0062
タイトルを少しだけ変更しました。
マリアベル姉上が僕のために用意した魔巧バイクは、オフロードタイプのものだった。
というか、この時代はオフロードタイプが普通だ。なんせ、舗装された道路の方が珍しいんだから。これはエルピネクトも例外ではない。
「……念願のバイクだっていうのに、なんで上限が四〇キロなんだよ……!」
目一杯アクセルふかしても、坂を下っても、四〇キロ以上にならない。
技術的にはすっごいことだよ。さすがはミレイユ母上だって拍手采で称えるけどさ、技術の無駄遣い! 文句を言おうにも「速くすると、死ぬ。から、めっ!」って母上に注意されてしまったら何も言えない。
時速四〇キロでも、移動手段としての機能は果たせるから、問題……は、ない。
「バイクの件は涙をこらえて飲み込むとして、問題はこっちか」
獣の住処を探すってのは、難易度がかなり高い。
冒険者に依頼するとしたら、熟練でなければ達成は不可能。駆け出しになんて絶対にさせられない仕事だ。僕の場合は、山でサバイバルした経験があるからできるんだけど、
「納期、守れるはずがないんだけど……」
往復を考えると、探索に使える時間は三日もない。
広大な上に危険な山を駆けずり回って、大型とはいえ警戒心の強い幻獣を探すなんてマネ、一ヶ月はほしいところだ。
「やっぱり、僕を甥っ子たちから引き離すために姉上が仕組んだことなんだろうな」
バイク解禁につられて見逃してたけど、間違いないだろう。
別に言ってくれれば、王都に帰るまで実家に寄り付かないくらいの協力はしたよ。食事さえ満足に出してくれるって保証があるなら、だけど。
「巣穴を見つけろって言ってたけど、期待してるわけないよね。それっぽい報告書を適当に書いて、アリバイ作りしたら、後は自由に遊んでも文句言うわけない。むしろ、領内を視察してレポート作った方が有意義――では、あるんだけどね」
自分で言ってなんだけど、無いな。
姉上に折檻されるされない以前の問題として、無い。
「肉食系の幻獣が人を襲ってて見過ごすなんて、エルピネクトの次期領主が取る行動じゃないし、人としてダメだよね。見つけられなかったとしても、縄張りの目星くらいはつけないと。――よし、方針決まり。武功を目指して頑張るとしますか」
景気よくアクセルをふかそうとしたが、手応えなし。
スピードメータを見ると、四〇キロに達していた。気分的には一〇〇キロくらい出してかっ飛ばしたかったのに、残念。テンションが下がるのを自覚しながら、幻獣の勢力範囲にある小さな村へと到着した。
「――済まない。村長に挨拶をしたいんだが、どこに行けばいい?」
近くにいた村人に声をかけて、場所を聞き出して別れる。
貴族という立場を考えれば無礼だって怒る場面なんだけど、今は革鎧を着ているから貴族には見えない。むしろ武装した物騒な人間に、村長宅の場所を教えてくれてありがとうと感謝をしなければいけない。
魔巧バイクから降り、押しながら村長宅まで移動すると、なぜか歓待された。
「村長。なぜ貴重な紅茶を僕に?」
「セドリック様を歓待することが、そんなに不思議ですか?」
「貴族らしくない格好なのに、よく分かるね」
「子爵閣下と似ておられますからな」
ヤなことを思い出させてくれる。
どうせ父上と似て、低身長のデブですよ。
「それだけ? 姉上から伝言でも来てたんじゃない?」
「よくお分かりですね。姫様……でなく、マリアベル様からセドリック様宛のものが」
「ほんと、根回しがいいね」
紅茶が渋い。
実家で出されたら暴れるレベルだけど、歓迎の意は伝わってくる。精一杯の歓迎が理解できないほど、無粋ではないつもりだ。
「――姉上からの伝言は、山に入らずおとなしくしてろってあたり?」
「その通りです。詳細はこちらをご覧ください」
手紙には、休暇と思ってゆっくり過ごせとあった。
加えて、エルピネクトの最精鋭である黒羽衆を投入しているから、戻るまでには解決するとも。
「――ったく、盗み聞きされる心配があるからって、面倒なんだから」
