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プロットに存在すらしなかったバカンス回、なぜこうなった?

 マリアベル姉上の粋なはからいで突如として始まったバカンスは、半日で飽きた。

 サバイバルだと思えばマズイご飯でも耐えられると思ってたけど、ダメだった。味気ない朝食を一度食べただけで、耐えられなかった。

 なので、村長宅を訪問した。


「料理を作りたい。許可がほしい」


「むろん、構いませんが……セドリック様が作られるのですか?」


「プロには負けるが、腕はそこそこ。金は払うから、食材もいくつか分けてほしい」


 ポケットマネーの一部を食材に変えて、納屋に戻る。

 昼食まで四時間近くあるので、竈から作ることにする。山の中で作っては壊されを散々繰り返した経験があるので、手慣れたもの。鍋を始めとした調理器具も、魔巧バイクがあるからと大型のものを持ち込んでいる。


(荷造りの段階で、バカンスになる可能性に気付けて良かった)


 調味料の類は、塩しか持ってきてない。

 重くなるってのもあるし、料理長から塩以外を持ち出すなら有料だって脅されたから。職務に忠実な料理長で、頼もしい限りだよ。


「出汁は、野菜から取ればいいな。肉はいくつか分けてもらえたから、メインのスープに入れて、野菜は鉄板で蒸し焼きにするか」


 調理で一番大変だったのは、出汁を取る工程。

 雑味が出ないように火加減を調整して、アクを丁寧に取り除いてを繰り返すと、あっという間に時間がすぎる。出汁が多いので、魔剣グロリアを使ってストックしようと考えていたら、村の子どもたちが集まっていた。


「なんのようだい?」


「お昼ご飯の準備、ですか?」


「目は口ほどに物を言うって本当だね。食べたいの?」


 壊れた機械みたいに何度も何度も頭を振る。

 実に微笑ましい光景を前に、自分で作ったスープを覗く。そして、村全体を見回した。


「うん、一杯だけならいいよ。その代わり、村の皆に声をかけてきて。ご飯ができるのは一二時。器を忘れないように」


「わかりました! ありがとうございます、セドリック様!」


 子どもたちは、元気よく散っていった。


「……うん、完全にバレてるね」


 予想以上に知られている現実を知って、悪いことは出来ないと実感した。

 自分の頬を叩いて気合を入れ直し、持ってきた中で一番大きい寸胴鍋を用意する。割合が同じになるように出汁を移し、水で薄める。肉を入れる予定だったけど足りないので、村長に事情を説明して追加分を売ってもらう。

 食材も揃ったので、後は大量に煮込んでいくだけ。

 もちろん、雑に煮込むようなマネはしない。出来上がるタイミングでもっとも美味しくなるように食材を入れる順番、大きさを揃えるのだ。具の大きい小さいで揉めることのないようにって意味もある。

 お日様が中天に届く頃、僕は火を落とした。


「はーい、ほしい人は一列に並んでね。まずは子ども、次に女性、男は最後。量に限りがあるから一杯まで。いいね」


 手を叩いて指示を出すと、村人は行儀よく並んだ。

 やっぱり貴族だからこその鶴の一声が理由? というか、村人全員いないかな? 二〇〇人前は作ったから、問題はないけど……僕の分が残るか不安。


「――セドリック様、とっても美味しいです!」


「それは良かった。塩以外は、食材から取った出汁だから、頑張れば同じ味が出せるようになるよ」


「本当ですか!?」


「ほんとホント。特に味が濃く出るのは、皮の部分。硬かったりして食べると美味しくないけど、栄養価が高いんだよ」


 なんと言うか、心が洗われるようだ。

 ここのところ、バカな甥っ子やバカなフレッド君の相手をして、気持ちがささくれ立っていたのだろう。美味しいものを食べて素直に美味しいと言い、自分でも頑張れば作れると聞けば作ってみたいと目を輝かせる。

 スープをよそいながら女衆にどう作るのかを説明して、男衆からは……なんだろう? 男なのに料理って侮蔑に近いものを想像してたけど、嫉妬に近い視線が刺さる。


(父上似の低身長の小太りボディに対してその視線、なんで?)


 困惑しつつも、スープを全員に配ることが出来た。

 そして望外なことに、一杯分のスープが余ったので、いそいそと自分の器によそう。釘が打てるのでは? と頭によぎるほど硬い保存食のパンも取り出して、


「美味そうな匂いだな、俺達の分もよそってくれないか?」


「無理。品切れ」


 反射的に答えてから、パンを半分に割ってスープに浸す。

 ふやけるまで手を付けず、先に野菜と肉を口にする。子どもたちは美味しいと言ってくれたが、野外料理としてはまあまあ、ってとこか。味噌があれば豚汁っぽくなって完璧なんだけど、味噌がないから一味足りない。

