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0067

「幻獣討伐見事だったわ。報酬として、鯉の養殖と醤油事業への予算増額と、あなた個人への報奨金を用意したから、好きに使っていいわよ」


「……姉上、何か変なものでも食べましたか? まさかとは思いますが、お酒の飲み過ぎで脳に障害が出始めてるとか、ないですよね……?」


「人が褒めてるんだから素直に受け止めなさい!!」


 僕の部屋に、マリアベル姉上の怒声が響く。

 距離が近いから耳がキーンってするけど、身体が痛いから甘んじて受け入れる。


「だって……絶対に叱られると思ってたから……」


「お説教ならアンリで充分よ。反省はしてないみたいだけど、焚き付けた私にも責任はあるわ。だから、お説教よりも領主代行としての仕事を優先しただけよ。――それに幻獣の単独討伐なんて、お父様とソリティア姉様しか成し得ていない偉業なのよ。褒めないわけないでしょう」


「……単独じゃないですよ。第四位冒険者に加えて、村人も総出で参加しました」


 あれを単独とは僕は認めない。

 過大評価をされたら困るのだ。僕は確かに生き残ったけど、防御に徹していたから可能だっただけ。そりゃ、防御と同時に幻獣を斬ったけどさ、あれは幻獣だからできたの。武器と防具で身を固める連中には、攻撃が出来ない。


「あなた以外の当事者全員が、単独討伐だったと証言しているわ。アンリ達の検分でも、有効打を出せたのはあなただけと報告があるわ。そうよね?」


「はい。幻獣の死因は、マナの枯渇と大量失血になります。槍や弓、魔法によるダメージ痕も確認できましたが、死因に繋がるほどの深手はございませんでした。念の為に、有効打となった斬撃痕と魔剣グロリアを合わせたところ、見事に一致しています」


「だ、そうよ」


 ぐぬぬ、反論が出来ない。

 攻撃は単調だったけど、逆を言えば単調でも勝ててた証拠だ。

 毛皮は魔剣でも傷つけるのが難しいほど強靭で、血液も猛毒。循環器系マナ回路による身体能力強化も桁外れで、第三位以上の冒険者が動いてもおかしくなかった。


「……すべて、グロリアのおかげです。僕の力じゃありません……」


「魔剣を使いこなすのも実力よ。――というかセドリック、今日は何の裏表なく褒めてるのよ? なんで自分の功績を頑なに認めないのかしら」


「もっかいやれ、って言われるのがイヤだからです」


 姉上のみならず、アンリまで理解不能という顔をする


「言うわけないでしょ、そんなバカなこと」


「僕だって、姉上たちのことは信じてます。奈落領域の最前線で戦ったことがある人も同様です。でも、いるでしょ? 同年代のバカとか、年食っただけのバカとか、自己顕示欲が異様に強いバカとかが!」


「あー……いるわね。近くに二人も」


「……ああ、あれもバカでしたね」


 バカンスと幻獣騒動ですっかり忘れてたけど、甥っ子とフレッド君は条件に当てはまるな。


「でも僕が言っているのは、王立学校にいるその他大勢のバカです!」


「そりゃ、一定数はいるでしょうけど、エルピネクトの次期領主に突っかかってくるバカなんて、あの二人くらいだと思うわよ?」


「――いいえ、姉上は分かってません! 父上似の低くて横幅がある体型は、ただでさえ嘲笑の的になるんです! まして僕は、防御だけで攻撃が出来ない軟弱ものだって認識されています。そこに幻獣を一人で討伐したなんて噂が広がったらどうなると思います? 証明しろとばかりに決闘だの試合の申込みが殺到すること間違いなしなんですよ!!」


 僕の評判なんてものはね、中間考査のオッズを見れば分かるんだ。

 武官科の生徒もさ、A班はまだいいんだよ。防御にも技術が必要だって分かってるから。でもB班以下は、ね。実力が中途半端だから、与し易そうな僕に突っかかるんだよ。


「なるほど、つまりこう言いたいのね。木剣で試合するとパッとしないからバカに舐められる、と」


「それもありますけど、試合を挑まれること自体がイヤなんですが……」


「――まったく、その程度なら問題にならないわよ」


 問題ないのは姉上が怪力ゴリラ女だからです、と言いたかったけど我慢。

 姉上は怪力ゴリラだけど頭脳派だ。きっと僕では思いつかない解決法を教えてくれるはず。


「バカが相手なら、言葉で叩き潰せばいいのよ。あなたの得意分野でしょ? 殿下や伯爵の孫をボッコボコにしたんだから」


 ……どうしよう、思ってた以上に脳筋思考だ。

 さすがは怪力ゴリラ女、辺境の領地の実質的なトップだけはある。


「それ、根本的な解決にならないですよね……?」


「根本的な解決なんてしなくていいのよ。言葉だろうが暴力だろうが、積み上げた死体の数だけが畏怖に繋がるの。あなたが舐められてるのは、中途半端にしか潰してないからよ。良い機会だから、貴族の奴隷を一〇人くらい作りなさい」


「考え方がヤクザより蛮族じみてる、やだぁ……」


 エルピネクトに文明人はいないの?


