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本日2話目の投稿です。前のを見てない方は注意してください。

「……ノスフェラトゥって、吸血鬼ですか? 冥導星の?」


「うん。その空飛ぶ蚊以下の害虫だよ」


「つまり……王都が奈落領域に落ちる可能性があるってこと、ですよね……」


 奈落領域とは、この星とは違う惑星の法則が顕現した領域だ。そのため、奈落領域にはいくつかの種類がある。

 例えばエルピネクト周辺の奈落領域は、天使が棲まう天導星。

 天使の対として語られることの多い、悪魔が棲まう獄導星。

 そして、吸血鬼を始めとした不死者――ノスフェラトゥが棲まう冥導星。

 どれもが人が住むことの出来ない過酷な異界であり、一度でも奈落領域に落ちてしまえば、解放することは非常に困難となる。


「――大丈夫大丈夫、この程度で落ちないから」


「危機感……なさすぎじゃないですか?」


「そう言われてもねえ、このくらいの干渉はいつものことだよ。あの空も飛べない寄生虫共は、都市単位で奈落領域を展開しないと、まともに存在もできないんだよ。太陽の下で活動できないからね」


 太陽に弱いって聞くと、弱点が多い吸血鬼を想像するけど、違う。

 冥導星の吸血鬼は、太陽以外に弱点を持たない。斬っても砕いても再生する不死性と、人となんら変わらない知性を持った、正真正銘の化け物だ。


「もしかして、父上が王都にいるのって――」


「うん、吸血鬼の首領が見つかったから、首を落としに行ったよ」


 ただ、人類にも化け物はいる。

 循環器系マナ回路を極限まで鍛え上げた父上のような武人や、神経系マナ回路を介して神秘を自在に操るソリティア母上のような魔法使いなら、不死の吸血鬼だろうと当たり前のように殺しきる。


「なら、なんで僕を残したんですか? この件はもう終わりでしょう」


「こ〜ら、面倒くさいからって、目をそらしちゃダメだよ」


 顎にデコピンをされた。


「寄生虫がいくら狡猾だったとしても、王都の警備は厳重だよ。簡単に、暗躍ができると思う?」


「……貴族の協力者がいたと?」


「んー、もう一歩踏込もうか。呪いがかかったフレデリカちゃんは騒動を起こした。それなのに、退学処分にならなかった理由は、なんでかな?」


 気になっていた点ではある。

 呪いという証拠がなかったとしても、二〇人以上の貴族を落とし、婚約破棄や廃嫡に追い込んだ女子生徒を退学にしない理由。


(婚約破棄や廃嫡になってくれた方が都合が良い理由なんて、考えるまでもないけど)


 つまりは、権力闘争。

 いや、これでも踏み込んでない。今、フレデリカさんに粉かけてるのが、フレッド君とバカな甥っ子だと考えれば、自然と分かる。


「……王位争いを含んだ、権力闘争」


「せーいかーい、よくできました」


 母上の手が頭に置かれ、いいこいいこ、と動く。

 まったくもって嬉しくない。


「それで、何が言いたいんですか? 王室派が有利になるように動けってことですか?」


「王室派なんてどうでもいいよ。ボク達はエルピネクトだよ。エルピネクトが有利になると思ったなら、セドリック君が王様になる道だってあるんだから」


「王位継承権はありますが、意味ありませんって。例え王になったとしても、僕よりも継承権が上の連中が騒いで安定なんてしません。その鎮圧に力を注げば、奈落領域が蠢動するに決まってます」


「それでも、だよ。合法的に王になれるってカードは、とっても強いんだから」


 理屈の上では分かるけど、心理的には分からない。

 王権を手にしたからって、何でもできるわけじゃない。国内勢力や国際情勢の関係から、絶対に着手しないといけない政策は決まってくるし、自分のしたいことは慣習とか派閥からの圧力で制限される。

