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0060 マリアベル・エルピネクト

 セドリックを会議室に封じ込めた後、王立学校に通う弟妹を集めた。


「単刀直入に言いましょう。――セドリックの尻拭い、あなた達に任せます」


 私の指示がよほど意外だったのか、可愛い弟妹たちがポカンとする。

 理解して騒ぎが起こるのでその前に、冷えたエールが並々と注がれたジョッキを飲み干す。


「イヤよ姉様! いくら領主代行だからって、言って良いことと悪いことがあるわ!!」


「そうよ姉様! セディの尻拭いだなんて、姉様でなければ手に負えないわ!!」


 まず双子の妹たち、ヴィオラとアルトがギャースカ騒ぎ出した。

 二人とも、口から生まれたと言われるほどに騒がしいが、建設的な意見なんてないから右から左に流す。

 空になったジョッキを右手に持ち、席の後ろに置かせた樽に突っ込む。樽の中には冷えたエールが満たされていて、後ろ向きのまま飲み干す。弟妹たちの方に身体を向けるのは、三杯目をジョッキに入れてからになった。

 また、ちょうどよくウサギの唐揚げ山盛りの大皿が目の前に置かれたので、指でつまんで口に放り込んだ。


「この際だから言わせてもらうけれど、最近の姉様は女を捨て過ぎだわ! お仕事が忙しいのは分かるけれど、ジークとルナが可哀想よ!」


「そうよそうよ! だいたい、夜中にエールと唐揚げだなんて、太って死――ひぅっ!?」


 あまりの喧しさについがんを飛ばしてしまったら、ヴィオラとアルトが子犬のようにブルブルと震えだした。

 黙っていれば可愛いのに、なんと残念な。


「ヴィオラとアルトに乗るわけではないですが、我々にセディの尻拭いは無理です。能力以前に、権限がありません」


「ハルトマンが必要だと思った権限であれば、都度渡すように指示をしておきます。それであれば出来ますね?」


「権限をいただけるのであれば可能ですが……そこまでする理由があるのですか?」


 ハルトマンは頭の良い子だ。

 ソリティア姉様の弟子とは思えないくらい、責任感もある。

 正直、セドリックの尻拭いを押し付けるのは心苦しいけど、押し付ける以外の手段がない。


「あなた達も知っての通りセドリックは、大義名分さえあれば王族を殴り、大貴族を脅すような過激な性格をしています。正直、誰を参考にしたのかと小一時間ばかり問い詰め、元凶の頭を握りつぶしてやりたいところですが、時間の無駄なので割愛します」


「姉様姉様、傍目八目ということわざを知っている?」


「違うわ、ヴィオラ。灯台下暗しというべきよ」


 口から生まれたとしか思えない双子の妹共がやかましいので、睨んで黙らせる。


「ここ最近、私の飲酒量増加の一因に繋がるのですが、あの子が王立学校で起こした最大の騒動が何か、分かりますか?」


 弟妹たちの視線が、ハルトマンに集まる。

 生徒会長をしているから意見を促すのは理解できるけれど、少しは考えなさいバカ共。


「……ブラヴェ伯の孫であるフレッドに難癖つけてケンカを売った件か、中間考査で殿下にケンカを売った件のどちらかと認識しているのですが、違うのですか?」


「違うけれど、知らなくても仕方ないわ。あの子が裏で済ませたものを、あなた達は知ることができないもの」


 ハルトマンの前に、ある資料を出すように指示をする。

 恐る恐るといった具合に目を通し、読み進めるごとに顔色が悪くなっていく。


「姉様、これは……事実なのですか?」


 終いには声が震えて、卒倒しそうなくらい青くなった。

 気持ちは分かる。私も初めて報告を受けたときには、セドリックの顔面に拳を入れてやろうと決意したものだ。ソリティア姉様があの子を転移させたときには、思わず握り潰してしまいそうになるくらい、感情が高ぶったし。


「ええ、そうよ。ブラヴェ伯爵にクラエスターの茶器一式を売りつけて、孫が動けないよう縛ることを確約させて、茶器の貸出しという形で交渉のパイプも確保したのよ。一歩間違えればどうなったことやら……」


