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貴族は、大きく分けて二種類いる。
領地を所有する領地貴族と、宮廷で役職を賜り仕事をする宮廷貴族だ。
アズライト王国の法律ではどちらも貴族であるのだが、子供へと貴族の地位を継承することが出来るのは領地貴族だけなので、俗に上位貴族と呼ぶことがある。場合によっては、侯爵位を持つ宮廷貴族よりも男爵位の領地貴族の方が立場が上、という複雑な力関係が生まれたりするのだが、長くなるので省略。
言いたいことは、王都に第二の邸宅、タウンハウスを持つのは領地貴族だけである、ということ。
そして領地の大きさ、爵位の格によって、タウンハウスのグレードが決まっているということ。
エルピネクト家は子爵ではあるが、一万人規模の都市を領都にしている。王国で都市と呼べる街を保有する貴族は、うちを含めても3つ(王都を除く)のみ。そのため、うちのタウンハウスは下手な貴族の邸宅よりもグレードが高い。
……高い、と聞いていた。
「……これは、さすがに予想外だね」
建物の外観や門はキレイに保たれて入るが、それ以外がボロボロ。
一言で言うなら、幽霊屋敷。
貴族基準で言うなら、廃墟同然だ。
「今、タウンハウスの管理をしてるのって、誰だっけ?」
「……7女のヴィクトリア様、ですね。1年半前から、だったと記憶しています」
ヴィクトリアは僕の姉上の1人で、エルピネクト子爵の第10子。
どんな人物かと言えば、研究バカ。
子爵領を離れて王都にいるのも、タウンハウスの管理をすると同時に、魔術の研究をするためだ。
「荷物を屋敷に入れたら、庭の手入れをするしかないな。ネリーとトリムもそれでいいな」
「うん、さすがにこれはないね〜。最低限、整えるのに一週間かな〜? 専門じゃないのと、屋敷の管理も並行してやらないといけないから、ちゃんと整えるのにはもっと時間がかかるけど……」
多分、僕たちの心は1つだったと思う。
中がどうなってるか分からないから、絶対に入りたくないって。
「……皆、覚悟を決めよう。入らないと何も進まないよ」
馬車から降りて、屋敷の外門を開けて馬車を誘導する。
貴族の跡取りの仕事じゃないけど、皆固まってたから仕方ない。
馬車が敷地内に入ったのを見届けて、幼馴染のメイド3人を残したまま、屋敷の玄関扉を開け放つ。
「姉上ー! ヴィクトリア姉上ー!! セドリックが到着したので出てくれません……か?」
屋敷の外、庭の様子は予想外だったけど、中も予想外の光景が広がっていた。
「人形……いや、ゴーレム、だよね? 姉上は魔術師だから……」
メイドの形をしたビスクドールが、屋敷の掃除や手入れをしていたのだ。
それも、1体や2体じゃない、10体くらいの人形が動き回っている気配がある。
「これは、あれかな? 姉上なりに、屋敷の管理をしているってこと、なのかな?」
研究バカの姉上にしては、頑張ってると言えるのかもしれないけど、これは違う。
タウンハウスの管理ってのは、もっと全体的にやるものだ。自分の見える範囲だけってのは、絶対に違う。
「大きな声を出さなくても聞こえているわ」
二階から姉上が降りてきた。
昼だというのに寝間姿で、絹のような金髪はボサボサ。相変わらず、どこから見てもだらしない美人だ。
「久しぶりね、セドリック。前よりも大きく……変わらないようで安心したわ」
「姉上、ぬか喜びさせないでください」
身長の話をするな。
背が低いままなことに触れるなよ。成長してないこと、かなり気にしてるんだから。
「ごめんね。成長期の子は、少し見ない間に変わっちゃうから、大きくなったねって言うことにしてるのよ。でもセドリックはあんまり変わってなくて可愛いままだから、すぐに分かったわ」
「もしかして喧嘩を売ってますか? いくら姉上といえど、許しませんよ」
