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0059

 一口に魔剣と言っても、その実はピンキリだ。

 グロリアのような再現不可能な一級品から、数打ちの量産品まで存在する。その中でも、もっとも数多く存在する魔剣が、構造強化の魔法が込められた武具だ。


「まさかと思いますが、若まで馬鹿なマネをしたと言うんですかぁぁあああ!」


「馬鹿なマネっていうか、鈍ったら研げばいいじゃん。この包丁の刃は確かに繊細だけど、研げば切れ味は維持できるよ。多分、構造強化の魔法で折れず曲がらずよく斬れるを実現したんだろうけど、費用対効果が合わなさすぎるでしょう。誰に頼んだの?」


「ドルマでさあ。若と同じようなことを言ってましたが、拳で語り合ったら納得してくれましたぜ」


「ああ、ドルマ兄上か。……あの人も趣味人だから、ロマンって言葉に酔ったのかな……」


 話に出てきたドルマ兄上は、父上の第2子で長男。

 歳はマリアベル姉上の2つ下。正室である母上に長年男児が生まれなかったこともあり、過去には跡継ぎの有力候補だったこともあるんだけど、今は鍛冶屋の親方をしてる。

 包丁を見れば分かるけど腕は一流。日用品だけでなく一級品の武器も鍛えていて、魔剣の量産も可能な万能選手。仕事を色々と抱えているから、魔剣包丁なんて作ってるヒマはないはずなんだけど、理由は考えるだけ無駄か。


「ロマンがあることは否定しやせんが、こいつは実用品ですぜ」


「実用性重視なのは分かるけど……いいや。それで、ご大層な包丁で何を斬るの?」


「――ハッ、よくぞ聞いてくれたなぁぁあああ!」


 料理長が指パッチンをすると、待機していたメイドがまな板を持って入ってくる。

 上には、凍り付いた魚の切り身が乗っている。


「この色は、鯛だね。冷凍設備なんていつ導入したの?」


「こいつぁ、俺が冷凍したんだ。習得にゃ苦労したが、師匠にアドバイスをもらってなんとかな」


「ソリティア母上をよく捕まえられたね……」


「厨房にゃよく顔出すからな。肴を出す代わりに授業してもらってんだよ」


 転移したり空飛んだり姿消したりする何でもありの自由人でも、胃袋は弱いってか。


「母上の授業では、解凍の方法も教えてもらったの?」


「いーや、解凍は俺だけで研究した。師匠が使うのは脳筋御用達の戦闘魔術だからな。繊細な解凍作業は門外漢だ」


 最高位の魔術師を脳筋って呼べるの、料理長くらいじゃないか?

 魔法科っぽい人たち、顔を赤くなったり青くなったりと忙しいよ。ちなみに、ソリティア母上の弟子でもあるハルトマン兄上は、妙に納得した顔で頷いているのが印象的だった。


「魔法関連の解説は詳しく聞かないけど、ここで解凍するの?」


「ああ、少しでも鮮度を保てるようにな」


 聞き取れないほど小さな声で呪文を唱え、包丁の腹で切り身を叩く。

 すると、凍っていた切り身が常温に戻った。


「……ドリップがまったくないってことは、冷凍と解凍の両方でダメージを与えなかったってことだよね? すごくない?」


「すごいだろう。まだ俺しかできねえが、最終的には魔法具にまで落とし込むつもりだあ」


「姉上の説得は自分でやってね、醤油と鯉の養殖で手一杯だから。――で、解凍した切り身をどうするの。まさかと思うけど、飾り切りなんてしないよね?」


「少し、待ってなあ」


 解凍したばかりの鯛に、魔剣(包丁)の刃が食い込む。

 魔剣(包丁)の重みだけで刃が沈み、手前に引き寄せるだけで両断される。兜斬りのような派手さはないが、見るものが見れば理解できる達人技。微塵の無駄のない挙動に静かに興奮しながら、切り身がバラされていくのをおとなしく待った。


「さ、出来やした」


 生のままの切り身が皿に載せられ、醤油の入った別皿とともに差し出された。


「――とりあえず、フォークはやめようか。せっかくの美しい断面を崩すだけじゃなくて、穴なんか開けたら必要以上に醤油がつくよ」


 フォークをスルーして、右手で切り身をつまんだ。

 生唾を飲みながら持ち上げると、プルプルと震えている。見事な弾力だと思いたいが、震えているのは自分だった。


(――落ち着け、落ち着くんだ、セドリック・フォン・エルピネクト――っ!!)


