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「王家に献上……って、なんでお金にならない無駄なことをするんですか!?」


 叫んでも許されると思う。

 だって命を懸けたんだもの。


「無駄ってねえ……少しは貴族としての自覚を持ちなさい。貴族の身分は王家が保証してるのよ? 蔑ろにしてどうするのよ」


「王家の権威が実体を後押ししてるのは理解してます。でも、王家は貴族の棟梁ではあっても、絶対的な力を持ってはいません」


「王位継承権一〇位を持ってるあなたが言うと洒落にならないからやめなさい」


 クーデターをするかもってこと?

 エルピネクトの保有戦力とかを考えれば、無理ではないな。やる意味ないけど。


「姉上も知っての通り、僕の目標はエルピネクトに物流の大動脈を通すことです。王都を制圧したところで、他の貴族の反発を招いて計画が頓挫しちゃうのでしませんよ」


「真っ先にクーデターを考えちゃうから、洒落にならないのよ。――ったく、王家をそこまで蔑ろにできるのに、なんでバカの相手をすることを心配するのよ。理解できないわ」


「敵にするなら、頭の良い人とバカ、どっちがいいですか?」


 甥っ子みたいなバカはいるけど、あくまでも個人としてだ。

 組織としての王家は、政治力の怪物。首謀者としてクーデターを成功させても、絶対に巻き返される。本気で権力を狙うなら、誰かにクーデターを起こさせて、それを鎮圧した英雄としての立ち位置を得るのが楽だ。

 でもそれやると、奈落領域が拡大しそうだからやらない。

 あいつら、超絶に狡猾的なんだもん。


「そこまで分かってるなら、献上の見返りも分かるでしょう?」


「爵位や勲章に匹敵する名誉、ですよね?」


「正解」


 そのくらいは分かります。

 僕の頑張りはお金にならないよ宣言で頭に血がのぼったけど、日本史の戦国時代を知っている身としては簡単に分かっちゃいます。朝廷が官位を大名に売っぱらっていたのと発想が同じだからね。


「でも、幻獣がそれに化ける理由がよく分かりません。エルピネクトは異常だとしても、買取とか、軍を派遣して討伐すれば献上できるはずですよね? でも、聞いたことないんですけど?」


「貴族が単独で、王国に被害をもたらした幻獣を討伐した場合に限るのよ。この単独は、一〇人未満の部隊まで適応されるけど、ここ一〇〇年で成したのはお父様とあなたの二人だけよ」


「厳しいっていうか、ほぼ無理な条件ですね。――っていうか、おかしくないですか? 父上って、貴族になってからも幻獣、数え切れないくらい殺してますよね? それも、文字通りの単独で。なのに献上したって話、聞いてませんよ?」


 あの人は、ガチなチート勢なのだ。

 チートという言葉が陳腐なら、バグと言ってもいい。

 七〇……じゃない、現在六八歳なのに、剣技に衰えが出るどころか鋭さが増している。あくまでも僕の所感だけど、僕が討伐した幻獣程度、文字通り一太刀で首を落としてる。


「あの人の場合は、政治的な配慮から献上していないのですよ」


 配慮って、そういえば姉上の授業で聞いた覚えがあるな。

 確か、そう。


「それって、父上を伯爵にしないための配慮ですよね?」


「そうよ。クラーラ姉様の孤児院出のお父様が、子爵になることすら大反響だったんだもの。伯爵になんて昇爵したら、ねえ」


「まあ、国家としては秩序の維持が必要ですからね」


 日本人の感性からしたら、評価を偽ることに違和感がある。

 でも、身分制のある国家で、底辺が頂点にのし上がるってのは異常なことなのだ。特に父上は王女であったアイリス母上を娶っている。どれだけ功績を積み上げたとしても、子爵という身分に留まるというのは、謀反しないという意思表示になっていた。


「――けど姉上、その配慮を逆手に取って、悪どいことしてますよね? 街道整備の許可とか、貴族買収の事実を追求させないとか、北部盟主になることの黙認とか」


「爵位と名誉の代わりとなる対価をいただいただけよ」


 大方、認めなければ幻獣を献上するぞとか、奈落領域が王都したら山を越境させるぞとか、ソリティア母上を解き放つぞとか、色々言ったんだろうな。


「なら、本来の対価は何なんです?」


「個人の紋章と、採算度外で作られる幻獣素材の魔法のマントよ」


「……それ、騎士が喜ぶ対価ですよね? 僕、文官側の人間なんですけど……」


「幻獣を単独で殺せる輩を文官とは呼ばないわ」


 姉上の答えに納得してしまった。

 なにせ、父上も元を正せば文官の出なのだ。エルピネクトという修羅の巷でバグってしまったけど、文官としての優秀さで貴族にのし上がった人なのだ。


(――あれ? その理論でいくと、僕も父上と同じ道を歩んでない?)