「ふふふ、ただのエルフジョークよ」
「……エルフという種族の品位を貶めるような、くっそツマラナイジョークはやめてください」
第10子で7女のヴィクトリア姉上は、エルフだ。
母上というか、父上の側室の1人がエルフで、その子供の1人がヴィクトリア姉上なのです。
ああ、ハーフエルフではない。エルフに限らず、ハーフ〇〇という種族はこの世界には存在しない。ハーフはいるんだけど、必ずどちらかに偏る。その証拠に、ヴィクトリア姉上の家系では人間とエルフの両方がいる。
あ、僕の母上というか、父上の正室は人間だから、僕と同腹の姉は全員が人間です。
「もう、そんな口を聞いてはいけないわ。マリ姉様に聞かれたら折檻をうけるもの。わたしもそれで痛い目にあってきたのよ」
「……マリアベル姉上のことは口にしないでください。トラウマが、再発しそうになります……」
「ふふふ、そうだったわね。でも大丈夫よ。ここにいるのはマリ姉様でなくて、わたしだもの」
ヴィクトリア姉上は、震える僕をそっと抱きしめる。
だらしない格好をしているが、姉上はエルフらしい外見をしている。笹型の耳は長く、背はアンリよりも高い180センチ弱。胸はAカップであるが、全体では均整のとれたスレンダー体型。
髪を梳かし服装を整え化粧をすれば、妖精のように幻想的な美を体現する。
あくまでも、ちゃんとすれば、だが。
「ところで、聞きたいことがあるのですが――屋敷の手入れはどうしてるんですか?」
間違っても、だらしない姉にときめく弟はいない。
まして、血の繋がった姉など、恋愛対象にもなるはずがない。
せいぜいが、この歳になって抱きしめられるのは恥ずかしい、くらいのものである。
「ゴーレムたちに任せているわ。動きをインプットするのに時間はかかったけど、マナを補給すればいいだけだから楽で、研究にも集中できるようにもなったのよ」
それは凄いね。
いや、マジで凄い。
4000年前に滅んだ魔術文明や、1000年前に滅んだ機械文明なら、同じようなことが出来たと聞くけど、今はほとんど人力だ。遺跡から便利アイテムを発掘することもあるが、基本は人力だ。
だからメイドゴーレムなんてものが普及したら、革命が起こるはず。
「……ちなみに、姉上? 僕がマナを補充した場合、1体を動かすのにどのくらいの日数がかかりますか?」
「そうね、3日補充すれば、1時間は動くわ」
うん、そうなんだよ。
姉上ってマナの量が多くて、それ前提で作るから、絶対に普及しないんだよね。
「なるほど、よく分かりましたが、いつから使ってるんですか? 具体的に言うと、庭の整備にも使っていましたか、それ?」
「ええっと、2ヶ月前に庭師が歳を理由に辞めてしまってから、それからずっとね」
「そうですか、そうですか。――2ヶ月も屋敷にこもって研究をしていたんですね」
「いや〜、研究に熱が入って、ついついね」
はっはっはっは。
なるほどなるほど、大体分かってきたぞ。
庭の惨状の理由はつまり、メイドゴーレムに庭の管理を任せた結果、というわけだな。
「じゃあ、ちょっと庭に出て陽に当たりましょうよ。荷物を運ぶのに、ゴーレムを貸してほしいので」
「そうね、見ながらの方が動かしやすいものね」
逃さないようにヴィクトリア姉上の手をひいて、庭に出た。
庭では、幼馴染のメイド3人が馬車から荷物を降ろしていたが、ヴィクトリア姉上の視線はそこにない。
廃墟同然にまで荒れてしまった、タウンハウスの庭を前に呆然としている。
「どうしました、姉上? まさか、自分のゴーレムがやらかしたことを知らなかった、なんて言いませんよね?」
逃さないように握っているヴィクトリア姉上の手が、ぐっしょりと汗で濡れる。
見上げた先にある顔には歪み1つ、汗1つかいていないが、手の汗が感情を雄弁に語っていた。
「…………てへっ♪」
暴力的手段をとらなかった僕は、自分の精神力を誇っていいと思う。