 王族として生まれ、王にならなければ一生飼い殺しにされるか、殺される未来が待っているならともかく、次期領主である僕が王位を狙う理由はほとんどないんだ。


「強いって言っても、王立学校では認識されない程度のカードですよ?」


「セドリック君らしくない鈍さだね。いや、自分を高く見積もりたくないのが、セドリック君だから、らしい鈍さか」


 大変、失礼なことを言われた気がする。


「いい、セドリック君。王国三大派閥のバランスを崩す力を持っている北部次期盟主に、王位継承権があるって事実は、決して軽く見ていいものじゃないんだよ。賄賂とかハニートラップはもちろん、法を犯してでも取り込むか排除したい、そんなジョーカー的なカードだよ。セドリック君だったら、無視できる?」


 ……そう言われたら、絶対に出来ない。

 自分のことだから実感しにくいけど、そんなカードがほぼ中立状態なのは、色々な意味でよろしくない。


「ちょっと考えれば分かることなのに、王立学校での認知度が高くない。――これは、疑うべきだとは思わない?」


 室温は変わらないのに、なぜだか身体が冷えてきた。

 知ってはいけないこと、気付いてはいけないことに、触れているような感じだ。


「……これ、ノスフェラトゥとか、関係ない話……ですよね……?」


「もちろん。この程度の認識操作、魔法なんて使わなくてもできるもん。――ボクが何を言いたいのか、そろそろ分かった?」


「僕はもう、王位継承戦に巻き込まれてる……」


「よくできました。花丸をあげましょう」


 王立学校が、貴族社会の縮図とはよく言ったものだ。

 そして、この言葉の意味をどうやら甘く見ていたようだ。

 権力に巣食う魑魅魍魎共は、成人して間もない子どもだろうと権力闘争の道具にする。足を引っ張るためなら、吸血鬼だって利用する。利用した吸血鬼だって、頃合いを見て始末してしまう。

 人の世界ってやつも、奈落領域に負けず劣らずの魔境ってことだね。


「……今から、足抜けするのは無理だな。領地に引きこもるにしても、学校を卒業してからじゃないといけないし……」


 母上を膝に載せたまま、僕はベッドに倒れる。

 見慣れない天井を見る気分にはなれず、右腕で目を隠す。


「……どうやったって逃げられないなら、覚悟を決めるしかないか……」


「ちょっと遅い気もするけど、決まったなら良かったよ」


「もしかして、僕に活を入れるために話を?」


「違うよ。フレデリカちゃんを連れてきてるのに、のほほんとしてるから心配になっただけ。ボクの血は引いてないけど、セドリック君はボク達が二〇年以上も望んでた男の子だもん。危険な場所で遊んでる自覚がないから、危険な場所だよって伝えたかっただけ」


 膝の上で、寝返りを打った感触がした。


「遊ばないように注意するのが、普通じゃないですか?」


「なんで危険なのかを説明するのが大切なんだよ。ただ危険だよって言うだけじゃ、同じことを繰り返すだけ。それに、セドリック君はもう大人だからね。禁止なんてできないよ」


「そうですね。危険地帯から逃げられない以上、危険性を理解した上で付き合う必要がありますもんね」


 さすがの説得力だ。

 危険地帯のエルピネクトに四〇年以上住んでいるし、その前は魑魅魍魎のお膝元である王都に住んでいた人だ。

 多分誰よりも、政治闘争の舞台が奈落領域と変わらないくらい危険だと理解している。


「まあ、エルピネクトなんてど田舎に引きこもってるセドリック君じゃ、分からない危険だからね。気付かないのも無理はないけど、違和感から目を背けちゃだめだよ。なんで違和感を感じたのかをちゃんと理解しないと、大変な目に遭うから」


「違和感を解明した結果、知っちゃいけないことを知る可能性もありますよ?」


「そこはほら、野生の勘で嗅ぎ分けないと」


「野生の勘って、ど田舎で鍛える技能ですよ……まあ、そこも鈍ってたことは自覚しましたけど」


 ベッドから身体を起こして、膝の上の母上を掴みあげる。

 丁寧に枕のところまで運んで、ベッドから降りた。


「じゃあ、そろそろ戻ります。惰眠を貪るのもいいですが、ご飯はちゃんとしたものを食べてくださいね。後で部屋に運ぶように伝えますから、絶対ですよ」


「それはいいけど、お布団を返して……これじゃ、風邪引いちゃうよ」


「そのくらいの運動はしてください」


 知りたくない事実を知ってしまったのだ。

 このくらいの意趣返しは、受け止めてくださいね。

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