 いや、文官としての実績がないから、武官として認識されるかも知れない。

 父上よりも状況がヤバいかも知れない――!?


「――あ、姉上!? 紋章って、具体的な図柄は」


「もちろん、本人の要望に則したものになるわ。他の人と被らないように調整するけど」


 よし、ならばまだ希望はある。

 文官として、文明人として恥ずかしくないモチーフにすればいいのだ!


「蝶は、入れてもいいんですよね?」


「それは絶対に入れるものよ。継承権のない長男や次男ならまだしも、末っ子のあなたがが入れないでどうするのよ」


「おかしい文章なのに間違ってないことが気になりますが、蝶は入れるんですね。分かりました」


 まずは、騎士や武官が好む要素の排除からだな。

 これはまあ、剣や盾などの武具を入れなければいい。次いで、肉食獣や幻獣の類を入れるのもアウトだ。

 強さの象徴を徹底的に排除しなければ、僕のイメージがおかしなことになる。


「私個人のオススメとしては、やっぱり熊を入れるのがいいと思うの。グロリアをモチーフにした剣を入れるのもいいけど、熊の上にいる蝶なんて、可愛くてかっこいいでしょ?」


「その感性はまったく理解できませんが、グロリアをモチーフにするのはいいですね」


 使用する魔剣を紋章に入れるのは、定番中の定番だ。

 もちろん、僕は剣を入れないけど。剣を使わずにグロリアを表現できたら、知的な感じがして実にグッドだ。


「――アンリ、質問。白いユリ、白いバラ、白いデイジーの花言葉って何?」


「白いユリは純潔や高貴、白いバラは深い尊敬、白いデイジーは無邪気だな」


「じゃあ、ユリの蜜を吸う蝶で発注してください」


「本気で言ってるの?」


 正気を疑うような表情をする理由は、よく分かる。

 基本的に、花は女当主が好んで使う図柄なのだ。別に、使わない男がいないわけではない。例えば、薬学の分野で多大な功績を上げて紋章に届いた時。功績の象徴として、使用した植物を入れることがある。

 でも、幻獣討伐で使った前例はないはずだ。


「本気ですよ。――ユリの色を、真珠色にしますがね」


 グロリアは、有名であるが詳細が知られていない魔剣だ。

 なにせ、実戦で初めて使用したのが僕だから。僕以上にグロリアの能力を知っている人はおらず、その僕でさえ知らない機能がある。


(特に幻獣最後の特攻、あれどうやって防いだんだか……)


 実戦で使われていないのに、有名な理由。

 これは単純で、父上が王国の式典に出席する時には必ず、ブレイブとグロリアの二本を装備していくから。それも抜身で。

 この世界は、魔剣が権力の象徴でもある。

 王国最強と称される父上が式典に出すほどの魔剣として、グロリアは有名なのだ。


「……あなたねえ、人を試すような紋章にするのはやめなさい。底意地の悪さが出るわよ」


「底意地が悪いとはなんです? エルピネクトそのものである蝶と、貴族としての高貴さを表現するユリ、そしてグロリアの象徴である真珠色を組み合わせた、実に知的な紋章ではないですか。これならば、僕が幻獣を討伐するしか能のない輩とは思われません」


「……バカを集めて一網打尽にする悪辣な罠にしか見えないわよ、私には」


 そんなに、ダメな図案かな?

 すがるような目で、アンリを見た。


「どう思う?」


「若様らしさを追求するなら、ティーカップにしたらどうだ? カップの図柄を真珠色のユリにすれば、意図も変わらないだろう?」


「……また、茶狂いとか言われそうだな……姉上はどっちがいいと思います?」


 ジャッジは姉上に委ねるとしよう。

 個人的には、騎士とか武官っぽさから離れてれば何でもいいので。


「真珠色のユリだけにしときなさい。要素が多くなると、焦点がぼやけるわよ」


「なるほど。ではそれで発注をお願いします」


 なぜか投げやりな答えだったけど、別にいいか。

 甘いお茶を飲んで、一息つく。


「時に姉上。ソリティア母上はいつ頃来るのでしょうか? 四日間も寝てたってことは、リミットが近いですよね?」


 ホッとして、思い出した。

 幻獣討伐にタイムリミットが設けられた理由を。


「……不明です」


「はい?」


「ですから、未定になりました」


 どういうことだ?

 姉上が僕を騙す理由はない。だって、甥っ子やフレッド君を僕から離したくて、幻獣を討伐してこいって外に出したんだよ?


「……話が見えないので、もう少し具体的にお願いします」


「あなたを外に出した翌日にね、姉様から連絡が来たのよ。予定通りに返せなくなったって。夏休みが終わるまでには戻ってくるとは言ってたけど……」


 なるほど、なるほど、なるほど。

 つまり、いつも通りですね。


「…………いい加減にしろ、ロリババア……」


 さすがの姉上も、今回は何も言わなかった。

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