 ゆっくりとした動作で醤油皿に鯛を浸し、すぐに引き上げる。

 ピチャン、ピチャン、と音を立てて醤油が皿に戻っていく。鏡面のように仕上がった断面が、余分な醤油を弾いている証拠だ。

 僕はもう一度、生唾を嚥下して、口の中に鯛を放り込み――舌に衝撃が走った。


「…………」


「ど、どうですか、若?」


 料理長の声で、まだ顎を動かしていないことを思い出す。

 ゆっくりと、時間をかけて咀嚼する。鯛と醤油の味が、唾液で薄まって感じなくなっても動かし、噛むことができなくなったところで、泣く泣くノドの奥へと飲み込んだ。


「……を」


「え、なんですか?」


「なんちゅうもんを食わせてくれたんや……なんちゅうもんを……」


 目頭が熱くて、前が見えない。

 頭も霞がかっていて、現実をうまく認識できない。なんか口を動かしていた気がするけど、確証はない。


「……っと、今日はこれで終わりですが……」


 夢見心地から覚めると、何も残っていなかった。

 濡れて気持ち悪い頬を手で拭って、肺に空気を送り込む。


「……言葉にする必要、ある?」


「んな野暮なことは言いませんが……今後はどうします?」


「難しいね。……僕のことを野蛮人みたいな目で見てる人多いし」


 生魚を忌避するのは、文化面と衛生面の両方から当然のことだ。

 肉以上に腐りやすい上、寄生虫もいるのが魚。火を通して食べることを前提にすれば鮮度が悪くても食べられるが、その影響で魚の締め方などが未熟なのだ。

 今回食べた鯛の新鮮さは日本と比べても遜色がなかった。

 きっと、無理をして用意したのだろう。


「まずは、漁師の意識改革が必要だな。魚の締め方や保管の仕方を改善させて、生食に適したものと適さないものを見極める目を養わせる。そこがノウハウ化できてようやく次に行ける。徹底させるには――付加価値をつける必要がある」


「エルピネクト商会や系列を使えばある程度は働きかけができますが、継続できるほどの影響は難しいですぜ」


「そうだね。継続するには、王都の料理人の認識を変える必要もある。――王室派を招いたパーティーって、近いうちに開催する予定はある?」


「北部以外ってなると、ねえな」


 わざわざ辺境で集まる理由なんてないからな。

 久々に、立地による不便さを実感したよ。


「じゃあ、王都のタウンハウスだな。姉上か父上あたりが主催すれば人は集まるけど、開くことになったらやってくれる?」


「若の頼みとあっちゃ、断れねえな」


「そう言ってくれるって信じてたよ。――これで質は担保されたから、あとは影響力のある貴族のリストアップだね。上手く行けば、王国の魚介類が大きく変わるよ!」


 このときの僕は、ウキウキ気分だった。

 王都だけでなく、蝶都でも美味しい魚介類が食べられるようになる未来が、目の前に広がっていたのだから。


「――ああ、忘れてものが1つありました。これ、試してもらえませんか?」


「水、じゃないよね? 何これ?」


「薬を飲みやすくする研究の一環なんですが、飲みすぎて舌が麻痺してまして。客観的な意見がほしいんですよ」


「ふーん」


 特に疑問なく、出されたコップを飲み干す。


「もとがどれだけか分からないけど、エグミがすごいな。味よりも、ハーブとか駆使して匂いをごまかす努力にシフトしたマシになるんじゃない?」


「なるほどなるほど、貴重な意見ありがとうございます」


「どういたしまして――って言いたいところだけど、どうして僕を縛ってるのかな? その目隠しと猿轡は何かな? すっごくイヤな予感がするんですけど!?」


「この鎖は自慢の一品らしいですよ。体外に出たマナを霧散させるだけでなく、体内に蓄積しているマナを

外に放出する機能があるみたいなんです。内功を鍛えまくってる若にも通じる品質になったって聞いてますから、諦めたほうがいいかと」


 おお、なるほど。

 言われてみれば、マナの流れが外に向いてる。


「……ねえ、いま飲んだ薬って、何?」


「強力な下剤でさあ。今から24時間、頑張ってくださいね」


 ふざけんなと叫びたかったが、猿轡を噛まされてしまったので叫べない。

 目隠しに使われる布も無駄に高性能な魔法具だから、一筋の光も通さない。おまけとばかりに耳栓(これも魔法具)までされてしまい、外界の情報は完全にシャットダウンされてしまう。

 目隠しをされる直前に、甥っ子とフレッド君から「ざまあみろ」とばかりの視線を感じたのが印象的だったけど、実に腹立たしい限りだ。こうなったら意地でも格と年季の違いを見せてやると心を奮い立たせる。


(まずは、マナの流出をどうにかしないと)


 鎖の魔法具に抗うように、僕はマナ回路を起動した。

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