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 憂鬱な朝が来た。

 いや、正確には空が白んできた、か。

 姉上との試合はまだまだ先だけど、僕はベッドから出る。別に緊張で眠れないとか、気が逸ってしまった、とかじゃない。


「――若様、おはようございま〜す! ご所望の運動着をお持ちしましたよ」


「うん……朝早いのに、ネリーは元気だね。おはよう……」


 ネリーから受け取った運動着に、早速着替える。

 頭の動きは眠気とは別の意味で鈍いので、ネリーがガン見してるのは特に気にならなかった。


「これから準備運動するって、話は通ってるよね?」


「もちろん通してますよー。通さずに、不審者扱いされた方が運動になる気がしましたけど、ちゃんと通してますよ」


「本当に通したの!? 無駄な体力使ったら僕死ぬよ!?」


 十中八九、冗談だとは思う。

 けど今の僕には冗談を受け入れる余裕がない。


「冗談ですよ冗談。それに、若様なら通してなくても不審者扱いされませんって。手合わせをしろって詰められるくらいで」


「それはそれで困るんだけど……」


 不審者扱いよりはマシだけどね。


「はい、なのでちゃ〜んと、話は通しています。マリアベル様との殺し合いをするんですから、万全の状態で挑まないとダメですもんね〜」


「殺し合いじゃなくて、試合ね」


「マリアベル様が魔剣を振るわれるんですよ? どう控えめに見積もっても、殺し合いとしか表現できませんが?」


「僕の精神衛生上、試合って呼んでください……」


 だって殺し合いだと、僕が殺され続けるという公開処刑にしかならないから。


「危険性を理解しているなら、あたしはどっちでもいいですけど。――では、準備運動をしましょうか。アンリちゃんが独占してるお役目が、今日はあたしのもの〜」


 鼻歌交じりで僕の手をひくネリー。

 僕と準備運動――軽い模擬戦をすることが嬉しいみたいだけど、なんでかはよく分からん。

 ともかく、姉上と試合をする予定の中庭に到着した僕たちは、互いに腰に差している魔剣を抜いた。


「ところで若様、どこまでやっていいですか?」


「寸止めで殺しに来て。とにかく数をこなしたいから、講義はいらない」


「分かりました〜。あたしも魔法殺しの魔剣を攻略したいと常々思っていたので、手加減無しでいきますね」


 ネリーの戦い方は、実はフレデリカさんと似ている。

 中遠距離を魔法で、近距離は手にしたショートソードで、という王国では一般的なスタイル。どちらに比重を置くかは流派や個々の適正によって異なるが、ネリーはフレデリカさんと同じく中距離主体。

 なお、なんで僕がフレデリカさんの戦闘スタイルを知っているかと言うと、間合いの取り方を見れば分かる。中間考査では武術オンリーの縛りがあったけど、魔法を撃ちたそうにしてたし。


「――天道、光明、弓弦――光矢」


 ネリーの初手は、攻撃魔術の基礎である光の矢。

 マナ消費量の低さの割に威力があり、さらにアレンジのしやすさから初心者から達人まで使える優れもの。ただ中級者や上級者は、派手さや使用難易度の高い魔法を好むので、忌避されやすい傾向にある。

 ちなみにエルピネクトで忌避するようなことを言ったら、先輩の魔術師が光の矢の素晴らしさを講義してくれる。講義を受けた魔術師は、瀕死になりながら素晴らしさを理解するけど、講義で何が行われているかは知りたくない。


「ではでは〜、試合を開始しますね」


「……あの、多すぎない?」


「寸止めするので安心してくださいね〜」


 三〇を越える光の矢が、僕を狙って放たれた。

 散弾のように広範囲に、ではない。最初に棒立ちのままでは確実に命中するような一発が放たれる。僕の行動としては、避けるか防ぐかになるんだけど、間髪入れずに放たれた数発は、僕が取りうる行動を見越して放たれている。

 つまり、防いでも、避けても、どれかに当たる。

 立ち止まれば、まだ放たれていない二〇以上の光の矢の集中砲火を受けるのは間違いないので、グロリアを盾のように構えて左に飛び、


「――はい〜、一回死亡」


 いつの間にか距離を詰めていたネリーに、首筋をやられた。

 僕は反射的に距離を取りネリーに向けて剣を構えると、コメカミと脇腹に一発ずつ、光の矢を受けて吹き飛ばされる。


「これで死亡二回目、そして三回目です〜」


 勢いがなくなり止まった地点に、容赦なく残る光の矢が降り注ぐ。

 グロリアで防ぐ暇もない連撃を受けた僕は、痛みに耐えながら立ち上がった。


「若様はアンリちゃんとばっかり稽古をするから、魔法に対する警戒心がゼロなんですよね〜。もっと視野を広げてください。でないと、本当に死んじゃいますよ?」


 ネリーの言葉に偽りはない。

 一つひとつの威力は低いが、二〇以上も喰らえばかなりのダメージになる。死なない程度に調整されてなかったら、普通に死んでた。


「――じゃあ、第二ラウンドといきましょう。このままだと、五〇回は死んじゃいますから、気張ってくださいね〜」


 この後も、容赦のない猛攻が続いた。

 少しでも動きを止めたら大量の光の矢を浴びせられ、グロリアで魔法を吸収すればショートソードで急所を斬られ、距離を詰めようとすれば翻弄される。

 もう完全にね、勝負にさえならない感じ。


「うんうん、いい感じに仕上がりましたね〜。三七回も死んで、一回も反撃されませんでしたけど、ウォーミングアップにはちょうどいい感じです」


 ボロ雑巾状態を「ちょうどいい感じ」と表現するのは、どうかと思う。でも間違ってはいないんだよね。このくらい追い込んで感覚を磨いておかないと、姉上に速攻で潰されるから。


「とりあえず、あっちで汗を流してはどうですか? 今ならまだ誰も使ってませんから、あたしがお手伝いしましょうか〜?」


「……いい、一人でやる」


「そうですか、では中庭を整備して待ってますね〜。あ、伝えるのを忘れてましたが、グロリアは腕輪にしまっちゃダメですよ。お部屋に戻るまでは抜身で持ち歩くようにと、マリアベル様からの指示がありますから」


「……わかっ、た」


 疲れていたので、グロリアの剣先を地面に付け、引きずりながら井戸に向かう。

 途中、グロリアがマナを吸って抗議の意を示すけど、無視した。持ち歩く元気がないのと、少しでもマナを貯蓄したいから。

 姉上との試合で使うかは分かんないけど、少しでも備えとかないと、潰れたトマトになるもん。


「……はあ、逃げたい」


 日は完全に昇ったが、憂鬱な気分は増すばかり。

 逃げられるもんなら一目散に逃げるんだけど、逃げ場なんてどこにもない。なにより逃げたら、冗談抜きの殺し合いになっちゃうから、逃げらんない。

 憂鬱な気分のまま、井戸から汲み上げた水で汗を流すのだった。

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