 まあ、そんな感じのスープだ。


「骨と香味野菜があれば、豚骨風の濃いやつができるんだけどな……」


「ねえ、セドリック様。その骨と野菜のって、今のスープよりも美味しいの?」


「もちろん。上手に臭い消しができれば、村の名物になるレベルで美味しいぞ」


「材料があれば、作っていただけますか?」


「むむ。……時間と手間がかかるものだから、一人じゃできないな。でも、素直で元気な助手がいてくれたら、作れるかもしれないな」


 子どもでも分かりやすいフリを出すと、素直に手を上げてくれた。


「では、私が助手をします!」


「あたしも、します!」


「じゃあ、ご両親に許可をもらってきなさい」


 手足の確保に成功した。

 そこそこに美味しい昼食を振る舞ったかいもあってか、善意の食材提供もしてくれた。欲しかったイノシシに香味野菜もたっぷりと。


「小麦粉ももらったことだし麺にしよう」


「麺なら作ったことがあります!」


「なら、お願いしよう。僕はその間にスープを作る」


 豚骨ならぬ、猪骨スープ。

 まあ、設備と材料が最低限以下なので、骨をグツグツ煮込んで臭い消しのために香味野菜をぶっこむ簡単なやつだけど。ただし、アク取りを始めとした手間は惜しまない。

 そりゃもう、付きっ切りレベルで。


「黙って見られると気持ち悪いんだが、なんのようだ?」


「やーははは、悪かったな。声掛けようと思ったんだが、集中してたみたいだから」


「声掛けられたくらいじゃ乱さない」


 今も鍋の中身しか見ていない。

 だから誰に話しかけられているのかも分からない。


「そうみたいだな。それに度胸も座ってる」


「で、なんのよう?」


 話してても料理に支障はないけど、愉快に会話できるほど余裕があるわけじゃない。

 まして相手は正体不明。友好的になれないのは仕方ない。


「いや何、手伝ったら俺たちにも食わせてくれるのかなって?」


「鉄板とかはそこにあるから炒め物でも作ればいいんじゃないか」


「えっと……指示とかは」


「何、指示を出さなきゃ料理一つ出来ない人? ならいらない」


 小皿によそって、味を確かめる。

 猪骨から良い出汁が出てるけど、まだ獣臭い。もっと手を加えないと。


「できるけど、勝手にやっていいのかい?」


「全員分を作れるならどうぞお好きに」


「全員分って、村人全員分か? 材料は……」


「その辺にある」


 しばらくすると、食材を切る音が聞こえ始める。

 リズミカルとまでは言えないが、手慣れている音だ。


「少年は村の人間じゃないよな。なんで料理なんてしてんだ?」


「成り行き」


「そうか成り行きか、ならしゃあねえな」


 楽しそうな声に、少し興味が湧いた。

 普通なら呆れるところだろうに。


「そういう君は、なんで手伝ってるの?」


「ん? そりゃ、少年の料理が食いたいからだよ」


 あっけらかんと嬉しいことを言う男の顔に、見覚えがあった。

 僕を村長宅から追い出した冒険者一行の一人だった。


「食べたいなら、食べたいって言うだけでいいじゃん」


「言って断られたから手伝ってんだよ」


 はて、断った記憶なんて……ああ、最後の一杯の時か。


「第四位の冒険者なら、僕が作る野外料理よりいいもの食べてるんでしょ? 無理に食べる必要なんてどこにある」


「やーははは。自分を貶めることはないぞ。昼飯の時のはめちゃくちゃ美味そうだったし、今作ってるのは匂いも嗅いだことがない。少年が貴族じゃなかったら、脅してでも食べたいくらいだよ」


「……ふーん、気付いてたんだ」


 普通の貴族は料理なんて作らないし、格好も貴族っぽくないのに。


「村人の反応を見れば分かるさ」


「じゃあ、どの家の出身かも?」


 斥候役と思わしき軽戦士は、野菜を切りながら器用にお手上げポーズをする。


「北部の貴族って以上は分かんねえ。順当に考えればエルピネクト家出身なんだろうけど、少年に該当するのは王都にいるからな」


「僕の名前、聞いてたんじゃなかったの?」


「名前なんていくらでも偽装できるからな」


 ごもっともな話だ。


「第四位も伊達じゃないみたいだけど、疑問が出た。――侮蔑した貴族の作ったご飯なんて、どうして食べようと?」


「だから、美味そうなもんを」


「騎士が憎けりゃ鎧も憎いのが人ってものだ。毒をもられるかもと考えても不思議じゃない」


「……考えが殺伐としすぎてるぞ、少年。当たりだけど」


 一度でも姉上の課題をこなせば、誰でも殺伐とした考えになる。


「簡単に言うと、手柄を取られるかもって思ったんだよ」


「君たちは、僕が熊の幻獣を殺せるほど強いと思ってるの? だとしたら評価を三段階ほど落とす必要があるな」


「まてまてまて、話は最後まで聞けって」


 胡乱な目付きのまま、アクを取る。


「実はな、エルピネクトの黒羽衆が動いてるんだよ」


 オタマを持った手が少し止まり、胡乱な視線を鍋へと移す。

 白濁してきたスープの味見をするが、味も香りもしなかった。


「あ、信じてねえな。無理もねえけど事実だ」


「……冒険者ならではの情報網を信じるとして、僕とどんな関係が?」


「黒羽衆が動いた理由が、少年なんじゃないかってね。この時期に幻獣の活動範囲に入ってくるんだ。狙ってると踏んだんだが、違うって分かったからな」


 鋭いって言うか、その通りだよ。

 姉上からの厳命なければ狙ってたし、厳命があったからバカンスしてるし。


「分かってくれて何よりだが、ちゃんと手を動か――っ!!」


 全身に鳥肌が立ち、マナ回路が起動する。

 生き残ることに特化したマナ回路が意図せずに起動した。それが意味することは――


「少年にガキンチョ共、すぐに村から逃げろ!」


 冒険者の斥候が、飛び出していった。

 僕は舌打ちをしながら、火の後始末を支持する。


「……セドリック様、何が」


「この辺を荒らしてる幻獣が出たんだ。皆は大人たちに声を掛けてきて。すぐに逃げるよ」


 猪骨スープの臭いを嗅ぎ付けたことが理由じゃなければいいと思いながら、駆け出す子どもたちを見送った。

 作りかけの料理に後ろ髪を引かれながら、納屋に戻る。

 逃げるための最低限の荷造りと、万が一を考えて革鎧を着込むために。

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