるけど、ここはエルピネクト。手に入れるのがどっちも難しいことを加味すれば、最高のご褒美だ!


「ところでなんだけど、姉上は何やってるの? そろそろ時間で、ギャラリーも集まってきてるけど」


 柔軟も一通り終えて、あとは試合を待つばかり。

 なんだけど、姉上が来る気配が全くない。


「マリアベル様でしたら〜、優雅に朝ごはんを食べていますよ。整備している時にトリムちゃんに聞いたんですが、深酒が原因でお寝坊をしたようです」


「……まあ、いっか。真面目に戦われると、死亡率が上がるし……」


 言いたいことは、山ほどあるけどね。

 こっちは内臓にダメージ受けてもいいように朝食抜いてるのにとか、準備運動に加えて柔軟までマナ回路と身体を温めたのに、とか、色々と。

 まあ、いいんだけどね。どうせ勝てないから。

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