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今回は、グロリア以外の魔剣が登場します。

 揚げ物特有の香ばしい匂いが、ウサギの王室仕立てでいっぱいになっていた食欲を刺激する。


「ウサギの唐揚げと、鯉の逆鱗揚げでさあ。ウサギはそのままで。鯉は半分そのまま、残りはこちらのソースをかけてくだせえ」


 言われるがままにフォークを使う。

 揚げ物は、熱いうちに食べきるのがセオリー。批評は食べてからと決めて、一心不乱に皿を空っぽにした。


「ウサギは、下味として醤油やハーブで作ったタレに漬け込んだね。野性味が少ないのが養殖ウサギの弱点だけど、揚げ物は香りを閉じ込める調理法だ。噛んだ瞬間に香りを爆発させることで、弱点がカバーされるし、ハーブの配分も申し分ない。醤油ベースの旨味と塩味でそのままでも美味しい。エールなんかの発泡酒とよく合うだろうから、大衆食堂に置くなら充分。醤油の増産が出来たら、領内にレシピを広めて」


 前世の日本で食べた、鳥の唐揚げを思い出す懐かしい味。

 晩餐会なんかで出すには優雅さが足りないから難しいけど、完成度は文句なし。毎日でも食べたいくらいだ。


「……というか、コレ、マリアベル姉上が好きそうな味なんだけど……」


「最近、つまみとしてよく所望されますねえ。揚げ物は太るって注意はしてるんですけど、その度にアイアンクローを……」


「料理長としての義務、果たしてくれて助かる。でも命の危険を感じたら、言わなくてもいいからね」


「殺されそうになったら、考えるとしますわ」


 傷だらけのトカゲ顔を見ればわかるが、料理長は歴戦の戦士でもある。

 弱くないどころか、エルピネクト基準でも強い側に入るんだけど、相手が悪い。マリアベル姉上の怪力は、人外の域に達している。


「正直、姉上は動いてるから滅多なことじゃ太らないよ。多少の不摂生はストレス発散だと思って見逃してあげて」


「……樽1つ飲み干して、ウサギ10羽を食べるのは、多少って言えますか?」


「……ごめん。姉上に死なれると困るから、死なない程度に頑張って」


 よっぽどストレス溜め込んでるんだな。

 姉上、大食漢でも、うわばみでもないのに、無理しちゃって。


「まあ、姉上がそこまでして食べるんだから、ウサギの方は文句なんてないけど――問題は鯉の逆鱗揚げ」


 僕は料理に関して妥協しないから、ハッキリ言う。


「不味くはないけど、美味くもない。特にこのスッポンと醤油を使ったソース。正直に言えば、鯉とよく合う。鯉で一番美味い皮と鱗は、スッポンと同じでゼラチンだから、よく合う。でも費用対効果の面でアウト。全面的に見直すこと」


 ウサギの唐揚げがなかったら、皿を叩き割っていた。

 中途半端にもほどがある。


「ところで、ミレイユ母上が鯉の揚げ物が最高って言ったけど、もしかしてコレ?」


「ああ、この中途半端な逆鱗揚げだ。ガキンチョ舌だからな、味の濃いスッポンソースが気に入ったんだろう」


「……どうしよう、否定できない自分がいる……」


 皮と鱗は確かに美味しいけど、他の部分が微妙なのに、最高って。

 敬愛する母上の1人とはいえ、擁護できない。


「じゃあ、次の皿を持ってきまさあ」


 レモン水で舌を戻しながら、周囲を見渡す。

 皆、僕のことを無視して楽しそうに揚げ物を食している。僕のことを無視してと思わなくないけど、仕事中だからな。

 仕事モードのときは、ついつい批評してしまって楽しめないのが難点だな。


「――お待たせしあした。本命の、鯉料理でさあ」


「本命って……ならさっきの逆鱗揚げはなんで出した」


「ガキンチョがなあ、アレを若に食べさせるべきだって押してなあ。俺はイヤだったんだが、部下を味方に付けられたらなあ、出さないわけにはいかないだろう」


 ああ、ミレイユ母上の人気に負けたか。

 念のため断っておくけど、うちの厨房はロリコンの巣窟ではない。ミレイユ母上に限らずうちの母上方は人気なのだ。一言で言うと――アイドル。

 一番人気は、僕の実母であるアイリス・エル・エルピネクト。やっぱり降嫁したお姫様ってのは人気なのだ。ちなみに、母上と同じく王族の血を引くって理由から、マリアベル姉上の人気も高い。

 僕? 父上に似た次期領主って意味での人気はあるけど、アイドルではないな。

 で、母上の人気は、3位で真ん中。

 僕をエルピネクトに転移させたソリティア母上は、色々やらかしてるから下がって4位。決して、ロリコンばかりではないのだ。父上は真正だけど。


「時には長いものに巻かれるのも必要だよ。――で、本命は鯉のパイ包み焼きか」


 鯉のパイ包み焼きは北部の伝統料理だが、ぶっちゃけ泥臭くて不味い。

 パイ包み焼きって調理法は、揚げ物と同じで香りを閉じ込める調理法だ。ただでさえ泥臭い北部の鯉をパイ包み焼きなんかにしたら、泥臭くって食べられたもんじゃない。

 なんでそんな不味い料理が伝統かって言うと、見た目が良いから。

 貴族の料理ってのは、見た目9割が基本だ。昔の北部では、見栄えの良い料理を作ることは大変で、苦肉の策として作られたのが鯉のパイ包み焼き。今はもっと美味しくて見栄の良い料理を出せるんだけど、これを出すのが伝統になっちゃって、今でも残ってる。