「……クラエスターシリーズを買う際に、支援をしたのですか?」


「王都の一等地に貴族の屋敷が建つようなものを、支援するわけ無いでしょう。子爵家の資産にするならまだしも、ガキのケンカを行き過ぎないないようにするだけの材料にするなんて絶対に許さないわよ!」


 この報告で一番信じられないのは、そこなのよ。

 伯爵から受け取った値段は理解の範疇だけど、相場の十分の一で買えたなんてありえない。でも最悪なのは、あの子が財力を手にしちゃってとこなのよね。コントロールするための首輪が一つなくなったじゃないの。


「まさかとは思いますが、フレッドが婚約者と一緒にエルピネクトに来たのは」


「間違いなくこれが原因よ。ブラヴェ伯からしたら、王都にいるセドリックと衝突しないようにって配慮したんでしょうけど、……あの自由人」


「我が師の所業ながら、頭が痛くなってきました。


 頭が痛くなる感性があるだけ、ハルトマンはマシだ。

 他の弟妹共は、興味なんてございませんとばかりに無視を決め込んでいる。


「ともあれ、私はこの後始末について、伯爵家の方々と話し合わなければなりません。多少の対策はするつもりですが、セドリックがエルピネクトで起こす騒動に関わるヒマなんて一切ありませんので任せます」


 外敵からの敵意には敏いが、身内の奸計には弱いのがセドリックだ。

 首尾よく下剤の飲ませて椅子に縛り付けたが、中身はやっつけ仕事としか評価できないくらい雑な方法だった。ハメた側としては楽で結構だけど、身内としては引っかかるなバカと文句も言いたくなる。


「対策とは、具体的には何を?」


「実は領民から、熊の被害について陳情が来ています。ソリティア姉様からも一週間ほどで迎えにくると連絡があったので、山に放り込もうかと」


 昔、裸で山に放り込んで一ヶ月生き延びたセドリックです。

 熊相手に一週間追いかけっこをしても死なずに生還します。絶対に。


「姉様、いいですか。その対策には、問題が一つあります」


 レオナルドが発言するとは珍しい。

 小さい頃からエルピネクトを飛び出して騎士になると決めていたのか、一歩引いたスタンスでいるというのに。


「セドリックが危険という問題でしたら、気にしなくてもいいですよ?」


「問題があるのは殿下の方です」


 妙に疲れた様子で、そう言った。

 エルピネクトから近衛騎士が出るのは貴族社会ではプラスに働くからと応援していたが、何かあったのだろうか?


「私の目には、セドリックが近くにいる方が問題があるように思えますが、違うのですか?」


「殿下はセドリックを意識しています。相手がただの熊といえど、目の前で武功を上げたと知ったら、狩りをしたいなどと言い出しかねません」


「なるほど。セドリックが大嫌いな、無駄な見栄を張る貴族なのですね」


 殿下へのあたりがやけに強い理由がよく分かりました。


「ならば、殿下の視察メニューを詰め込むとしましょう。狩りがしたいなどと言えないくらい疲れさせ、考えるヒマを与えないほど課題を与えればいいですかね?」


「領主代行からの正式な課題であれば、文句を言い出すバカが出ても俺から止めます」


「……なるほど、取り巻きもバカなのですね」


 半分だけ血が繋がった弟とはいえ、可哀想になってきました。

 なんだかんだ言っても、可愛い可愛い三〇人の弟妹たちは、私手ずから教育をしましたからね。いくらバカなことをしていても、頭のどこかは冷静な子たちです。

 ……まあ、昔、取繕えないくらいバカをした弟がいましたが、あの子も頭は良かったんですよね。おかげで大事になりかけて、父上に直接動いてもらうことになりましたが、今は関係のない話です。

 最悪、第三王子と縁切りしても近衛騎士でいられるよう、根回しした方がいいかしら?


「他に、気になる点がある子はいますか?」


 分かってたことですが、反応なし。


「では解散です。――ああ、いないとは思いますが、セドリックたちを助けようとするバカがいたら、領主代行として許可します。セドリックと同じ目に遭わせなさい」


 頬が引きつった弟妹たちを追い出して、樽からエールを注ぐ。

 まったく、飲んでなきゃやってられないとは、こんな気持ちを言うのだろう。

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