「貴族や国なんてのはね、規模がデカいだけのヤクザよ」


「言い切れる姉上が羨ましいです」


 貴族=ヤクザってのは僕も同感だけどね。

 でも、僕は文明人だ。日本で健康で文化的な生活を送っていた文化人であるという自負がある。姉上みたいに恥も外聞も捨てられるか。


「別に、言い切る必要なんてないわ。黙ってヤればいいだけだもの」


 ヤれが殺れに聞こえる。


「――ヤれと言えば、一体どうやって幻獣を殺したの?」


 仕事モードから、雑談モードに切り替わったみたい。

 アンリが小型のテーブルを持ってきて、お茶の準備をし始める。


「どうって、グロリアを使って防御と同時にカウンター気味に斬っただけですよ?」


「具体的にどう使ったかを聞いてるの。私を含めて誰もまともに使えなかった魔剣だし、ブレイブと並び称されるエルピネクトの象徴よ。気にならないわけないじゃない」


 完全に興味本位の目してる。

 冒険譚を好む子どもかなにかか?


「若様、マリアベル様、お茶が入りました」


「あら、珍しいわね。砂糖とミルクを入れるなんて」


「若様は寝起きで胃が弱っている可能性がありますから。手っ取り早く栄養を取っていただこうと思いました」


「良い判断ね。やはり紅茶は甘くないと」


 少なくとも子ども舌なのは確定だな。

 大量のエールと唐揚げを胃に流し込む生活をしているクセに。


「うう……いい香りが、ミルクと砂糖で台無しに……。こういう淹れ方するなら、三ランクダウンくらいの茶葉を使ってよ」


「若様はともかく、マリアベル様に淹れるには相応の格が必要なんです」


「ならせめて、ミルクで煮詰めるロイヤルミルクティーにして……。香りがミルクに馴染むから」


「相変わらずうるさいわね。どうでもいいから、さっさと戦いの詳細を語りなさい」


 この女、本当に貴族か?

 辺境中の辺境とはいえ、エルピネクトは王国でも有数の貴族だぞ。

 しかも姉上は僕と同腹だから、王家の血を継いでいる。僕と違って王位継承権がないとはいえ、王女であった母上から直接礼儀作法を受けているだろうに。

 なぜ貴族の嗜みであるお茶に興味がないのだろうか?


「基本的には、ただの持久戦です。グロリアに溜め込んだマナを使って切れ味を強化しましたから斬れましたが、それをしなければ斬れなかったでしょうね」


「溜め込んだマナを使えば、確かに長時間使用できるわね。でも、あの幻獣を斬るには相当のマナを消費するはずよね? セドリックのマナじゃ一年分を消費したって、一〇分も持たないんじゃないの?」


「マナ保有量の少ない循環器系マナ回路しか持ってませんからね」


 香りが微妙なお茶を飲む。

 身体が糖分を欲してるから美味しく感じるけど、香りが好みじゃない。


「足りないマナはどっから引っ張ってきたのよ?」


「どっからって、幻獣に決まってるじゃないですか」


 幻獣って、マナの塊なんだよね。

 保有量が少ないはずの循環器系マナ回路だけだったとしても、密度や量、質が人とは桁外れ。神経系マナ回路まで有している個体ならば、軍隊を打ち破ることも珍しくない。


「敵をマナタンク代わりにするのは、あなたくらいでしょうね……でも納得したわ。幻獣がマナ枯渇で死ぬなんて、滅多にないことだもの」


「吸った側から解毒に回さないと死にましたからね。文字通り干からびるくらい吸ったっていうのに、収支ゼロですよ」


「マイナスにならなかっただけマシと思いなさい」


 ほんの少しではあるけど、グロリアの蓄えが増えることを期待していた。

 積極的に使っていく予定はないけど、マナは多ければ多いほどいいし、なによりグロリアは僕以外がマナを込めるのを認めない。

 例外がないこともないけど、戦いの最中みたいな物騒な状況に限られる。


「――まあ、命があるだけ儲けものですね。斬りまくって血まみれだから状態は悪いですが、幻獣の死体はお金になりますし、いくらぐらいになりそうですかね?」


 危険地帯を証明してるみたいでいい気分ではないけど、幻獣はエルピネクトの特産品だ。

 取引に関わったことは一度もないけど、僕に報奨金を出しても利益が出るくらいの高値にはるはず。


「王家に献上するからゼロよ」


 ゼロ?

 ゼロって、なしってこと?

 ……え? 死ぬ思いして、身体張ったのに、ゼロですか?

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