 貴族のパーティーに出たら、一通り食べなければいけないって暗黙の了解があるから、仕方なしに食べるものって認識がある。


「挑戦的と言うか……よく作る気になったね。少しでも泥臭かったら、本気で暴れちゃう自信があるけど、分かってる?」


「暴れられたら困るから作ったんだよ。パーティーでこれが出るたびに、爆発しそうになって怖いって苦情がくるそうだあ」


 誰からだよ、と問うのは野暮か。

 エルピネクト主催のパーティーに参加した貴族なんて、数え切れないから。


「……だって、仕方ないじゃん。どんなに不味くても、食べないといけない決まりだし……」


「だから、わざわざ作ったんだよ。俺としても、クソ不味いもんを作るよりはマシだし、久々にやりがいがあったからなぁぁあああ!」


 切り分けられた身に、ソースがかけられた。

 断面を見るに、鯉をそのまま包んだのではなく、すり身にした後、成形するタイプのパイ包み焼きのようだ。

 すり身にすると体積が減るので、贅沢な部類に入る。


「……なるほど。皮と鱗は残しといて、焼くときに乗せたのか」


 すり身の利点は、ねっとりとした舌触りと、骨を抜くことが出来る事。

 さらに鯉で一番美味な皮と鱗はゼラチン質の旨味がある。ねっとり同士の組み合わせなんて、相性がいいに決まってる。


「ソースは、逆鱗揚げのスッポンと同じか。――うん。こっちに使えば採算は合うね」


 すり身とソースには、共有したハーブが使われている。

 これによって、料理とソースの一体感が高まり、美味しさの次元も1段引き上がった。


「この鯉だけど、生産量はどう? 北部貴族の需要は満たせそう?」


「高値に設定すればなんとか、ってとこだな」


「なら広めて。僕の名前出していいから、絶対に広めて。なんならレシピと一緒でも構わない」


「りょーかい了解。まあ、醤油の生産が充分じゃねえから、レシピはなしだな」


 このレシピなら、王都の一流店でも通用する。

 鯉のパイ包み焼きを迷惑な伝統料理から、金を出してでも食べたい料理へと昇格させることも可能だろう。

 なんぜ気付けば皿が空になるくらい、美味しいのだから。


「……醤油、何年くらいかかるかな?」


「10年もありゃ、王国貴族には普及すると思いますぜ。民衆への普及は、若の方針次第ですが」


「10年か……鯉の利益一部を突っ込んだら、短縮できないかな?」


 難しいか。

 なんせ相手は麹という名の微生物だ。

 農産物以上に厄介な自然を相手にして、10年という見通しが立っているのだから、とりあえずは良しとしよう。


「ところで、これはあくまでも相談なんだけど……パイ包み焼きもっと欲しい」


「残念ながら、客人に出した分で終わりだ」


「そんな、……っ」


 兄上と姉上の皿を見るが、ソースだけが残ってる。

 他の連中の皿も見るが、パンでソースをすくったようで、綺麗なものだった。


「この飢餓にも似た不完全燃焼を、どうやって解消すればいいんだ……」


「茶会でも開けばいいじゃねえか。すぐに出せる菓子は――」


「――はっ、茶会? なんでんなどぉぉおおお――――でもいいものを開かなきゃいけないんだよ! 菓子と肉は別物だって分っかんねえのかぁぁぁああああああ!!」


 だいたい、僕は、紅茶が嫌いなんだっ!

 美味しいお菓子に合わせるなら、紅茶よりもコーヒーなんかの方がいいに決まってる。でも残念なことに、王国にコーヒーはない。だから仕方なく紅茶を飲んでるってのに、美味しいパイ包み焼きの代わりになるわけがないだろうがっ!!


「…………あー、そだな。菓子と肉は別物だな」


「おい、なんだその目は。面倒くさそうなナマモノを見るようなその目は何だ!」


「面倒くさそうな茶狂いを見てる目だよ。――だが、そこまで言うんなら仕方ねえ。まだ出す気はなかったんだけど、とっておきを見せてやろう」


「僕は茶狂いじゃなくて食道楽だ! ――でもとっておきは気になる。早く出して」


 噛み合わない部分はあっても、料理長は優秀だ。

 パイ包み焼き以上のとっておきを残しているだなんて、実ににくい。


「出す前に、まずはコレを見てくれ」


 なぜか、目の前にまな板が置かれた。

 載っているのは包丁が1本だけで、食材はない。

 いぶかしみながらも包丁の柄を持って、仔細に観察する。


「随分と刀身が長いね。刃は片刃だから、押して斬るんじゃなくて、引いて斬るタイプかな? 動物を斬るよりは、魚を斬るのに向いてそうだけど……」


「若は相変わらず、料理に関しては目がいいな。おっしゃる通り、こいつは魚を斬るための包丁だ」


「……うん。そこは良いんだけど……なんで魔剣加工を施してんの?」


 食道楽を自称する身として、食に関しては妥協しない。

 けれど、僕はあくまでも食べる側の人間だ。料理人がいないときは自分で作るけど、あんまり上手くはない。一流の道具を使ったところで宝の持ち腐れになるから、いつも大量生産の二流品を使ってる。

 でも、これはないってのは分かる。

 包丁を魔剣するなんて、バカしかしない愚行だよ。


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