この調子だと、熊型の幻獣を討伐したのが僕の手柄ってことになりかねない。
秘蔵の黒羽衆を動かしているのが証拠だ。
「この辺を騒がしてる熊型の幻獣だけど、冒険者ギルドは動いているの?」
「はい。近隣の村々で費用を出し合いました。エルピネクト家にも、補助金の申請をしておりますので、第四位冒険者に依頼できました」
「なら安心だ。直接襲われない限りは、僕が動く必要もないね」
冒険者のランクは、一〇階梯に区分される。数字が小さいほどランクが高く、第四位ならば上級一歩手前のベテランだ。
「ときに村長。本音で語って欲しいんだけど、しばらく厄介になってもいいかな? バカンスのつもりで、食っちゃ寝の生活をするつもりだけど」
「ご安心を。滞在日数に応じて報酬をいただくことになっております」
「いたれりつくせりで安心したよ。――じゃあ、どこに泊まればいいかな?」
「こちらに一室を用意しております」
トントン拍子に話が進むが、姉上の手の上にいる気がして居心地が悪い。
通された客室は、村の規模を考えればかなり上質な部類。魔巧バイクも村側で管理してくれるとのこと。荷解きを終える頃には、身体を拭くためのお湯まで用意してくれた。
ニート宣言してからの高待遇は、より居心地が悪くなる。
貴族に対する対応としては正しいけど、なんかね。父上や姉上の功績と信頼におんぶに抱っこしてる気がする。でも、村のためにできることがないのも事実。姉上がおとなしくしろって言ったら、何もするなってのと同義。
旅の汚れを落として、ベッドに身体を沈めた。
「……お休みのところ申し訳ございません。ただいまよろしいでしょうか?」
ウトウト気分が、村長の声で醒めた。
ゆっくりを身体を起こして、目をこする。
「どうした?」
「その、大変に申し上げにくいのですが……」
「なに、熊退治の冒険者が来て、部屋を明け渡してほしいとか?」
「……はい。その通りでございます」
「冗談だったんだけどな……」
村長が困るのも理解できる。
貴族である僕が利用してるって言えば退くだろうけど、お忍び中では言えない。明け渡すにしても、僕の意向を無視することは出来ない。
まさしく板挟みの状況だ。
「分かった。この部屋は冒険者の人たちに使ってもらって」
「……その、実は……余っている場所が納屋だけでして……」
「納屋でも構わないよ。もともとは山での野宿も覚悟してたから寝袋はある。屋根と壁があるだけ贅沢ってもんだ」
冒険者と揉めたって良いことなんてない。
広げたばかりの荷物をまとめて、村長宅を後にする。
その途中で、例の冒険者パーティーの姿を見た。盾と背負った重戦士に、装飾が豪華な槍の魔剣持ち。ローブと杖を持つ典型的な魔術師と、エルフの弓士。それと、斥候役であろう軽装の戦士の五人パーティー。
第四位冒険者だけあって、なかなかに強そうだ。
でも、軽装の斥候役以外の四人からは、なぜか侮蔑の視線を向けられた。なぜだろう?
まあ、気にしても仕方がないので、案内された納屋で荷物を広げる。狭いし暗いしで、人の住む環境ではないけど、長くても三日の宿。山の中と比べたら、快適だからなんの問題もない。
(……うん、山よりはマシ)
あのサバイバル生活では、生きるだけのことが大変だってことを理解した。
特に大変だったのは、住居の確保。都合よく洞窟なんてあるわけないし、加工した材料があるわけない。その辺に生えてる葉っぱや蔓、木の枝なんかを駆使して住居を作った。その住居が、半日も持たずにイノシシに壊されてしまった時は、絶望に沈んだもんだ。
それと比べれば、なんとマシな空間だろうか。
……アレと比べなきゃマシだと思えない、とも言うけど。
(よし、寝よう。考えたら鬱になりそうだから、寝てしまおう)
保存食のビスケットと干し肉を腹に入れて、寝袋にくるまった。
疲れてたのか、すぐに寝ることが出来たけど……夢見は最悪だったとだけ付け加えておく。詳しい内容は、思い出したくもない内容のため、割愛。
突然に始まった僕のバカンスのスタートに、水を差された気分だよ。